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終末の世界で

作者: 雨宮 叶月
掲載日:2025/10/30

レギルス王国の端に広がる荒野。



そこで暮らす数少ない人々には、ある伝承が語り継がれてきた。



それはあまりにも抽象的だった。



それでも、子どもたちは夜、焚き火のそばでその話を聞き、

目を閉じては見ぬ景色を思い描く。

広がる草原、流れる川、風に揺れる木々。

それはこの荒れた大地では決して手に入らないもの。



それは人々の希望を指し示している。


□


夜明け前の最も暗い時間が過ぎ、まだ黒い空にうっすらと太陽の光が差し込む。



物音1つしないこの静けさは、なんだかいつもより孤独で、しかし希望を感じるものだった。




少し高い場所で、下を見下ろす少年がいた。

名前はロイ。



つい先日、16歳になった。




ロイは赤子の頃からこ(・)こ(・)にいた。


捨てられたのか、両親が死んだのか、はたまた冒険に行ったのかは分からない。



ここに住む人々はみんな優しくて、おおらかで、あたたかかった。



この場所には次のような伝承がある。



『緑の大地に触れた者は、己の人生の本当の意味が分かる。』




ロイはこの、『緑の大地』を夢見て旅に出ようとしていた。



ここでは、去る者は何も言わず出ていく。また戻ってきた人もいるが、ほとんどの人は戻ってこない。



死んだ。そう言われている。



大半の人はロイと同じような動機で去る。しかしどこに何があるのかは誰にも分からない。何かあったら、太陽の方向がある南へ進めと言われている。



いつ災害があるか分からない。いつ食料がなくなるかも分からない。



ここでは何もかもが不安定だ。




ロイは人々を手伝うしかできない。体力があるわけでもない。

自分が迷惑をかけるわけにもいかないとロイは考えていた。危機感もあったかもしれない。





太陽のかけらが見えたところで、ロイは跪(ひざまず)いた。



両手を胸の前で組み、ゆっくりと目を閉じる。




「……この場所に、神の祝福がありますように」



その声はまだあどけなくて、透き通っていた。




やがてゆっくりと目を開けたロイは、前を見た。その瞳は、希望で満ちていた。



近くにいた犬と荷物を持って、南へ歩き出す。



ロイは大きく息を吸った。






…後に早く起きていた人が話す。



太陽の光を受けて歩いていたその少年の姿は、まるで、天界の使者のようだった、と。





□



「………はぁっ、はぁ」



数キロ歩いたところで、ロイは立ち止った。



旅が長くなることを見据えて、食料や水を多く持ってきたせいだろうか。




「ちょっと休もうか、ヌイ。」



ロイは、傍で歩いていた犬に声をかけた。




「イヌ」だから文字を反対にして「ヌイ」。なんてことはない、単純な名前だ。




荒野はまだ続いている。永遠だと思うほど、まだ道は続いている。



殺風景な景色が続き、空の境界線は曲がって見える。




高さが低い岩を見つけて、そこに座った。




水をひとくち、ふたくち。




ヌイにも水をやる。



太陽が照りつけるようだ。光が眩しい。





「そろそろ行こうか、ヌイ。」




ロイは立ち上がった。






……それからも二人の旅は続いた。



どれくらい歩いただろうか。途中で休憩を挟みながら前へと進んだ。

夜は二人で抱き合って眠った。


不思議と動物はいなかった。




何度も夢を見た。


人々が何度も出てきた。どうして出ていったのかと責められる時もあれば、無事にいて、と優しく接してくれる時もあった。


皿いっぱいのパイナップルを見たときは目を輝かせた。

歩かずとも猛スピードで進める魔法を使えたりもした。





何度も夢を見た。



ヌイと戯れた。毛はふさふさとしていて、それを感じながら眠るのが好きだった。

ヌイにおいしそうなものをあげた。尻尾を振って食べていて、とても幸せだった。




ロイは何度も目を覚ます。


ヌイの、以前より半分以上抜けた細い毛を撫で、抱きしめる。


食事をあげるときも、尻尾はゆらゆらとしか動かない。しかし、ロイを見つめる目はとてもきらきらとしていた。




