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プロローグ 静かな春の眼差し
春の光が校門の並木を照らし、若葉の影が石畳に揺れていた。
人の波に押され、笑い声や呼び声が絶え間なく響く。
どれも弾んだ調子で、耳に残らない。
人は群れると似た顔になる。
浮き立つ声も、笑みも、判で押したように同じに見えた。
その中で、一人だけが目に留まった。
ベンチに腰を下ろし、本を閉じたときに浮かんだ笑顔。
誰に見せるでもない、小さな微笑み。
その自然さが、気づけば胸に残っていた。
春風が通り抜け、黒髪を揺らす。
光を受けた横顔が、ほんの一瞬、眩しく見えた。
言葉にはできない。
理屈では説明できなかった。
ただその感覚だけが、静かに心にとどまっていた。
……これを恋というのだろうか。