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カウントゼロ  作者: Co.2gbiyek
一線を越えた日
6/9

300万ドル

 金曜の夜、秋葉原の個室ビデオの部屋に入ったところでウォレットの入金通知を受け取った。コウガミ・サトルが思ったよりもずっと早い展開だった。


 3日と持たずにスーパーマーケットの経営陣が耐えられずに動いた最も大きな理由は、全店舗でPOSレジが使えなくなった事だった。


 木曜の昼過ぎにはPOSレジから店舗内のストコンに繋がらなくなり、商品バーコードを読み込めなくなった。中央のシステムにつながっていたストコンのデータが暗号化されて機能しなくなったためだ。


 木曜の午後からの店舗営業はなんとか手打ちでレジ金額を入力してやり過ごした。しかし、その労力は相当な手間と時間がかかるものであり、レジは長蛇の列をなしていた。各店舗の状況から終日手動でレジ打ちする事は出来ないと判断し、翌日金曜日は全店舗を休業する事にした。


 経営幹部による会議を重ねた結果、身代金300万ドルの仮想通貨を支払ってさっさと店舗営業を再開させた方が被害が小さいという結論に達した。


 サトルが狙ったスーパーマーケットの年間売上高は3500億を超える。月に300億、日に1億の売上を失う事になる。この週末の売上と生鮮、青果の仕入を全損させて復旧のめども立たないまま被害を拡大させる訳にはいかなかった。


 経営陣の判断ロジックは正しかった。だが、それは身代金を支払えば復号するための鍵を必ず受け取ることが出来るのであれば、という前提付きだ。


 サトルが、買ったランサムウェアには暗号化したデータを復号するための鍵は付いていない。暗号化する為の鍵を変えることも出来ない。サトルは、その事を承知で、性能や機能面を調べた上で購入している。


 そもそも攻撃者が危険を冒してまでターゲットにもう一度接触する意味がない。だからといってランサムウェアに復号用の鍵を内包させておく筈もない。身代金を支払って復号鍵を受け取るというロジックはターゲットとなった被害者の都合であり、攻撃者からすれば破綻している。


 ターゲットが復号鍵を受け取ったとして、それで攻撃者への怒りが収まるはずがない。ターゲットに再接触すれば情報を与えることになる。ターゲットは警察やセキュリティ会社にその情報を渡す。そこから何をトレースされるか想像するだけでその行為が危険だと理解できる。そんな無意味な事をする理由が見当たらない。


 サトルがウォレットで受け取った暗号通貨は日本円で4億6千万ほどになる。サトルはこれを日本の自分の銀行口座に入金すれば足が付くと考えている。日本の銀行では口座に普段とは異なる大きな金額が入金されれば銀行から警察や公安に情報が流れる。


 サトルは一瞬不安な気持ちに飲まれそうになったが偽造免許証と海外銀行口座のスキームを思い出し、気を取り直して成功を喜ぶ事にした。


やっぱりうまくいった、そう言葉を口にしたサトルは、両手も十分に伸ばせない狭い部屋でできる限り精一杯広く寝転んで、口を歪ませるだけの笑顔を作った。


 自分が思い描いた通りに計画し、それを着実に遂行した。正義や倫理についてはそれほど心の咎にならなかった。だが、犯罪に対する罰については恐ろしいと感じた。捕まるはずがないと自分自身に言い聞かせてもそれはおさまらなかった。


 だからできるだけ考えないことにした。罪に対する刑罰がどれほどの重さになるのか調べないようにした。ただふとした時に親の顔を思い出しそうになってしまい、その時は咄嗟に契約終了時のにノザキ課長の事を思い出すようにした。


 あの時のあいつはオレに何の感情も持っていなかったはずた。だからオレも何の感情も持つ必要はない。そうやって破綻した理論を自分に言い聞かせ続けた。


 普通に考えればやるべきではなかった。これからも社会人として生きていくのであれば、実行すべきではなかった。


 だが、合理的に考えればやるべきであったのは間違いがない。1年近く前にオンラインエンターテイメントの会社で同じような事件が起きている。オンラインエンターテイメントの会社はスーパーマーケットよりも少し規模が小さい2900億の売上だった。それでも彼らは300万ドルを支払っている。逮捕された者はいない。


 これほどのチャンスはそう見当たらない。サクライ・アキトのおかげだ。このチャンスを利用できるのは自分だけだった。仮に実行するだけなら他の誰かにもできたのだろうか。ノザキでは想像力が足りないし、セキタやコバヤシでは実行するためのスキルが足りない。


 自分だけのチャンスであり、自分だけが頼りだった。これは自分だけのプロジェクトであり、そして成功した。これが何よりも嬉しかった。生きているという実感が持てた。


 サクライ・アキト名義のスマホのSIMは握りつぶして秋葉原のパチンコ屋のトイレに流し、スマホ本体は3回初期化した後、分解して箱崎の隅田川沿いの遊歩道から川に放り投げた。


 だから自分自身の名義のスマホでスーパーマーケットのニュースを検索した。店舗が休業となっていること、POSレジ関連のトラブルが影響している事だけが報じられていた。



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