「…っごめん、ごめん、ヌイ…」



それからヌイは衰えていった。



食事の量が減った。

睡眠の量は増えた。


歩くのは遅くなり、だんだんロイが抱えていくことも増えた。



それでも、瞳は輝いていた。



希望に、満ちていた。



……最期のときまで。




「…ヌイ………?」




以前までは、ロイが呼ぶと体は動かなくても目は開いていた。




それなのに、今はピクリとも動かない。




「ね、ぇ、ヌイ…」






ゆさゆさとヌイの体を揺らした。


しかしロイは分かっていた。





……数分後、ヌイが目を開けた。




「ヌイ……!」




ロイは安心するようにヌイを抱きしめた。




しかし。




ヌイには、もう気力は残っていなかった。




「…………ヮン」



かすれた声。





「……ヌイ」





ヌイは、少し乾いた舌でロイの手を舐めた。




そして、尻尾をゆらゆらと揺らし、言葉を失うほど眩しい瞳を、最後までロイに向けていた。





………そして、ゆっくりと目を閉じた。





「…ヌイ?……ヌイっ、…」



ヌイは、息を引き取った。






ロイは、眠っているだけだと信じたくて、いつものようにヌイを抱えて歩いた。




歩いた。歩いた。





しかし、ヌイの体は少しずつ冷たくなっていった。




その日、ロイはかすかにのこる体温と共に眠った。







「………」




こんな気分だというのに、太陽はどこまでも美しい。




震える手で、ヌイの体を持ち上げた。



せめて苦しくないようにと、岩陰に1本だけ咲いている花のそばに、穴を掘る。



ゆっくりと、ヌイを入れる。



少しだけ残った毛を取り、大切に紙に包んだ。





そして跪く。




…かつて、そ(・)こ(・)にいたときと同じように。





両手を胸の前で組み、ゆっくりと目を閉じる。




「…………ヌイが、幸せでありますように。」



□


やがてゆっくりと目を開けたロイは、前を見た。



土をそっとかけて、立ち上がる。





「……私は、進まなければならない。」





諦めてはならない。絶対に。





……それが、




それが。







□


ロイは進み続けた。




そして、隣国からの帰りである商業の馬車と出会った。




御者はお人好しそうなおじいさんで、快くロイを乗せてくれた。




やがて到着した街で、ロイは3人の仲間を得た。




1人目は、ギルドで会った、現実主義のカイル。

生き延びることが全てだと考えているらしい。一番強い。



2人目は、ロイと同じ『緑の大地』を探し求めていたアイリーン。

仲間を失ってしまった彼女の口癖は、「夢は叶わない」。



3人目は、頭の回転が速いエリス。

なぜか一緒に行動したいと言ってくれた。目的は分からない。




3人ともロイより年は上だったが、そんなこと気にならないほど楽しかった。




以前カイルに、木々が美しいという土地に連れて行ってもらったが、そこは伝承の『緑の大地』ではない気がした。



魔物を倒すのにも慣れてきて、稼いだお金でペンダントを買った。

そこに、ヌイの毛を大切に入れた。





「なあ、次の依頼はどうするか?」



カイルがそう言った。




「えー、私たちずっと依頼ばっかやってるし、そろそろ別のことやろうよー!」


エリスが明るく言う。



「別のこと、とはどんなことでしょう?」


アイリーンが無表情でエリスに尋ねる。



「えー、うーん………。あっ、ロイは?ロイは、なんかやりたいことない?」




「…え!?」



突然話を振られたことに驚くが、ずっと、言いたかったことについて口を開く。





「………私、は。『緑の大地』を、探したい。」




一瞬の沈黙。



「…ロイは、何か目途があるの?」



「はあ?そんなのただの幻想だろ。本気にしてたらキリがない。」


カイルが笑うように言う。



「カイル、言い方が強いです。……でも、私もその夢は叶わないと思います。」




「………うん。私にも、それが何かは分からない。でももともと、落ち着いたら探しに行こうと思っていたから。……3人とも、私より強いし、私がいなくても大丈夫だと思うよ。」




