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氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁  作者: 瑞原唯子


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第12話 三か月ぶりの再会

 暑さがやわらぎ、夕方や朝方には涼しさを感じるようになったころ。

 両親たち一行が領地から帰ってくるという連絡があった。もうすぐシーズンオフが終わるのでそろそろだとは思っていたが、実際に一報を耳にするとそわそわする。これまでは一度もそんな気持ちになったことはないのに。

 まあ初恋なら仕方ないか——。

 先日サイラスに言われたことがふと脳裏によみがえり、思わずふるふると頭を振った。執事が不思議そうな顔をしているのを見て我にかえり、ごまかすように咳払いする。

「明日、アリアが帰ってくるから部屋を調えておいてほしい」

「心得ております」

 わざわざアイザックが言わなくても、スペンサー家の優秀な使用人なら抜かりなくやってくれるだろう。それでも任せきりにしたままじっと待ってはいられなかった。

「できればアリアの喜ぶようなささやかな何かを用意しておきたい」

「それでは、お部屋に庭の花を一輪かざるというのはいかがでしょう」

「ああ、いいな……そうしよう」

 一輪挿しを使用人に用意してもらい、そこに飾る花はアイザックが庭から切ってくることになった。そのほうがアリアに気持ちが伝わるだろうと言われてのことだ。


 明朝、母が愛用している花を切るための鋏を持って庭園に出た。

 花については詳しくないので、花言葉はおろか花の名前さえほとんどわからない。アリアの気に入っていたひまわりくらいはわかるが、もう時期が終わっている。それゆえ見た目のよさそうな花を求めて歩きまわる。

 あれは——。

 庭園の隅にひっそりと咲いていた鮮やかな青色の花が、ふと目に留まった。派手さはないものの可憐な花で、何より色が美しく、アリアに似合いそうだと思ってこれに決めた。数輪まとまって咲いていたのでその部分を切って持ち帰る。

「リンドウですね」

 アイザックが戻ると、執事は鮮やかな青色の花を目にしてそう微笑んだ。リンドウという花の名前は聞いたことがあるものの、これがリンドウだとは知らなかった。

「アリア様を思わせる可憐な花でようございます。花言葉は『誠実』……アイザック様の気持ちを表す意味でもふさわしいでしょう」

「…………」

 花言葉は知らなかったし、そういうつもりで選んだわけではないので気恥ずかしくなるが、アリアもそんなことまで意識はしないだろうと気持ちを立て直した。

「これを生けておいてくれ」

「かしこまりました」

 リンドウを執事に託すと、アイザックは仕事を始めようと自室に向かう。今日はどこにも出かけずに帰りを待つことにしていた。


 やわらかな青い空がひろがる昼下がり。

 馬車が到着したと連絡を受け、いささかの緊張を感じながら玄関まで出迎えに行くと、ちょうどアリアが両親とともに入ってきたところだった。

「ただいま帰りました」

「ああ……おかえり」

 ひさしぶりに目にした彼女は、こころなしか背が伸びているように見えた。それだけでなく髪も伸びたようで、おそらくすこし切りそろえた影響もあるのか、最後に見たときとはいささか印象が変わっていた。

「…………」

 じっと見つめていると、彼女がほんのりと頬を赤らめて気恥ずかしそうに目をそらした。それに呼応するかのようにアイザックも気恥ずかしくなってしまい、二人のあいだにぎこちない空気が漂う。

「積もる話もあるでしょうから居間に行ったらどう?」

 見かねたのか、母のイザベラがさらりと助け船を出してくれた。言われてみればもうすぐお茶の時間なのでちょうどいい。アリアは着替えてから行きたいとのことなので、アイザックは一足先に居間で待つ。

「お待たせしました」

 アリアが来るまでそう時間はかからなかった。

 見慣れていた瑠璃色のドレスに着替えた彼女は、アイザックの向かいの二人掛けソファに腰を下ろすと、ニコッと微笑む。

「お花、ありがとうございました」

「ああ……たいしたものではないが」

「すごくうれしかったです」

 日当たりのいい窓際に置いた鮮やかな青色の花は、すっきりと片付いたシンプルな部屋によく映えていた。アリアもおそらく入ってすぐに気付いたはずだ。

「アイザック様が自らお庭で選んでくださったって聞きました。リンドウっていままで知らなかったお花ですけど、かわいくてきれいでとても気に入ってます。『誠実』って花言葉も素敵ですね」

