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カウントゼロ  作者: Co.2gbiyek
2048bit
7/9

きっかけ

 さっきコンビニで買って来たライターをとりだし、たばこに火をつける。一口目に吸い込んだ煙を歪めた口の端から吐き出す。周囲に気を遣うことで身に付けた癖。何気なく見た炎の火種から目を離せないでいる。火種の最深部をよく見ると小さな胞子の集まりのように見える。それから目を離せずに考え事をする。


 頭がいい事を証明する必要がない人たちがいる。裕福な家庭に生まれた人、友達が多い人、夢中になれるものを持っている人。そして。頭がいい人だ。悩みがないわけでも何不自由なく暮らしているということではない。人がうらやむ状況にいる。人が欲しいと思っても手に入れられないものを持っている人たちだ。


 何もないやつは頭がいい事を証明する必要がある。頭がいい人は自分が欲しいものが何か知っている。そしてそれを手に入れる手段を考えることが出来る。そこまでわかれば手に入れられないものはない。大概の人間は自分が何を欲しいのかなんて死ぬまで気が付くことはできない。


 今の私は誰にも気を使う必要がないことを思い出し、次に吸い込んだ煙を正面に吐き出してみたけど、これまで一度たりともそうしたことがなかったように、煙の吐き方を忘れてしまった。誕生日のろうそくを優しく吹き消すように不自然に煙を吐き出した。初めて煙草を覚えた高校生のように恐る恐る煙を吐き出しているみたいだ。


 自分が間の抜けた表情をしていることに気が付いて結局最後にはそれをごまかすように上を向いて煙を吐き出し、たばこを指先で弾いて灰皿の水の中に落とした。喫煙室を出ると薄汚い庁舎の壁が気分を沈ませる。いつも通り、禁煙は半日も続かなかった。


 大手スーパーマーケットを運営する株式会社カネマツから被害届があったのは3日前の火曜日で第二課が調査に動き始めたのは翌水曜日からだ。私と課長、それから部下のクラタの三人でカネマツに出向き、担当役員から直接調書を取った。


 カネマツは先週金曜日に身代金を支払っている。身代金を支払ったケースのほとんどの場合、すぐに複合化キーが連絡されている。復号化キーは2048bitから長くても4096bitのキー長だ。テキストでどこかに置かれるか、あるいはメールの本文に張り付けて送られる。もう一週間も連絡がないのであれば結果は出ているも同然だ。


 支払った300万ドルという数字は中央エンターテイメント社の身代金額と同じだ。中央エンターテイメントも身代金を支払っているが復号化キーは手に入れられなかった。ここ最近では企業規模と身代金の相場が出来始めているのかもしれない。


「ミウラさん、またたばこですか。話そうと思うといつもいないんですよね。でも今どき女性でタバコ吸う人めずらしいですよね。」


「あ、クラタってそういう感じでセクハラしてくるんだ?」


「いや、すみません。ミウラさんがタバコ吸うのが、なんかギャップがすごくて。」


「セクハラだっていってるのにまだ続けるんだ?」


「すみません。それより報告したかったのはマルウェアの解析結果を連携してますってことです。確認お願いできますか?」


 デスクに戻り、クラタからのスレッドを確認する。カネマツで使われたランサムウェアを技術調査係で調べさせるようにクラタに依頼していた。クラタはわざわざマルウェアといっているが、データを暗号化して、身代金を要求することからランサムウェアに該当することは分かっている。


 調査結果ではデータ本体のダウンロード方式の特徴から中国のサイバーテロ組織が使っている「SHUGAN」との類似性が述べられている。ランサムウェアを使ったサイバーテロの攻撃者のほとんどは中国かロシア、そして北朝鮮の組織だった。


 攻撃を受けることになったきっかけは、売り上げ分析用のWebアプリケーションの脆弱性を突かれたことだ。そこから侵入され、まず認証データベースからVPN接続用のユーザ情報が抜かれて、VPN経由でも接続されている。


 両方から攻撃を仕掛けられながら、ご丁寧に監視システムを停止し、システム全てのログが削除されている。システム侵入後、監視システムの停止とログの削除、バックアップの削除、ランサムウェアの実行が数時間で実行されることは珍しい。通常はバックドアを仕掛けてしばらく滞在しながら情報収集を行うことが多い。接続はトーア経由だということなので、プロバイダから情報を集めているにしてもまだしばらく時間がかかる。うちで捜査出来ることなどまだほとんどない。


「ミウラさん、自分は課長からとりあえず動けって言われてますんで、ARTSセキュリティにフォレンジックの状況確認に行きます。ミウラさんも同行しますか?」


「いや、いい。どうせまだ結果出てないし。もっかい調書でも読み返してみる。」


「了解です。あと、暇だったらカネマツに恨みある奴を洗い出して当たれって課長が言ってました。」


「は? マジで言ってんの?」


「何もしないよりましだろって。」


「あのさ、クラタ。よく考えてみてよ。スーパーの店員と口論になってカッとなってサイバーテロ仕掛けるとかあり得るかよ。あほみたいにそんな無限に時間かかることするくらいなら、ほんと何もしない方がましだろ。」


「ミウラさんは本当に口が悪いっすね。先輩たちもみんな言ってますよ。ミカちゃんは可愛いけどおっかないって。あ、すみません。」


 クラタも私をおちょくっている。そういうところをわざとチラつかせるのもいちいち癪に障る。そう考えながら、ふとカネマツの担当役員から聞き取ったことを思い出す。


「辞めた社員ですか?今月は特に少ないですね。うちは今月がボーナス月ですからね。店舗側のパートさんは毎月入れ替えがあるのでどれくらいでしょうかね。毎月80人くらいは入れ替わりがあるんじゃないですかね。あとは契約社員とかですかね。システム部の確か、運用課で1人入れ替えがあるって言ってたかな。本部内勤の入れ替えは契約社員入れても少ないんで、役員報告会で出てたんですよ。先週だったんで覚えています。」


 ずれた眼鏡のつるを右手の薬指にかけて少し上げる。視界の端に捉えた、立ち去ろうとするクラタに声を掛ける。


「クラタちょっと待って。先月でカネマツを辞めたシステム部運用課の契約社員って誰か調べてもらえる?」


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さぁ、警察はコウガミ・サトルまで辿り着けるのか?
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