第一話 陽だまりの影
夕方の風が、公園のすべり台をかすめていく。
秋の陽が斜めに差し込み、砂場の上に長い影を落としていた。
翔は、その影の中で黙って立っていた。
少し離れたところで、三人の男の子が笑っている。
「なあ、お前さ。パパいないんだって?」
一人が言い、もう一人が鼻で笑う。
「母ちゃんだけとか、かわいそ〜。なぁ、泣くなよ?」
翔の小さな拳が震えた。
唇を噛みしめても、何も言えない。
喉の奥が熱くなるのに、声は出なかった。
——そのとき。
「やめてよ!」
高く澄んだ声が、空気を裂いた。
振り返ると、髪を二つに結んだ女の子が駆けてくる。
「……結衣ちゃん?」
翔が目を見開いた。
結衣は翔の前に立ちふさがった。
小さな体を精いっぱい張りつめて、肩で息をしている。
「いじめなんて、最低だよ!」
「なんだよ、お前!」
少年が怒鳴り、手を伸ばした。
ドンッ——。
結衣の体が砂に倒れ、手のひらを擦りむいた。
それでも彼女は泣かなかった。
砂だらけの顔を上げて、まっすぐ言った。
「やめてって言ってるの!」
翔の胸の奥で、何かが弾けた。
怖いのに、悔しいのに、涙が出るより先に——心が熱くなった。
その瞬間。
「翔くん。」
穏やかで、それでいて鋭い声が背後から響いた。
凛だった。
公園の入り口から歩いてくるその姿に、少年たちが息をのむ。
「他人を傷つける理由を、あなたたちは説明できますか?」
柔らかな口調なのに、背筋が凍るような静けさが漂った。
少年たちは互いに顔を見合わせ、たじろぐ。
「二度と同じことをしない。それを今ここで約束しなさい。」
凛の言葉に押され、少年たちは顔を伏せた。
「……ごめんなさい。」
そして、逃げるように駆けていった。
静寂が戻る。
凛は結衣のそばにしゃがみ込み、そっと手を取った。
「手、見せて。少し痛いね。」
ウェットティッシュで汚れを拭き、絆創膏を貼る。
「でも、よく頑張ったね。あなたが最初に止めてくれたの。」
結衣は照れたようにうつむき、小さく頷いた。
「ありがとう……」
翔はその隣に立ち、ぎこちなく言葉をこぼす。
「ぼく……翔。助けてくれて、ありがとう。」
結衣が笑った。
「翔くん、泣かなかったね。かっこよかったよ。」
凛は微笑み、二人の頭をやさしく撫でた。
「さあ、帰ろう。ママが心配してますよ。」
三人で歩き出す。
オレンジ色の光が、公園の影をゆっくりと伸ばしていく。
翔の胸の奥で、小さな勇気が芽生えた。
そして凛の心にもまた、言葉にできない感情が静かに生まれつつあった。
——守りたい、ただそれだけの想いが、
この日、ひっそりと形を持ちはじめていた。