「何言ってんだよ、ロイ。お前もあと一歩で俺たちに追いつくじゃねえか。お前の謙虚さは気持ち悪いんだよ。」




「そうですよ、ロイ。この短期間で貴方は十分強くなりました。」





「……ありがとう。でも、私は夢を信じたいんだ。この決心は変わらない。絶対に諦めない。」



ロイの瞳は、とても真っ直ぐで、強かった。




「……ふーん、まあ、私はロイに着いていくよ!面白そうだし、気になるし。」



エリスがそう言った。



「………私も、他にやることもないですし。無駄だとは思いますが、また、探すのも良いかもしれませんね。」




「……ハッ、お前らだけじゃなくて俺も必要だろ?」





「3人とも……ありがとう。心強いよ。」





「具体的には何をするんだよ?」





「………とりあえず依頼をやろう。」




「結局依頼かよ」



□

それからも引き続き4人は依頼をこなしていった。



遠い地の依頼をよく選び、たまに強化練をする。


ロイはまだ夢を諦めていなかった。3人も、最初は馬鹿にしたり、信じていなかったが、少しずつロイの夢に引きづられていったようだった。




……ロイが荒野を出て、3人と出会って、そしてヌイを失って約2年半がたった。




「……ゴホッ、ゴホッ」




「…エリス、大丈夫?」



咳き込むエリスに、ロイは声をかけた。




4人は、廃墟の街に来ていた。難しいとされていた依頼を達成し、その報酬として得たお金で寄り道をする途中だった。



エリスは最近咳をすることが多くなった。たまに辛そうに目をぎゅっとつむっている。



「……大丈夫大丈夫!ごめんね、ちょっと風邪気味で。」


ぱっと笑顔になり言う。




「…辛かったら言ってくださいね。ちゃんと休むのですよ?」




「ありがとう」



そこで、エリスが髪を耳にかけた。2回。



エリスを除く3人は目配せをする。




……髪を耳に2回かけるのは、エリスが嘘をついた時の癖だ。




ロイたちは大通りに出て、宿を探した。




そして、そこでエリスを強制的に休ませる。




………しかし、エリスの容態は急激に悪くなっていった。




そこでアイリーンが医者を連れてきた。




「………」



「ゴホッ、…」




医者が沈黙した。そして、恐る恐る口を開く。




「………エリスさんは、心臓病です。治療をしても治る見込みはありません」





「…はぁ?」



カイルがイライラした様子で聞き返す。しかし、その声は震えていた。



「…何、言ってんだよ。エリスがそんな、治らないなんて、」



カイルは言葉を続けられなくなる。




「……エリス?」



アイリーンがエリスの様子に気が付く。




エリスも、震えていた。




「…すみません、私は一度退室します。また何かございましたらお呼びください。」




医者が空気を読んだように部屋を出た。





エリスがゆっくりと話し出す。



「……ごめん、ごめんね。心配かけちゃったよね。…ゴホッ……実は、みんなと出会う前から心臓病っていうのは分かってたんだ。もう少し、長く生きれると思ったのにね……。」




「……なんで、……」




「…みんなと、一緒に旅を続けたかった。すごく、楽しかったの。人生で一番。この幸せが、いつまでも続いたらいいのに、って思って。…でも私、もうダメみたい。迷惑かけちゃって、ごめん。」



エリスは、ふにゃりと笑った。




□


エリスはどんどん衰弱していった。


私たちは毎日花を買ってきた。

フルーツも選んだ。




「…そんな、いいのに。…でも、ありがとう。」



エリスは申し訳なさそうに、でもふわっと笑う。





しかしある日、すでに起き上がれなくなっていたエリスが、泣いていた。




私たちはエリスのもとに集まる。





「……ごめんね。私、もうダメだ。胸のあたりが、すごく痛いの。視界がかすんで見える。」




「そんな弱気なこと言うなよ…!」


カイルが声を上げる。




「ううん。……みんな、今までありがとう。すごく、楽しかった。カイルは、私たちを引っ張ってくれて、アイリーンは、こんな私にも優しくしてくれて、ロイは、希望を見せてくれて………」




話していくうちに、どんどん声が細くなり、震える。



やがて、声を出して泣き始めた。




「うぅ、ぐすっ、っもっと、みんなといたかった…!」



アイリーンが、手を握るのに力を入れる。



「…朝起きて、みんなの声が聞こえて、名前を呼んでくれるのが嬉しかった。夜、あたたかいご飯を食べながら笑い合うのが、幸せだった。…一緒に歩いて、くだらない話して、…それだけで、すごく、すごく嬉しかったの…!」