 使用人から聞いたのだろう。口止めはしていなかったので仕方ない。

「あいにく花言葉は知らなかった」

「じゃあ、それを選んだのは運命ですね」

「…………」

 無邪気にそんなことを言われて面映ゆくなり、肯定も否定もできないまま曖昧に目を伏せるが、彼女は気を悪くした様子もなくニコニコとしていた。


 ほどなくして紅茶と菓子が運ばれてきたので、飲みながら話をする。

 主にアリアが領地でどう過ごしていたかについてだ。祖父母にかわいがってもらったこと、ひまわり畑を見て感動したこと、湖がきれいだったこと、向こうにいる母の知人たちとお茶したこと、何度か街へ遊びに行ったこと——王都にいるよりものびのびと過ごせたことが伝わってきた。

「観劇もしたんですけど、王都の劇とはまったく違うんですね」

「ああ……」

 地方の劇場は大衆向けで、それゆえ演目も娯楽性を重視したものが多い。アリアくらいの年齢の子ならそちらのほうが楽しめるのかもしれない。母もそう思ったからこそわざわざ連れていったのだろう。

「君はどちらが好みだ?」

「んー……どちらの劇もよかったので選ぶのは難しいです。王都のほうは本当に歌が素晴らしくて圧倒されましたし、衣装も豪華で素敵でした。領地のほうはストーリーに引き込まれてドキドキしました」

 はずむ声からも高揚が伝わってくる。

「劇場内の雰囲気もずいぶん違っていました。向こうのほうが賑やかで明るくて楽しい感じがして、わたしは好きです」

 まあ、王都の劇場にいい印象はないだろうな——。

 アイザックとしてはあまり賑やかでないほうが好きなのだが、アリアにとってはそれ以前の問題である。聞こえよがしの陰口を叩かれたり、あからさまな好奇の目を向けられたりしたのだから。

「向こうでは何か言われなかったか?」

「えっ……あ、良くないことは何も言われなかったです。坊ちゃまの嫁、若様の嫁、お姫さまとかは言われましたけど……ひそひそと噂されるより、声をかけられることのほうが多かったと思います」

 その様子は何となく想像がついた。

 アイザックも坊ちゃまだの若様だのとよく声をかけられていたのだ。向こうはおおらかで気さくなひとが多いように思う。それもアリアが王都よりのびのびと過ごせた理由のひとつかもしれない。

「ふぁ……」

 考え込んでいると、アリアがあくびをしそうになってあわてて噛み殺していた。紳士として気付かないふりをしてやるべきかとも思ったが、それより心配がまさった。

「眠いなら夕食まで寝てくるといい」

「いえ、大丈夫ですので!」

 彼女はふるふると両手を振って固辞する。

 しかし出発が早朝だったうえ長く馬車に揺られたのだから、無理はしてほしくない。本当に大丈夫なのだろうかとじっと顔色を観察していると、彼女がほんのりと頬を染めながら気まずげに目を伏せた。

「せっかくひさしぶりにアイザック様と会えたのですから、もっと一緒にいたいです」

「そう、か……」

 彼女の面持ちに、仕草に、言葉に、アイザックは胸がくすぐったくなるのを感じた。それでも表情は変わらず、氷と評されるほど動かない顔の筋肉に感謝したのだが。

「あの、もしかしてご迷惑でしたか?」

 おずおずと不安そうにそんなことを尋ねられて、ひそかに焦った。

「いや、君のことが心配なだけだ」

「それは本当に大丈夫なのですけど」

「……わかった」

 確かに、疲れた顔はしていないし眠そうな顔もしていない。若干の眠気くらいはあるのかもしれないが、ごく私的な家族とのティータイム程度なら問題ないだろう。

「ただし無理はするな」

「はい」

 アリアはうれしそうにふわりと笑みを浮かべた。アイザックが紅茶に手を伸ばすと、彼女もつられるように紅茶に手を伸ばして一息つく。

「アイザック様はどう過ごしていたのですか?」

「ああ……」

 まさか自分のことを聞かれるとは思わなかった。ティーカップを戻しつつ言葉を継ぐ。

「仕事や勉強ばかりの毎日で、取り立てて話すようなことはなかったと思うが……そういえばサイラスが一度ここに来たことがあったな」

「サイラス殿下が?」

 詳しく聞きたがる彼女に、サイラスが持参したワインを一緒に飲んだことや、一本空けるころにはだいぶ酔っていたこと、そのままここに泊まったこと、翌朝は二日酔いもせず元気に朝食を食べて帰ったことなどを話した。

「ふふっ、楽しそうでよかったです」

「まあ息抜きにはなった」

 くだらないことも真面目なこともいろいろと語らった。

 アリアのことも——思い出すだけで何となくいたたまれなくなってしまい、アクアマリンの双眸からそっと視線を外す。ごまかすように口に放り込んだ淡い黄色のマカロンは、ほのかにレモンの味がした。


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