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囚執愛 ― 愛してる、だから奪った ―  作者: 婀娜
第二章 距離と優しさ
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第一話 仮面の幸福

証券会社・東邦セキュリティーズ営業部。


 昼のオフィスは、今日もざわめいていた。

電話のベル、書類の音、笑い声。

その中心で、圭介が胸を張って笑う。


「今回のIPO、俺に任せとけ!」


 会議室に明るい空気が広がる。

同僚たちは「さすがです」「頼りになります」と口を揃えた。

上司には“ムードメーカー”、後輩には“兄貴”。

誰もが彼を認めていた──表向きは。


 数字に強く、要領もいい。

ただ、それは“勝つための顔”だった。



 夜のクラブは、光と嘘で満ちていた。

シャンデリアがきらめき、グラスの氷がカランと鳴る。

圭介はシャンパンを片手に、女の肩を抱いていた。


 甘い香水、赤いルージュ。

酔ったふりをしながら、心の奥では確信している。

──俺は勝ち組だ。


「奥さんいるのに……もう、こんなことしたいんですかぁ?」


 隣のホステスが、唇を尖らせて囁く。

最近入った新顔、みくる。


 圭介は笑ってグラスを置き、低く答えた。

「俺はお前のことが好きなんだよ」


「きゃっ……もう圭介さんったら、エッチ」


 みくるは甘えるように身を寄せ、さらに声を落とす。

「……私、圭介さんに選んでもらえて、本当に幸せです」


 彼の笑みが深くなる。

その瞬間、家庭のことなど頭から消えていた。

優香の笑顔も、翔の笑顔も。


 すべてを手に入れた男の人生。

そう信じて疑わなかった。



 翌朝のオフィスは、静かに崩れ始めていた。

机の上には分厚いファイル。

《米ハイテク株連動・仕組債(案)》と書かれている。


「これが決まれば、営業部の看板ですね」

部下が言う。圭介は得意げに頷いた。


 ページをぞんざいに指でめくる。

数字。条件。免責の文言。

どれも、ただの書類にしか見えなかった。


「任せとけ」


軽く笑い、ファイルを閉じる。


ただの一枚。

ただの案件。

ただの朝。


──だが、その“一枚”が、

音もなく彼の足場を抜き始めていた。


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