第一話 仮面の幸福
証券会社・東邦セキュリティーズ営業部。
昼のオフィスは、今日もざわめいていた。
電話のベル、書類の音、笑い声。
その中心で、圭介が胸を張って笑う。
「今回のIPO、俺に任せとけ!」
会議室に明るい空気が広がる。
同僚たちは「さすがです」「頼りになります」と口を揃えた。
上司には“ムードメーカー”、後輩には“兄貴”。
誰もが彼を認めていた──表向きは。
数字に強く、要領もいい。
ただ、それは“勝つための顔”だった。
*
夜のクラブは、光と嘘で満ちていた。
シャンデリアがきらめき、グラスの氷がカランと鳴る。
圭介はシャンパンを片手に、女の肩を抱いていた。
甘い香水、赤いルージュ。
酔ったふりをしながら、心の奥では確信している。
──俺は勝ち組だ。
「奥さんいるのに……もう、こんなことしたいんですかぁ?」
隣のホステスが、唇を尖らせて囁く。
最近入った新顔、みくる。
圭介は笑ってグラスを置き、低く答えた。
「俺はお前のことが好きなんだよ」
「きゃっ……もう圭介さんったら、エッチ」
みくるは甘えるように身を寄せ、さらに声を落とす。
「……私、圭介さんに選んでもらえて、本当に幸せです」
彼の笑みが深くなる。
その瞬間、家庭のことなど頭から消えていた。
優香の笑顔も、翔の笑顔も。
すべてを手に入れた男の人生。
そう信じて疑わなかった。
*
翌朝のオフィスは、静かに崩れ始めていた。
机の上には分厚いファイル。
《米ハイテク株連動・仕組債(案)》と書かれている。
「これが決まれば、営業部の看板ですね」
部下が言う。圭介は得意げに頷いた。
ページをぞんざいに指でめくる。
数字。条件。免責の文言。
どれも、ただの書類にしか見えなかった。
「任せとけ」
軽く笑い、ファイルを閉じる。
ただの一枚。
ただの案件。
ただの朝。
──だが、その“一枚”が、
音もなく彼の足場を抜き始めていた。




