第二話 情報収集と余計な提案
課長室を出た神崎は、そのまま廊下で足を止めた。
(……聞け、とは言われたものの。範囲が広すぎるだろ)
誰に、どこまで聞けばいいのか。頭の中で整理しようとして、早々に諦める。
(とりあえず、よく知ってそうな人からか)
視線を巡らせると、最初に目についたのは奥の席だった。
壇上と友永が、いつものように並んでいる。神崎は一度だけ息を整えてから、そちらへ向かった。
「壇上さん、友永さん。ちょっとお聞きしたいことがあって」
壇上がちらりと視線を上げる。
「花見のことか」
先に言われて、神崎は少しだけ目を丸くした。
「……はい」
友永がくすりと笑う。
「顔に出てるわよ」
神崎は何も言い返せなかった。
二人は淀みなく話し始める。用意するもの、配置のこと、課員の好み。話は驚くほど具体的だった。
「救急セットは、私の方で用意しておくわね」
「ありがとうございます。元看護師の友永さんや、救命士の江夏さんがいれば、その辺りは安心ですね」
壇上が鼻を鳴らす。
「必要とするのはお前くらいだ」
「え」
「まあ安心しとけ」
壇上はにやりと口元を緩めた。
「いざという時は、西蓮寺が読経もあげてくれる」
「それはシャレになりませんよ」
「冗談だ」
「……本当ですか?」
壇上は答えなかった。
話を聞き終えた神崎は、軽く頭を下げる。
「参考になりました。ありがとうございます」
「あとは——場所ね」
友永が穏やかに続ける。
「あまり騒がしくない方がいいわ」
「落ち着いて飲める方が、俺ら年寄りにはありがたい」
壇上が短く付け加える。視線の先には、宿弥や稲置がいた。
神崎は小さく頷く。
(静かに見たい人は、一定数いる)
次に声をかけたのは宿弥だった。少し迷ってから、隣の席に近づく。
「宿弥さん、少しいいですか」
「いいわよ」
「賑やかに騒ぎたい人もいれば、色々な人と話したい人もいるでしょ」
宿弥はさらりと言う。
「席は固定しない方がいいわ。どっちも楽しめた方がいい」
神崎は少しだけ目を細めた。聞けば聞くほど、全員を満足させるのは難しそうだ——とも思うが、方向性は見えてきた気がする。
(去年担当した赤穂さんたちなら、詳しい資料を持ってるかもしれない)
「参考になるか分からないけど」
赤穂はそう言いながらも、さっと昨年の資料を出してくれた。
「ありがとうございます」
「ああ、まあ」
赤穂は一瞬だけ視線を合わせて、すぐに外した。柚木は相変わらずこちらを見ない。
神崎はそれ以上踏み込まず、資料に目を落とす。過去の配置、参加人数、トラブルの記録。目を通していくうちに、全体像が見えてきた。
(静かな場所を確保して、飲食の導線を整えれば——大きく揉めることはなさそうだ)
数人の話と資料を照らし合わせて、神崎は一度深く息をついた。
(……形にはなった)
そのはずだった。あの男が、口を開くまでは。
◇
給湯室で湯を沸かしながら、少しだけ肩の力を抜く。
(……思ったより、普通の業務かもしれない)
(このまま何事もなければ、それでいい)
湯呑みにお茶を注ぐ。ようやく一息ついた、そのときだった。
「神崎くん」
振り返ると、唐津がにこやかに立っていた。
「花見のプラン、もう考えた?」
神崎は少しだけ迷ってから答える。
「一応、方向性は」
「へえ、どんな感じ?」
簡単に説明する。静かな場所を確保して、飲食のスペースを分ける。
唐津は一通り聞いて、頷いた。
「悪くないね」
一瞬、安心しかけた。
「でもさ」
笑顔のまま、続ける。
「ちょっと刺激が足りないなあ」
「……刺激、ですか」
「せっかくなんだからさ」
少し身を乗り出してくる。
「オレが、もっと面白くしてあげるよ」
神崎は湯呑みを持ったまま、固まった。
「……面白く、ですか」
唐津は満足げに頷く。
「神崎くんの案、悪くはないけどさ。ほら、オレって生前はイベンターしてたからね。こういう祭りみたいなのは、まあプロというか」
少し得意げに笑う。
(出た。現場をかき回すパターンだ)
神崎は心の中でだけ呟く。
「ただ集まって飲むだけじゃなくて、ちょっとした仕掛けがあると全然違うんだよ。参加してる感じっていうか、場に一体感が出るっていうか」
身振りも交えて説明する。内容は分かる。理屈も通っている。だが——準備が一気に増える。
「楽しそうね」
マグカップ片手に千歳が加わってきた。救世主か、と思ったのは一瞬だった。何か言いたそうに口を開きかけて、唐津の話に頷いてしまっている。
(止められないんだ、この人も)
「でさ、例えば——」
唐津はさらに具体的な案を出し始める。神崎は一応聞きながら、静かに天井を仰いだ。
(どう考えても、ややこしくなる)
お読みいただきありがとうございます!
群像劇書くのは初めてですが、色々なクセ強めの課員たちを出す機会ができてよかったです。
こういう人いるいるー(いるのか?)という感じで、ゆるく楽しんでもらえると幸いです。