「エリス……」




カイルは涙を必死に堪えていた。



「…私も、貴方といれて良かった。貴方がいたから、ここまで来れた…!」



アイリーンも腕で涙を拭う。しかし、涙は止まらないようだった。





…ロイも、エリスの枕元に膝をつき、言葉を探していた。

エリスと一緒にいれて嬉しかった。それだけじゃ、伝わらない気がした。




「……エリス、ありがとう。私たちと、旅をしてくれて。…エリスがいたから、夢を信じ続けることができたんだよ。だから…、だから…!」



言葉が続かない。いつの間にか、涙が溢れ出した。止まらない。止まらない。



笑顔でいたかったのに。




「エリス、お前がいなかったら俺たちはダメなんだよ…!」



カイルも目元を赤くしていた。




それでも、誰よりも泣いていたのはエリスだった。




「みんな、ありがとう。…大好きだよ」




そう言うと、エリスは手を上に向かって伸ばした。





夕日の光が照らしたその姿は、とても美しくて、目が離せなかった。



「でも」



表情が変わる。




「……夢を信じてみたかった」




夕日の光がひときわ強くなった。


そして、それに合わせるようにエリスは目を閉じた。



手は元の位置に落ちた。






□


エリスは、たくさんの花が美しく咲き乱れる地に丁寧に弔った。


誰も何も言わなかった。


ずっとここにいるわけにもいかないということで、とりあえず移動することにした。


ギルドの受付嬢から勧められた場所を目指して、試行錯誤しながら地図に沿って歩く。



やがて、ロイたちは高くそびえ立つ木と、崩れかけた塀に囲まれた場所を通った。



雨の後の、少し濁った匂いがした。



ところどころ、白い壁と壊れたベッドや棚などの一部が見える。


その光景は、まさに 『廃墟』だった。





「……あとどれくらいで着くのだろうか……。」


「……この道を真っ直ぐ行って、えっと、左?いや、右に行けば着く、と地図には書いています。」


「…40分はあると思う」


少し話をしていた、その時だった。




「グルウゥゥゥッ…!」


「え…」



魔物の声がして、咄嗟(とっさ)に身構える。


しかし、その姿を見てロイたちは唖然とした。



…黒狼・フェンリス。



古くから『災いをもたらす獣』とされ、出会ったら生き残れないとされている。


全長は馬車の2倍ほど。

瞳は紅く燃え、呼吸のたびに黒い霧がゆらりと立ちこめる。


一歩踏み出しただけで地面が沈み込む。



「何でこんなところにいるんだよ…!」


カイルが剣を取り出しながらフェンリスを睨む。


「でも……戦うしかないよなぁ!じゃあ行くぞ!」


カイルの合図に続き、ロイたちも飛び出した。



「…グルゥ」


しかし、フェンリスは手強かった。


剣は届く前に躱(かわ)され、魔法は打ち返される。逃げようとしても道を塞がれる。

いくら強化しても、倒せるまでの道のりは遠い。



そんなことは、みんな分かっていた。


やがて飽きてきたのか、フェンリスが反撃を始める。


「ぐっ…………はぁっ、はぁっ」


防御もあまり意味はなく、3人同時に致命傷を負う。



容赦なく飛んでくる攻撃。

ロイは、怪我がひどく動けないアイリーンを庇った。




「……っ俺は、生き伸びるんだよ!仲間と一緒に!」



それでも血が止まらないアイリーンを見かねて、カイルが再度フェンリスに突っ込む。



しかし、その途中でガクンと膝が下がった。



3人はもう限界だった。


ロイはなんとかして立ち上がる。


「私は、絶対に諦めないから…」



すると、カイルがふっと微笑んだ。


「……ロイ、お前はアイリーンを連れて逃げろ。俺が囮になる。」


この殺風景な景色と、その優しい笑顔があまりにも対照的で、周りの景色が見えなくなった。



「…何言ってるんですか、カイル」



フェンリスは楽しむように目を細めている。



「…俺はもうダメだ。だから、アイリーンと逃げろ。……じゃなきゃ、俺の護衛役の意味なんてないだろ?」



「そんな、囮には私がなるから…!」


ロイはカイルを止めようとした。

しかしカイルは強い意志を持った瞳で答える。


「ダメだ。ロイ、お前は『緑の大地』を見つけるんだろう?」


カイルの声が震える。


「……ロイと、アイリーンと、…エリスといられて、楽しかった。ありがとう。」



そう言ってくるっと回り、ロイたちに背を向ける。


「カイル……」


「行け」


カイルはぼろぼろになった剣を構え直す。


ロイは唖然としたままアイリーンを背負う。


