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カウントゼロ  作者: Co.2gbiyek
2048bit
9/9

偽り

「ミウラさん、今の話しどう言う事だと思います? サクライ・アキトがすっとぼけてるようには見えなかったですよね?」


「少し黙ってくれる? 私にも考えさせてよ。」


 サイドミラーで後方を確かめながら答えのわかりきったくだらない質問をするクラタの横顔が癪に障った。


 サクライは日本橋ではなく埼玉県の草加市に住んでいた。奥さんと1歳になる娘がいるサクライは、2年前に故郷の草加市に引っ越してきている。地元のハウスメーカーに転職し、自社の建売住宅を購入して住んでいた。


 平日の昼間に庭で水撒きをしていたサクライと会話した。水曜はハウスメーカーの休日なのだというサクライとは最初は話が噛み合わず、見え透いたウソをついているのだと判断した私は、態度を硬直させ、サクライに尋問するように接していた。


 だがサクライの話をしばらく聞いている内に私は考えを変えざるを得なかった。サクライが東京のハウスメーカーの営業として働いていた事や、同じ会社で出会った同期と職場結婚した事が咄嗟についたウソにしては出来過ぎていたし、それでカネマツで働いていた事を誤魔化しても何の意味もない事も分かりきっていた。


 決定的だったのはサクライの免許証を確認した時だ。再発行の痕跡に気が付き、それがいつなのか確認した時にこれが何を意味しているのか理解した。


「日本橋に住んでいる時だと思うので、多分2年か3年くらい前ですかね。こっちに引っ越してきて、住所変更しようと久しぶりに免許証を見ようとした時に失くしたことに気が付きましたよ。都内にいたら免許なんか必要ないですからね。」


 そう言うサクライとこれ以上会話をする必要は無いと判断し車に戻った。


「カネマツの本社に向かって。サクライの契約していたシステム会社ってなんて名前だっけ?」


「ブートフォックスです。確か、カネマツのシステム部にプロパー課長が在籍しているはずですよ。」


 クラタが本庁と連絡を取っているのを横目で見ながら窓を開けてタバコに火をつける。窓の外を流れる薄汚れた防音フェンスで息が詰まる。産業道路沿いの灰色の景色が私を子供の頃のように憂うつな気分にする。


 いつまでもずっと何かを待っているだけの子供。ただ時間が過ぎるのを待っているだけ。感覚まであの頃に戻らないように、慌ててタバコの煙を肺に取り込んだ。


「ミウラさんって民間採用なんですよね? うちに来るまでシステムエンジニアとかだったんすか?」


 クラタがあからさまに嫌そうな顔をして運転席側の窓を開ける。


 いい加減、うんざりしていた。民間採用を下に見ているのはクラタだけじゃない。結局こういうところなのだと知らずに入ってきた自分がマヌケだったのだ。


 国立大の情報工学部で大学院を卒業し、情報セキュリティを専門とするシステム会社に入った。最初にサイバー攻撃の予兆の解析を行う部署に配属され、セキュリティ機器のログ解析を行った。

 

 その頃は、大学院の研究室の延長のようで毎日充実していた。それからしばらくして、実際にサイバー攻撃を受けた企業へ訪問し、攻撃者の痕跡を調査するいわゆるフォレンジック調査の部署に異動になった。


 そこでの調査の仕事も私には適正があった。いつの間にか犯罪者の痕跡を見つけ出すことが生き甲斐の様になっていた。仕事の合間を見つけていくつか資格を取り、そのうちにいつの間にか公務員となっていた。


 しかし、結局民間と変わらなかった。それどころか調査をしたところで外事である事が判明すれば私たちには何もする事は出来ないのだと知って失望した。サイバー攻撃のほとんどはロシアと中国、そして北朝鮮だ。


 カネマツ本社9Fにあるシステム部運用課のミーティングルームでブートフォックス社のノザキ課長と面談をした。


 ノザキ課長は典型的な小心者のサラリーマンで終始落ち着かず、視線を落とし目を伏せながら私とクラタの表情を盗み見ているような男だった。


 私がサクライ・アキトの事を聴きたいと言うと、『やっぱりあいつか』と、一瞬だけ安堵の表情を浮かべ、すぐに怒りの表情でそれをかき消した。


 ノザキ課長によるとサクライ・アキトはそれほどスキルが高いわけでもなく、優秀ではないが、もの分かりがよく、従順で、ミスをしなかったという。


 ミスをしないという事がどういう事なのかノザキのような凡人には理解出来ていない。ノザキが優秀をどう定義しているかは知らないが、ミスをしない無能はいない。


 私はノザキの目を見る。ノザキは途端に目をそらす。人を疑うことをし続けてきた私の目の暗さや表情はノザキの様な一般人から見ればろくなものではない。


 クラタでさえ、どんな時も人の心を覗き込む様な目の奥の異様な暗さを持っている。


 サクライの入館証がまだ残っていたので顔写真を確認した。28歳と言うにはまだ幼すぎる顔だった。メガネや伸ばした髪は出来るだけ顔を隠そうとしている様に見えた。


 サクライの使っていたPCは既にリース会社に返却されているという事だったので取り寄せることにした。監視カメラの映像でサクライを確認したが異常なほど動きが少なく、監視カメラに映る場所に移動する事が殆どなかった。


 サクライはエレベーターエントランス前の監視カメラに映らないように毎日わざわざ搬入用のエレベーターを使っていた。残っている映像でサクライが映っているものは殆どなかった。


 契約金の報酬に使われていた口座はサクライ・アキト本人の口座だった。履歴を調べたが、上石神井のデイリーヤマザキのATMで毎月の入金日に引き出しを行っていた。


 クラタと上石神井のデイリーヤマザキで直接確認したが、防犯カメラではATMの様子を確認する事が出来なかった。


 最後に引き出したのは契約満了の翌月、9月15日でそれ以降は全く動きがない。


 入館証などを持ち帰って指紋採取を行ったが登録されたデータと照合するものはなかった。


「サクライ・アキトの件、課長に報告しますか?」


「一応、報告しといて。多分、で、それがどう関係すんだよ? って言われるだけだけどね。」


「そうっすよね。これ以上手がないですし、ぶっちゃけオレはサクライ・アキトとサイバー攻撃は関係ないと思いますけどね。何か別の犯罪に絡んでそうですけど。」


 クラタがそう思うのも無理もなかった。300万ドルを請求するレベルのサイバー攻撃を日本人が国内から仕掛けたという事を私ですらイメージする事が出来なかったからだ。


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