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1話 おっちゃん転生するで!


 はぁ……。

 今日も一日、えらい目に遭うたわ。

 なんやねん、最近の若いモンは。

 ワシが「気合や! 根性や! お客さんの懐に飛び込んでいくんが営業や!」言うたら、「堂島さんのやり方はコンプライアンス的にグレーです」やて。

 

 やかましいわ。

 白黒つけんのがコンプライアンスなら、こっちは結果を白にするために限りなく黒に近いグレーを攻めるのが仕事じゃい。

 ……なんて、口が裂けても言えんけどな。言うたら一発で老害認定、SNSで晒されて炎上間違いなしや。

 まったく、世知辛い世の中になったもんやで。


 そんなささくれた心を癒す場所は、大阪広しと言えど、ここしかない。

 パチンコ屋のファンファーレと、居酒屋の呼び込みがせめぎ合う難波の路地裏。

 ワシはくたびれたスーツのネクタイを少し緩め、赤提灯が揺れる馴染みの店の暖簾をくぐった。


「大将、やっとるか? ワシや、堂島大悟や」


 ソースの焦げるええ匂いが立ち込めるカウンターの向こうで、白髪頭の大将がヘラを片手にニヤリと笑うた。


「お、大悟さん、まいど。なんやまた、顔に『人生、山あり谷あり、蟻地獄あり』って書いてますで」

「やかましいわ。ワシの顔は伝言板か。ええから早よ、いつものやつ頼むわ。ソースとマヨ、こってこてにな」

「へい、合点承知の助」


 手際よく銅板の上で丸められていく、愛しの我が子たち。

 熱々の舟を受け取り、カウンターの端っこで、まずは一つ、爪楊枝で突き刺す。


 ハフッ、ハフッ……!

 熱っ! うまっ! これや、これやがな!

 外はカリッと、中はトロッ……。ダシの効いた生地が口の中でとろけて、プリッとしたタコの歯ごたえが後を追う。

 こってこてのソースとマヨネーズが、疲れた脳みそにガツンと染み渡るわ。

 ああ……生き返る。これぞ大阪人のソウルフード、いや、魂そのものや。


 ちびちびと味わい、舟の上もいよいよ最後の一個。

 名残惜しいなァと思いつつ、そいつを爪楊枝で持ち上げた、その時やった。


「……ん?」


 たこ焼きの表面に、青のりの粉が、奇跡のような形を描いとった。


『当たり!』


 間違いなく、そう読める。

 ワシは目をゴシゴシこすった。まだそこにある。


「な、なんやこれ!?」

「どないしました、大悟さん」

「大将! 見てみぃこれ! 当たりや! 当たりが出とるで!」

「はぁ? うちはそんなんやってまへんで?」


 ワシは興奮して大将に舟を突きつけながら叫んだ。


「ワシ、ついに人生の当たりくじ引いたかもしれん! もう一舟サービスか!? それとも宝くじか!? どや!」


 大将が「知らんがな」と首を傾げた、まさにその瞬間。

 ワシは「ほな、遠慮なく!」と、その奇跡の一個を口に放り込んだ。


 途端、世界からあらゆる情報が消えた。

 ソースの味も、ダシの香りも、熱さも、大将の困った顔も、路地の喧騒も。

 全てが、ない。

 あるのはただ、真っ白な光だけ。


 ……ワシ、ついに悟りを開いてもうたんか?


 次に目を開けた時、ワシはだだっ広い、どこまでも真っ白な空間に一人、ポツンと立っていた。

 なんやここ……。死後の世界にしちゃあ、ちと殺風景すぎんか?

 三途の川も流れとらんし、お花畑もない。昨今の神様界は、深刻な予算削減にでも見舞われとるんやろか。


 キョロキョロしとると、目の前に、すぅ……っと豪華絢爛な受付カウンターが現れた。

 なんや、役所の窓口かいな。

 しかもカウンターの向こうには、とんでもないべっぴんさんが座っとる。ギリシャ彫刻がそのまま動き出したみたいな、現実味のない美しさや。うちの会社の受付嬢とは月とスッポン、いや、月と使い古しの雑巾ほどの差がある。


 その女神さまが、うっとりするような微笑みを浮かべて、ワシにこう言うた。

 手には、iPadみたいな光る板が握られとる。


「お待ちしておりました、堂島大悟様。この度は、誠におめでとうございます」


 声まで美しい。けど、どこか事務的やな。


「貴方様は十億分の一の確率を乗り越え、栄えある『異世界勇者』の権利を獲得されました!」


 ……は?