フェンリスが跳びあがる。


「行け!」


その声を聞き、ロイは駆けだした。




「……お前の見る景色を、俺も見たかった」



消え入るような、でもはっきりとしたその言葉は、ロイに届いたかどうか分からない。



カイルは口角を上げる。


そして、フェンリスに向かって叫んだ。



□



「はぁっ、はぁっ」


ロイは漏れ出る日光を頼りに、走った。


「…………っ」


アイリーンが苦しそうにうめく。


ロイは、肩に回したアイリーンの手をさらに強く握った。


走る速度を上げる。


それでも、見えるのは瓦礫ばかりだ。


フェンリスの声は聞こえない。

でも、後ろから追ってくるカイルの足音も聞こえない。



「……はっ、」



ロイは瓦礫につまずき、膝から崩れ落ちた。


もう、体力なんて残っていない。走っているときも、どこに体力があったのかと思っていた。


ロイは片足を踏ん張り、ふらふらと歩き出した。


しかし、そこでロイは気付いた。

いつの間にか、目の前に森があった。


揺れる視界の中必死に走ったからなのだろうか。空は曇っていても、太陽の光を受ける緑の木がやけに美しく見えた。


「アイリーン…森を抜けたら、街が見えるかもしれないから、」


息も絶え絶えに言う。


アイリーンは顔を上げた。

そして、柔らかく微笑んだ。


「私のことは、置いて、行って」


地面に手と膝をつき、血が口から落ちる。


「そんなこと、言わないでください…!」

「私ももう、限界だから。……もう1歩は、貴方が代わりに歩いて。」

「…え?」

「…希望を見せてくれて、私たちと出会ってくれて、ありがとう」


そう言うとアイリーンは、最期の力を振り絞ってロイに回復魔法をかけた。

魔力はほぼ0に近かったため、ロイの体が少し軽くなる程度だったが、ロイはそれだけで充分だった。


「アイリーン……」

そんな風に託されたら、進むしかないじゃないか。


ロイは目元を拭いながら歩いた。それでも、涙は止まらない。


「っふぅ、はぁっ、ぐずっ、っぅ、」


どうして、こんなにも仲間を失わなければならないのだろうか。

もっと、みんなといたかった。一緒に笑いあえたら、それだけでよかったのに。


ロイの足は次第に速くなり、走り始める。




ロイは走った。木々を突き抜けていく、清らかな風を受けながら、自分が出会ってきた人のことを考えた。


荒野で一緒に暮らした仲間、御者のおじいさん、屋台の店主達、たくさんの依頼人、ギルドのみんな、街の人々。


…そして、大切な仲間。

ヌイ、エリス、カイル、アイリーン。


みんな大好きで、一緒にいたくて、でも失ってしまう、手に収まりきらないほどの光。


自分には、命をかけて守ってもらうような価値はないのに。



ロイの走る速度は次第に遅くなっていき、ついに止まった。

その場に膝から崩れ落ちる。


視界がかすむ。夢を見ているような感覚で、ロイは仰向けに倒れた。



「あ……」



ロイの瞳には、光を受けて輝いている緑の葉が視界いっぱいに映った。

現実か、幻か。


ここはまさに、ロイの探す『緑の大地』だった。


思わず手を伸ばす。


『緑の大地に触れた者は、己の人生の本当の意味が分かる。』

この伝承の意味が、少し分かった気がした。


夢を諦めず、仲間と共に人生を歩む。

何気ない日々の愛おしさ。


『…希望を見せてくれて、私たちと出会ってくれて、ありがとう』

ふと、アイリーンの言葉が思い浮かんだ。


『……ヮン』

『ロイは、希望を見せてくれて…』

『……お前の見る景色を、俺も見たかった』

大切な仲間の声が、再生されていく。



そのとき、ロイは温もりを感じた。

ヌイのふさふさとした毛の感触。そして、エリスとカイル、アイリーンの手がロイに添えられている感覚。


まるで、ロイの見ている景色を、みんなで見ているような。


ロイは、希望に満ちた瞳でふわりと笑った。


この終末の世界でも、貴方を想う誰かがいる。



「…ああ、そうだ。私が見たかったのは、この景色だ。」



目を閉じる。


ロイは息を吐いた。





ここまで読んでいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
「緑の大地」とは、戦いの中で荒野で生死の境をさまよった者のみが見る、ひとつの境地であったのかもしれないですね。死の描写がひとつひとつ個性をもっている。心が現れる思いです。素晴らしい物語をありがとうござ…
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