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囚執愛 ― 愛してる、だから奪った ―  作者: 婀娜
第四章 影の守護
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第二話 夜の輪郭

 食器が触れ合う音が、静かな部屋に小さく響いていた。

翔はすでに寝室で眠り、子どもの寝息が壁越しに微かに聞こえる。


 優香はシンクの前で、泡の浮いた皿をひとつずつ洗っていた。

指先にぬるま湯の温度が残る。

その穏やかさが、少しずつ胸を落ち着かせていく。


 そのとき——。

「優香さん、少し出てきますね。」


 背後から、凛の声がした。

振り向くと、彼女は黒いコートの襟を軽く整えていた。


「こんな時間に?」


思わず問い返す。時計はもう二十二時を回っている。


「少し、用事があって。……大丈夫です、すぐ戻ります。」


 凛は微笑み、玄関に向かう。

その横顔は穏やかだけれど、どこか遠い。


「……気をつけて。」


 自分でも理由がわからない言葉が、思わず漏れた。

凛は短く頷き、「おやすみなさい」とだけ残して出ていった。



 静まり返った部屋。

時計の針がゆっくりと進む音だけが、リビングを満たしていた。

優香はふと、落ち着かない気持ちを抱えたまま窓際に立つ。


 カーテンの隙間から、下の駐車場が見える。

街灯に照らされた歩道を、凛の姿が横切っていくのが見えた。

黒いコート、整った姿勢。

けれどその足取りは、いつもより速い。


(……どこに行くんだろう)


 胸の奥に、説明できないざらつきが残る。

彼女は弁護士として忙しい。夜の呼び出しなんて、珍しいことじゃない——

そう言い聞かせても、違和感は消えなかった。


ガラスに映る自分の顔を見て、優香は小さく息をつく。


「考えすぎだよね……」


 そう呟いてカーテンを閉める。

けれど、その手の震えを、優香自身も気づいていなかった。



その夜。

凛は暗い車内で携帯を耳に当てていた。


「——確認しました。対象はまだ動いていません。」


 電話の向こうの声が、低く短く返す。

凛はハンドルを握る手に力を込めた。


「……彼女たちに近づいたら、すぐに知らせてください。」

「了解。」


 通話を切ると、凛は静かに息を吐いた。

信号の赤が車内を照らし、彼女の横顔に影を落とす。


——守るために動いているはずなのに、

その輪郭は、もう正義のそれではなかった。



 同じ頃。

マンションの寝室で、優香は目を閉じながら、ふと夢と現実の境目で思った。


 凛の笑顔はあんなにも優しいのに、

ときどき、どこか遠くの世界にいるような気がする——と。


 夜は静かに更けていく。

その静寂の奥で、二人の間の“距離”がほんの少しだけずれていった。


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