8話 必殺のメープルたこ焼き
ギルドの地下にある、だだっ広い石造りの訓練場。
壁には無数の刀傷や爆発の跡が生々しく残っとって、汗と鉄の匂いが鼻につく。
ワシは、その中央で一本の木の棒を手に、熊みたいな大男――ギデオンはんと向かい合っていた。
「よろしいですか?」
審判役のサラさんが、気だるそうに言う。
「武器はそこの訓練用のもの。相手を戦闘不能にするか、『参った』と言わせれば勝ち。制限時間は、おじさんが再起不能になるまで。あ、もちろん、外部からの回復魔法なんてズルは禁止ですからね、そこのエルフのお嬢さん?」
サラの鋭い視線に、リリアが「うっ…」と息を呑む。
ワシはリリアに「大丈夫や」と目配せすると、ギデオンはんに向き直った。
「ほな、始めよか」
「始め!」
サラの気の抜けた合図と共に、ギデオンはんが動いた。
地響きのような雄叫びを上げ、巨大な訓練用の斧を、ワシめがけて振り下ろしてくる。
「うおっ!?」
ブォン!という風切り音と共に、ワシがさっきまで立っていた場所の石畳が、粉々に砕け散った。
「あぶなっ! 今の当たったら、頭カチ割れとるで!」
ワシはひたすら逃げた。
右に左に、前へ後ろへ。攻撃をかわすだけで精一杯や。
周囲のやじ馬どもからは、「おいおい、鬼ごっこじゃねえぞ!」「さっさと降参しろよ、おっさん!」と、容赦ないヤジが飛んでくる。
「大ちゃん……!」
リリアの悲痛な声が聞こえる。
(アカン、このままじゃジリ貧や……!)
ワシは逃げ回りながらも、必死でギデオンはんの動きを観察した。
デカいだけの脳筋タイプに見えるが、動きに無駄がない。強い。
せやけど……!
「【商人の勘】!」
ワシがスキルを発動すると、脳内に、あの口の悪い解説が響いた。
『【斧使いのギデオン:Lv.45。弱点:昔、ドラゴンにやられた左膝の古傷。大振りの攻撃の後、一瞬だけ体勢を立て直す癖アリ。あと、見かけによらず、意外と甘いものが好き】』
(甘いものが好き……? なんちゅう情報やねん! いるか、そんなもん! しょうもない!)
一瞬そう思ったが、ワシの脳内で、何かが閃いた。
ニヤリと口角が上がる。
ギデオンはんの斧が、訓練場の柱にめり込んで動きが止まった一瞬の隙に、ワシはこっそり懐でたこ焼きを創造し、一気に口に放り込んだ。
(うまっ! こんな時でも美味いんかい!)
たこ焼きパワーが、全身にみなぎる!
ワシは、わざとギデオンはんの大振りの一撃を誘った。
それを紙一重でかわし、奴の体勢が崩れた、まさにその瞬間!
「もろたで!」
ワシは叫び、弱点である左膝に、木の棒を渾身の力で叩き込んだ。
「ぐっ!?」
ギデオンはんが、たまらず片膝をつく。
怒りで顔を真っ赤にした彼が、「おっさんがぁっ!」と、さらに猛然と襲いかかってくる。
しかし、ワシはもう逃げんかった。
「ギデオンはん! 戦で疲れた時には、糖分補給が一番やで!」
ワシは叫ぶと、【たこ焼き創造】を発動した。
現れたのは、いつものソースとマヨネーズではない。メープルシロップとはちみつが、これでもかというほどかかった、テカテカに輝くデザートたこ焼き!
ワシはそれを高々と掲げ、朗々と叫んだ。
「これぞワシの必殺技! 名付けて『メープルたこ焼きはちみつスペシャル』や! 遠慮せんと、まあ一口!」
そのあまりにもファンシーな技名に、ギデオンも、周りの冒険者たちも、一瞬「……は?」と、思考が停止した。
ワシは、その隙を見逃さへん。
必殺技を、ギデオンに向かって放り投げた。
「ふざけるな!」
我に返ったギデオンはんが斧を振るうが、鼻腔をくすぐる、暴力的なまでの甘い香りに抗えない。
「ぐっ……こ、この香りは……!?」
動きが止まった。
ワシはもう一個、新たに創造した「メープルたこ焼きはちみつスペシャル」を手に、一気に懐へ飛び込んだ。
そして、動揺してわずかに開いていたギデオンはんの口に、そのたこ焼きを直接、ねじ込んだ!
「ほれ、おあがり!」
甘いメープルとはちみつ、そして熱々でトロトロの生地が口の中に広がった瞬間。
ギデオンはんの屈強な顔が、一瞬だけ「はふぅん……」という恍惚の表情に変わる。完全に無防備や。
ワシは、その隙を逃さなかった。
木の棒の先端を、ギデオンはんの極太の喉元に、ピタリと突きつける。
「……甘いやろ?」
ワシは静かに言うた。
「ワシの、勝ちやで」
静まり返る訓練場。
やがて、我に返ったギデオンはんは、喉元の木の棒とワシの顔を交互に見た後、腹の底から豪快に笑い出した。
「カッカッカ! 参った! 完全に一本取られたわ。おっさん、お前の勝ちだ!」
その言葉に、ヤジを飛ばしていた冒険者たちは唖然とし、やがて誰からともなく、パラパラと拍手が起こった。
サラさんが、呆れたような、それでいて感心したような顔で近づいてくる。
「……信じられませんけど、合格、ですね」
彼女は、ワシの正式なギルドカードを手渡してくれた。
ギデオンはんが、汗を拭いながらワシの肩をバン!と叩く。
「おい、ドウジマ。お前、面白い奴だな。今度、あの『めーぷるたこやき』を腹一杯食わせろ」
どうやら、変な形で気に入られてしもたらしい。
リリアが「やりましたね、大ちゃん!」と、満面の笑みで駆け寄ってくる。
ワシが、冒険者としての第一歩を踏み出した、その時やった。
受付のサラさんが、最後に釘を刺すのを忘れんかった。
「ちなみに、大悟さん。あなたの冒険者ランクは、一番下のFランクからですからね。勘違いしないように。悪しからず」
「……へっ?」
ワシの気の抜けた声が、活気の戻った訓練場に、小さく響いた。