7話 おっさん、なめんなよ!
ギイィィ……。
リリアと二人で押し開けた樫の木の扉は、ワシの人生観を変えるのに十分なほど重かった。
扉の向こうから、むわっとした熱気がワシらを包む。
酒と汗と、そして、微かに鉄――いや、血の匂い。
怒号と笑い声がごちゃ混ぜになった喧騒が、ワシの鼓膜をガンガンと叩いた。
腕がワシの太ももくらいある戦士。
いかにも性格の悪そうなローブ姿の魔法使い。
テーブルの隅で、フードを目深にかぶった盗賊らしき男。
まさに、ファンタジーの世界の酒場そのものや。
ワシらみたいな、場違いな二人組の登場に、あれだけ騒がしかったギルドの中が、水を打ったようにシン、と静まり返った。
全ての目が、ワシとリリアに突き刺さる。
「なんだ、あのおっさん。場違いだろ」
「隣のエルフ、よく見たらかなりの美人だな……」
そんなヒソヒソ声が聞こえてくるが、知ったこっちゃない。
ワシはリリアの手を引き、その視線をものともせず、まっすぐに受付カウンターへと向かった。
カウンターの向こうには、一人の女性が座っていた。
妙に色っぽい、気だるそうな美人。頬杖をつき、心底どうでもよさそうに、自分の爪を磨いとる。
胸元のネームプレートには「サラ」と書かれていた。
「嬢ちゃん、すまんけど、冒険者登録したいんやけど」
ワシが声をかけると、サラはチラリとこちらに視線をよこし、「はぁい」と気の抜けた返事をした。
「登録ですね。こちらの用紙にどうぞ」
まずはリリアが、サラの質問に答えていく。
名前、年齢、特技は回復魔法。横にある水晶玉に手をかざすと、それが淡い緑色の光を発した。
「はい、魔力適正あり。合格です」
サラは事務的に言うと、リリアにギルドカードを手渡した。
よし、次はワシの番や。
「お名前と、ご年齢を」
「名前は堂島大悟。年齢は、ピチピチの52歳や」
ワシが胸を張ってそう言うた瞬間、それまでスラスラと動いていたサラの羽根ペンが、ピタリと止まった。
彼女はゆっくりと顔を上げると、カウンターに立てかけてある、ギルド規約が書かれたプレートを、指先でトン、と叩いた。
「申し訳ありませんが、お客様。ギルド規約第3条により、新規冒険者登録は、満50歳未満となっております」
「……はい?」
「危険な依頼も多いので、万が一のことがありましても、ギルドでは責任を負いかねますので。初回登録は将来性のある若い方だけになっております……」
やんわりと、しかし有無を言わせぬ口調。
ワシの頭は、一瞬、真っ白になった。
「な、なんやてー!? 50歳未満やと!? そんな殺生な!」
ワシの叫び声に、ギルド中が再びざわめき始める。
「お願いやおねえちゃん! ワシはこう見えても、まだまだ動けるんやで! 昨日は森で悪魔も倒したんや!」
「証明できるものはありますか? なければ規則ですので」
サラは鉄壁の守りや。こいつ、手強い。
ワシは作戦を変更した。
「いや待て。あんたほどの切れ者の美人さんなら、分かるはずや。大事なんは、戸籍上の年齢やのうて、その人間の『実力』と『経験』やないか? こんな前時代的なルール、おかしいと思わへんか?」
ワシがおだてると、サラの眉がピクリと動いた。
よし、もう一押しや!
ワシは隣にいるリリアの肩をぐっと抱き寄せ、真剣な顔で訴えた。
「それに、ワシにはこの子を守る責任があるんや! このか弱い少女を一人で、こんな物騒な場所に放り出すわけにはいかん! 親代わりとして、この子の盾になるのが、ワシの務めなんじゃ!」
ワシの熱弁に、サラは長いため息をついた。
その表情は相変わらず気だるそうやったが、瞳の奥に、初めて「面白い」という感情が宿ったように見えた。
「……はぁ。とんでもなく面倒な人に捕まったわね、私」
彼女はそう言うと、観念したように両手を上げた。
「……分かりました。今回だけの、特例中の特例ですよ」
「ほんまか!?」
「その代わり」
サラは、悪戯っぽく笑った。
「あなたに本当にその『実力』とやらがあるのか、この場で証明してもらいますよ」
彼女はカウンターの下にある、インカムのような魔道具に何かを吹き込んだ。
「訓練場、開けてくれる? 相手は……そうね、ギデオンあたりが丁度いいでしょ」
その名を聞いた瞬間、ギルド中がどよめいた。
「マジかよ、ギデオンが試験官だって」「あのおっさん、一分もたないだろ」
ギルドの奥から、ズシン、ズシン、と地響きのような足音が聞こえてくる。
やがて、ワシの目の前に現れたのは、熊と見紛うばかりの巨漢やった。
傷だらけの顔に、巨大な戦斧。その威圧感は、森で会った悪魔の比やない。
試験官ギデオンが、値踏みするようにワシを見下ろす。
ワシはその威圧感に一瞬怯んだが、すぐに腹を括った。
リリアが心配そうに、ワシのスーツの袖を掴む。
ワシは、その小さな手を優しくポンと叩くと、一歩前に出た。
そして、目の前の巨漢に向かって、不敵な笑みを浮かべてやった。
「望むところやないか」
ワシは、ギルド中に響き渡る声で、こう啖呵を切った。
「おっさん、なめんなよ!」