第三話 再会の罠
証券会社・東邦セキュリティーズ本社・会議室。
取引先から「リスク説明が不十分だ」というクレームが入り、緊急の会議が開かれていた。
「……たかが一件二件だろ」
圭介は苛立ちを隠さず、スーツの袖口をいじる。
自分は営業部トップ。
数字で勝負してきた自負がある。
小さな顧客の不満など、煙のように消えると思っていた。
だが、役員席の法務部長は険しい表情で言った。
「金融商品取引法違反に問われかねない。外部の意見も聞く」
そのとき、扉が開いた。
「本件について、助言をさせていただきます」
黒いスーツに身を包み、静かに一礼する女性。
涼やかな声と冷えた眼差し。
「橘凛です」
その名を聞いた瞬間、圭介の鼓動が跳ねた。
「……嘘だろ」
学生時代、後輩として見せていた柔らかな笑顔。
だが、今の凛には微塵も残っていなかった。
「契約書のリスク説明義務は明確です。
“元本保証に近い”といった表現は、虚偽の安心を与えるおそれがあります」
凛の声は冷えきっていた。
圭介は笑ってごまかそうとした。
「いやいや、リスクなんて誰だってわかってるさ。顧客だって承知で——」
「承知していないから、問題になっているのです」
凛が切り返す。淡々と、迷いなく。
その横顔に学生時代の面影を探そうとしても、そこに柔らかさはなかった。
——凛の瞳には、かつての笑顔の残滓すらなく、
ただ、計算された冷たい光だけが宿っていた。
*
会議が終わったあと、圭介は廊下で彼女を呼び止めた。
「……なぁ、久しぶりだな。元気にしてたか?」
凛は立ち止まり、振り返る。
「偶然、ですね。——お仕事中ですので、失礼します」
短くそう告げ、踵を返して去っていく。
「おいおい、ちょっと待てって。これ、俺の名刺。
今夜空いてるなら、飲みに行こ?」
軽い笑みを浮かべても、凛はにこりと笑うだけだった。
その笑みは氷のように薄い。
彼女が去ったあと、圭介はポケットの中の名刺を見つめて呟く。
「……やっぱり、綺麗になったよな。今度こそ、落としてやる」
だが、彼はまだ知らなかった。
その再会こそが、静かに仕組まれた“罠の始まり”だった。




