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二十五年目の返事

作者: 丸介
掲載日:2026/01/23

 雪深い山間の町。

 冷たい吐息を打ち消すように、俺は缶コーヒーを口に含む。


 二十年ぶりの故郷は、すっかり様変わりしていた。

 新たに敷設された新幹線に伴い、改修され綺麗で広い駅舎。高い天井に広大なスペース。だが、人はまばらだ。

 ――帰省時期でも、こんなものか。

 静かな改札に、ゲート通過を示す音だけが寂しく響く。改札を出て正面。無駄に大きな町内地図を前に、俺は暫し考える。

 ――さて、北口と南口、どっちだ?

 成人式で一度帰省したときは、まだ新幹線はなく駅舎も古いままだった。改めて北か南かを問われると、記憶は定かではない。

 ――まあ、狭い町だ。どうとでもなる。

 感を頼りに、出口へと向かう。 


 出口を抜けたそこには、懐かしい建物のシルエットがあった。

 だが、高校生までを過ごした駅前は、閑散としていた。

 ――変わったな。

 学生時代、良く利用した三階建ての本屋は、今や居酒屋チェーン店になっている。

 高校帰りに肉まんを買っていた個人商店はシャッターを下ろしているし、食事処を併設していたパン屋は、よくあるコンビニになっていた。

 ここは生まれ育った故郷。

 だが、久方振りに帰省した俺には、知らない町に思えた。

 老朽化か少子化か――母校はない。既に小学校も中学校も校舎は無いし、高校はあるが名前を変えている。

 実家も賃貸に引っ越している。自分の知るものがないここは、まるで敵地アウェイのような感覚さえした。


 ――今更、同窓会か。

 この町の残った連中は、頻繁にしているらしい。

 俺は一人、都会へと出た。

 四十歳という節目もあり、こうして町まで来ては見たものの……。

 ――気が進まないな。

 虐められていた。

 今どきの苛烈なほどのものではない。ただ無視される程度のもの。それでも、思い出すたびに足首に重りが巻きつく。

 ふぅ、と一息つき、俺は町中をブラブラと当てもなく歩く。

 冬休みも終わり間近。それでも人は少ない。隣町に――といっても車での話だが、ショッピングモールが出来たせいだろう、商店街は寂れていた。

 自分の、決して楽しいとは言えない思い出。それすらも跡形もないこの町に、俺は何を期待しているのだろう?

