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囚執愛 ― 愛してる、だから奪った ―  作者: 婀娜
第一章 裏切りの始まり
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第三話 再会の灯

夜更け。

翔を寝かしつけたあと、私はリビングのソファに沈み込んでいた。

静かな部屋で、スマホの白い光だけが私を照らす。


「……離婚 手続き 方法」


 震える指で文字を打ち込む。

検索結果には、見たくない言葉が並んだ。

《慰謝料》《親権》《浮気の証拠》

どれも胸を抉るようで、息が詰まる。


 スクロールを繰り返すうち、ふと広告が目に留まった。

《初回相談無料/女性のための法律サポート》

ただの広告のはずなのに、なぜか胸に引っかかった。


「……ここなら」


 自分に言い聞かせるように、送信ボタンを押す。

その瞬間、ほんの少し胸の重さが和らいだ気がした。



数日後。

緊張で喉を乾かしながら、私は法律事務所のドアを押した。

落ち着いた木目調のロビー。控えめなアロマの香り。

どこか懐かしい匂いだった。


 「ご予約の中村様ですね。担当の者がお迎えにあがります」

受付の女性にうなずいたその時、奥のドアが開く。


「……優香先輩?」


 聞き慣れた声に、心臓が跳ねた。

黒髪をすっきりと結い上げ、スーツ姿で立っていたのは、

学生時代に忘れられなかった後輩――橘凛だった。


「……凛ちゃん?」


「やっぱり、優香先輩ですよね」

凛が弾けるように笑う。

「まさか、こんな形で再会するなんて」


 胸の奥に懐かしさと安堵が広がる。

弱さを打ち明けられるかもしれない。

そんな期待が、静かに灯った。



相談室の静けさの中、私の声だけが落ちていた。


「それでね……本題なんだけど」


 震える指でハンカチを握りしめ、胸に溜めたものを吐き出す。

圭介の浮気、冷たい態度、翔への無関心。


「……証拠なんて、何もない。ただ、一度だけスマホを覗いただけで……」


 言葉が詰まる。

凛は静かに頷き、手元のノートに書き込んだ。


「大丈夫です。証拠はこれからでも集められます。

LINEの履歴やレシート、外泊の記録……そうしたもので十分です。

親権についても、翔くんと暮らしている優香先輩が有利です」


私は苦笑し、俯いた。

「……まさか、凛にこんな夫婦の恥を相談するなんて。正直、恥ずかしいわ」


 「何を言ってるんですか。私は弁護士として聞いてます」

凛は微笑んで続けた。

「……それに、後輩としても先輩を守りたいんです」


胸の奥がじんわりと熱くなった。


「……これから先、不安でしかないの」


 弱々しい声に、凛はまっすぐ答える。

「できます。法律的にも、心の上でも。

あとは、優香先輩がどう生きたいかを決めるだけです」


 冷たい絶望しかなかった胸に、

かすかな光が差した気がした。



「もうこんな時間……翔のお迎えに行かないと」

時計の針は五時を少し過ぎていた。


「保育園ですか?」

「ええ。すぐに行かないと」


「じゃあ、私も一緒に行っていいですか?」

「え?」


「先輩の息子さんに会いたいんです。

 帰りに三人でご飯でも行きましょう。子ども用メニューのある店、知ってます」


 突然の提案に戸惑いながらも、

“誰かと夕食を囲める”という響きに、思わず頷いていた。



保育園の門をくぐると、翔が駆け寄ってくる。

「ママ!」


小さな手の温もりに、心が溶けていく。


「翔くん、はじめまして。凛です」

凛はしゃがみ込み、柔らかく微笑んだ。

「今日はママとご飯、行こうか」


 翔は少し恥ずかしそうに頷き、私のスカートに隠れる。

その姿に、私は思わず笑った。

——こんな穏やかなやり取り、久しぶりだ。



 駅近くのファミリーレストラン。

温かな照明の中、翔の顔がぱっと明るくなる。


「ハンバーグ!これにする!」


「先輩、さっきより表情が柔らかいです」

「……そうかしら」


「ええ。翔くんといるときの先輩、すごく素敵です」


 恥ずかしくて視線を逸らす。

その横顔を見つめる凛の瞳には、

優しさと、ほんのわずかな光の濃さが宿っていた。



 店を出る頃には、夕暮れが街を染めていた。

翔は眠たそうに私の手を強く握る。


「今日はありがとうございました」

「礼なんていりません。これからも一緒に考えていきましょう」


——もう一人じゃない。


そう思えるだけで、足取りが少し軽くなった。



 家に戻ると、リビングは暗く静かだった。

テーブルの上には、朝片づけ忘れた食器が残っている。

圭介はまだ帰っていない。


翔を布団に寝かせ、その寝顔を見つめながら、胸の奥で誓う。

「……また、相談しよう」


 自分の弱さをさらけ出せる場所がある。

それだけで、崩れそうな心に支えが生まれた。


 けれどその支えは、

透明な糸に静かに絡め取られていく。

その糸の先が、どこへ結ばれているのかも知らないまま――。


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