表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/8

7話 おっさん、なめんなよ!


 ギイィィ……。

 リリアと二人で押し開けた樫の木の扉は、ワシの人生観を変えるのに十分なほど重かった。

 扉の向こうから、むわっとした熱気がワシらを包む。

 酒と汗と、そして、微かに鉄――いや、血の匂い。

 怒号と笑い声がごちゃ混ぜになった喧騒が、ワシの鼓膜をガンガンと叩いた。


 腕がワシの太ももくらいある戦士。

 いかにも性格の悪そうなローブ姿の魔法使い。

 テーブルの隅で、フードを目深にかぶった盗賊らしき男。

 まさに、ファンタジーの世界の酒場そのものや。


 ワシらみたいな、場違いな二人組の登場に、あれだけ騒がしかったギルドの中が、水を打ったようにシン、と静まり返った。

 全ての目が、ワシとリリアに突き刺さる。


「なんだ、あのおっさん。場違いだろ」

「隣のエルフ、よく見たらかなりの美人だな……」


 そんなヒソヒソ声が聞こえてくるが、知ったこっちゃない。

 ワシはリリアの手を引き、その視線をものともせず、まっすぐに受付カウンターへと向かった。

 カウンターの向こうには、一人の女性が座っていた。

 妙に色っぽい、気だるそうな美人。頬杖をつき、心底どうでもよさそうに、自分の爪を磨いとる。

 胸元のネームプレートには「サラ」と書かれていた。


「嬢ちゃん、すまんけど、冒険者登録したいんやけど」


 ワシが声をかけると、サラはチラリとこちらに視線をよこし、「はぁい」と気の抜けた返事をした。


「登録ですね。こちらの用紙にどうぞ」


 まずはリリアが、サラの質問に答えていく。

 名前、年齢、特技は回復魔法。横にある水晶玉に手をかざすと、それが淡い緑色の光を発した。


「はい、魔力適正あり。合格です」


 サラは事務的に言うと、リリアにギルドカードを手渡した。

 よし、次はワシの番や。


「お名前と、ご年齢を」

「名前は堂島大悟。年齢は、ピチピチの52歳や」


 ワシが胸を張ってそう言うた瞬間、それまでスラスラと動いていたサラの羽根ペンが、ピタリと止まった。

 彼女はゆっくりと顔を上げると、カウンターに立てかけてある、ギルド規約が書かれたプレートを、指先でトン、と叩いた。


「申し訳ありませんが、お客様。ギルド規約第3条により、新規冒険者登録は、満50歳未満となっております」

「……はい?」

「危険な依頼も多いので、万が一のことがありましても、ギルドでは責任を負いかねますので。初回登録は将来性のある若い方だけになっております……」


 やんわりと、しかし有無を言わせぬ口調。

 ワシの頭は、一瞬、真っ白になった。


「な、なんやてー!? 50歳未満やと!? そんな殺生な!」


 ワシの叫び声に、ギルド中が再びざわめき始める。


「お願いやおねえちゃん! ワシはこう見えても、まだまだ動けるんやで! 昨日は森で悪魔も倒したんや!」

「証明できるものはありますか? なければ規則ですので」


 サラは鉄壁の守りや。こいつ、手強い。

 ワシは作戦を変更した。


「いや待て。あんたほどの切れ者の美人さんなら、分かるはずや。大事なんは、戸籍上の年齢やのうて、その人間の『実力』と『経験』やないか? こんな前時代的なルール、おかしいと思わへんか?」


 ワシがおだてると、サラの眉がピクリと動いた。

 よし、もう一押しや!

 ワシは隣にいるリリアの肩をぐっと抱き寄せ、真剣な顔で訴えた。


「それに、ワシにはこの子を守る責任があるんや! このか弱い少女を一人で、こんな物騒な場所に放り出すわけにはいかん! 親代わりとして、この子の盾になるのが、ワシの務めなんじゃ!」


 ワシの熱弁に、サラは長いため息をついた。

 その表情は相変わらず気だるそうやったが、瞳の奥に、初めて「面白い」という感情が宿ったように見えた。


「……はぁ。とんでもなく面倒な人に捕まったわね、私」


 彼女はそう言うと、観念したように両手を上げた。


「……分かりました。今回だけの、特例中の特例ですよ」

「ほんまか!?」

「その代わり」


 サラは、悪戯っぽく笑った。


「あなたに本当にその『実力』とやらがあるのか、この場で証明してもらいますよ」


 彼女はカウンターの下にある、インカムのような魔道具に何かを吹き込んだ。


「訓練場、開けてくれる? 相手は……そうね、ギデオンあたりが丁度いいでしょ」


 その名を聞いた瞬間、ギルド中がどよめいた。

 

「マジかよ、ギデオンが試験官だって」「あのおっさん、一分もたないだろ」

 

 ギルドの奥から、ズシン、ズシン、と地響きのような足音が聞こえてくる。

 やがて、ワシの目の前に現れたのは、熊と見紛うばかりの巨漢やった。

 傷だらけの顔に、巨大な戦斧。その威圧感は、森で会った悪魔の比やない。

 試験官ギデオンが、値踏みするようにワシを見下ろす。


 ワシはその威圧感に一瞬怯んだが、すぐに腹を括った。

 リリアが心配そうに、ワシのスーツの袖を掴む。

 ワシは、その小さな手を優しくポンと叩くと、一歩前に出た。

 そして、目の前の巨漢に向かって、不敵な笑みを浮かべてやった。


「望むところやないか」


 ワシは、ギルド中に響き渡る声で、こう啖呵を切った。


「おっさん、なめんなよ!」

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