 いい知れぬ焦燥感を覚え、俺は踵を返す。

 もう既に同窓会は始まっている時間だ。だが、二十歳の同窓会の時に、”あの子”は来なかった。

 彼女が来なかった理由を、俺は今も知らない。

 何度も引っ越しを繰り返すうち、自分の幼い歴史を物語るものは、あの子からの手紙だけだ。捨てられず、今もどこか部屋の中で眠っている。

 ――何年、引きずってるんだ、俺は。

 俺ももうオジサンと呼ばれる年齢だ。恋も愛も、一通りは経験したはずだった。誰にも連絡を入れない夜が、いつの間にか当たり前になっていた。

 何かを断ち切るように、俺は足早に駅へと向かった。


 田舎には不釣り合いな最新式の券売機で、帰りの切符を買う。発車時刻は一時間に一本。本当に新幹線と呼べるのだろうか。

 「〇〇っち?」

 ふと、中学校時代の懐かしい呼ばれ方に、俺は反射的に声のした方を見た。

 声の主は、同い年くらいの女性だった。

 その一歩後ろに、遅れて若い女性と、赤子が見えた。

 「……この歳で、そのあだ名呼びはないんじゃないか?」

 「でも、他の呼び方で呼んだことなんて、ないわ」

 中学卒業振りに見る彼女は、面影を僅かに残していた。

 「久しぶりね」

 「……あ、あぁ……」

 歯切れ悪く返事する俺に、赤子を抱いた若い女性が会釈をする。

 「私の、娘と孫よ」

 「そうか……どうも」

 言われてみれば、確かに似ている。

 「帰るの?」

 俺の手元の切符を見て、彼女は怪訝そうに尋ねた。

 「ああ……ただなあ、これ。新幹線意味あるか? 在来線乗り継ぎの方が、速く帰れる気がする」

 俺のボヤキに笑いながら、彼女は二人分の切符を買う。

 「乗り継ぎが大変な人もいるのよ」

 孫を見る彼女の視線は、俺の知らないものだった。

 「……君も、もう帰るのか?」

 娘に切符を渡しながら、「ええ」彼女は短く答えた。

 「お母さん、私、お土産見てくるわ」

 意味有りげなウィンクをして、娘さんは駅舎併設の土産物屋へと消えていった。

 「同窓会には、行かないのか?」

 「顔だけ出したわ。”誰かさん”がいなかったら、もう帰るの」

 「そうか……」

 懐かしい距離感に、俺は戸惑っていた。

 「次の発車まで、五十分くらいね。ねえ、呑まない?」

 「ああ、そうだな……」

 俺は今、どんな顔をしているのだろう。


 * * *


 かつて、この町最大の娯楽とも言えた、駅前の三階建本屋。

 居酒屋になっていても、その名残が見えた。広いフロアに広い階段。外装はすっかり変わってしまったが、紛れもなくあの本屋だ。


 「私は、生を。〇〇っちは?」

 「カルーアミルクで」

 始めの一杯の注文を終え、俺はメニューを眺める。どこでも変わらないのは、チェーン店の強みだ。

 「普通、逆じゃない? 相変わらず甘いの好きなのね」

 「いいだろ、別に。何を頼もうが、自由。そういう時代だ」

 彼女が俺の好みを覚えていた事に、どこか喜んでいる自分がいた。

 悟られまいと俺は、彼女の視線を避け、ひたすら見慣れたメニューを見る。

 暫くして互いの飲み物が届き、互いに酒の摘みを注文した。

 「じゃ、乾杯しよ」

 「何に?」

 「そうねえ……」

 俺の言葉に、彼女は少し考える。


 「二人だけの同窓会に」


 笑顔を投げる彼女のグラスに、俺はグラスを重ねた。

 豪快に生ビールを煽る彼女は、続け様に二杯目を注文した。

 「そっちも相変わらず、男前だな」

 あの頃の彼女はどこか、女の子というよりは、男勝りだった。俺を虐めていた女子グループからは距離を取り、俺に親しくしてくれた、女子の一人。

 「女手一つだったからね」

 「母は強しか。全くもって、女性は強いな」

 俺の母も、離婚して一人で育ててくれた。一人暮らしで思う――母の偉大さは尊敬の念しかない。

 「〇〇っちは?」

 「淋しい独り身さ。独身貴族なら格好もつくんだろうが……庶民のままさ」

 ストローでグラスをかき回し、俺は甘い酒を口に含む。

 「ふぅん……」

 それから俺と彼女は店内の喧騒をよそに、肩を並べ、当たり障りのない範囲で現状などを語り合った。

 楽しいが……自分の知らない彼女がどこか、遠い存在に思えた。


 「ところで――手紙の返事はまだかしら?」


 ――う。

 俺は箸を止める。

 「いきなり、核心を突いてくるな」

 「まさか……まだ読んでない、なんて事はないよね」

 中学卒業後、間もなく郵送されてきた、彼女からの手紙。

 「惜しいな。すぐには読めなかった。読んだのは……高校を卒業する頃だ」

 「はぁ? 全く……弱虫」

 彼女の中での俺のイメージは、それなのか。

 「それで?」

 からかうような、挑むような視線。

 「大体、分かるだろう?」

 俺が中学の頃、卒業時にクラスメイトに一筆記したカードを渡す習慣が流行っていた。

 彼女に渡したそれに――俺は”何か”を書いて、そして、消して別の言葉を書いた。

 「〇〇っち、隠し事は良くないよ?」

 「お互い大人なんだ、察してくれ」

 郵送された彼女の手紙には、『最初に何を書いたの?』とか書かれていた。あの文面も、俺が最初に記した”何か”が分かったような気配があった。

 「……覚えてないな」

 俺は視線を外し、そう呟いた。

 「全く……私の最高のトスを無駄にするなんて」

 彼女はバレーのトスの仕草をする。中学時代、彼女はバレー部だった。

 「病弱な俺に、運動神経を要求するなよ」

 幼少時、俺は病弱だった。体育の授業は小学中学と、ほぼ受けていない。

 「今は?」

 「お陰様で健康だ。諦めずに育ててくれた母に、ただただ感謝だよ」

 「そうじゃなくて」

 はぐらす俺を、彼女は逃さない。


 今は――最高のトスに、アタックを決められるのか。


 「あの頃……」

 俺は依然、彼女から視線を外したまま、手元のグラスを見ている。カランと音を立て、氷が浮かぶ。

 「……トスに合わせることが出来たら、得点出来たかな?」

 「余裕よ」

 どこか淋しそうに言い切る彼女に、つかえていた俺の気持ちは軽くなった。

 「惜しいことをしたな。豊満ボディを逃すとは……」

 「なにそれ? 身体目当てだったってこと?」

 見れば彼女は、見事な膨れっ面をしていた。

 「いや……事あるごとに『豊満』言ってたのは、君だろう?」

 「そうだったからしら?」

 とぼける彼女の視線は、どこか遠くを見ているようだった。

 「思春期の中学男子だったんだ。そりゃあ、身体に興味は津々さ」 

 「ムッツリだったか~」

 俺と彼女は、思わず笑った。

 「懐かしいな……」

 「そうね」

 どこかで狂った歯車を、お互いが理解していたのだろう。

 それでも、今は、この空間を大切にしたかった。


 * * *


 東京行きの新幹線のホームに、人はまばらだ。

 ――採算、取れているのか?

 自販機で買った缶コーヒーは、都会で買うものより熱く感じた。

 「連絡先、交換する?」

 彼女は折りたたみ式の携帯電話を取り出す。

 「遠慮しておくよ」

 俺は即答した。

 昔の自分に、区切りをつけれた。それだけで満足だ。

 「そう」

 俺の答えを予め分かっていたのだろう、彼女は携帯電話をバッグにしまい、切符を確認する。

 「私は8号車。〇〇っちは?」

 「2号車だ」

 俺と彼女は視線を交わし、笑みをこぼす。

 「元気でね」

 「そっちもな」

 短い言葉で別れを済ませ、俺は停車場所まで歩く。

 開けた缶コーヒーの音が、広い新幹線ホームに響いた。


 「ね? お母さん、あの人は、元カレ?」

 「違うわよ。言うなら、そうね……”元カレになりそびれた人”かしら」


 そんな楽しげな親子の会話が、背中越しに聞こえてきた。


 ――丸聞こえだよ、△△ちゃん。


 俺は缶コーヒーを飲む。

 いつもより、苦く感じた。


2026/01/23 本文投稿。

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