 権利を、獲得?

 なんやそれ、通販番組か?

 今ならもう一体ついてくるとか、そういうやつか?


「待て待て待て、姉ちゃん。話が急すぎるわ」


 ワシは思わず、いつもの営業口調で切り返しとった。


「まず、あんた誰や。所属と名前を名乗りぃや。ワシはそんな怪しい権利に応募した覚えは一切ないで」

「これは失礼いたしました。わたくしは、この世界を管理する女神アテナと申します。そしてこれは応募制ではなく、厳正なる魂の選定によるものですので、ご安心を」


 アテナ? ほーん。

 ワシは腕を組み、カウンターに一歩にじり寄った。


「アテナさん、ね。ほなアテナさん、単刀直入に聞くけどな、その『勇者』ちゅう仕事の仕様書、あるんか? 敵は誰で、目的は何で、期間はどれくらいで、ワシに何をせぇっちゅうねん。まずそれを提示してもらわな、話にならんで」

「は、はあ……敵は魔王で、目的は世界の平和です。期間は……魔王を倒すまで、です」

「アホか! そんなフワッとした話で誰が首を縦に振るか! 魔王の戦力データは? 世界の地図は? 提供される装備のリストは? まさか『あとは現地で頑張って』ちゃうやろな!?」


 畳みかけるワシに、女神アテナはんの完璧な微笑みが、ヒクヒクと引きつり始めとる。


「そ、それは……勇者の力でなんとかしていただくものでして……」

「一番大事なこと聞くけどな、報酬はなんぼや? 成功報酬か? 固定給か? まさかボランティアちゃうやろな? こちとら生活かかっとんねん。前金でいくらか貰わんと、一歩も動けんで」

「ほうしゅう……は、世界の平和と、人々の感謝ですが……」

「精神論はええねん! カネの話をせんかい、カネの! あと労災! 魔物に噛まれたり、崖から落ちたりしたら、労災は下りんのか!?」

「ま、マニュアルにございません……」

「なんやて!?」

「皆様、もっとこう、喜んでくださるのですが……。な、なんですか貴方みたいな人は初めてです!」


 アテナはん、ついに半泣きやないか。

 ワシは呆れて、大きくため息をついた。


「姉ちゃん、そんなんじゃ営業は務まらんで。もんじゃ焼きはな、まず土手を作ってから生地を流し込むんや。物事には順序ちゅうもんがあるやろが」

「も、もんじゃ……?」


 ワケのわからん例えに、アテナはんが完全に固まった、その時やった。

 彼女の中の何かが、ブッツリとキレる音が聞こえた。


「ああもう! うるさい! 理屈っぽい! 昭和の頑固オヤジ! いいから行ってしまえーーーーっ!」


 鬼の形相で叫ぶと、アテナはんはカウンターの天板をバンッ!と叩きよった。

 すると、ワシの足元にまばゆい光の円が浮かび上がる。


「うおっ、まぶしっ! なんやこれ! 足元がお留守になってんで!」

「特典チート! あんたみたいな人にはこれで十分よ! 【たこ焼き創造(浪速スペシャル)】と、得意そうでしょ、【商人あきんどの勘】! あと、なんか一番人気っぽいやつ付けといたから! これで文句ないでしょ! ああもう、今日のノルマが……!」


 体がフワリと浮き上がる。

 光に包まれ、意識が遠のいていく。

 そんな中、ワシは最後の力を振り絞って叫んだ。


「待たんかーい! ワシのたこ焼きが、まだ舟に五つも残っとるんじゃーっ!」


 それが、ワシの最後の抵抗やった。


 ……次に気づいた時、ワシはスーツ姿のまま、湿った土の上に尻もちをついていた。

 獣の匂いと、腐葉土の匂いが混じる、鬱蒼とした森の中。

 高級スーツが泥だらけやないか……。クリーニング代、あの女神に請求したろか。

 ポケットを探ると、くちゃくちゃのハンカチと小銭、それにスマホ。

 画面には、無情にも『圏外』の二文字が浮かんどった。


 ワシは天を仰ぎ、一つ、大きなため息をついた。

 だが、その口元は、なぜか不敵に歪んどった。


「……はぁ。しゃあない。ほな、一丁やったろかい。知らんけど」


お読みいただき、ほんまにおおきに!


少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、

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