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カウントゼロ  作者: Co.2gbiyek
一線を越えた日
5/9

余韻

 茅場町から乗った日比谷線の電車の中で、さっきまでの行動を振り返る。絶対にやるべきではないことを用意した手順通りに確実に実行した。エクセルでやるべき手順を全て記載していた。コマンドラインは手動で実行せずに全て手順書からコピペして実行した。仕事で身に付けた本番作業と同じように慎重に丁寧に確実に、犯罪行為を行ったのだ。


 電車は混んでいなかった。まばらに空いた席に座る気も起きず、吊革につかまった。思い出すうちに昂っていく気持ちでいてもたってもいられなくなり、隣駅の人形町で降りる。


 人形町を水天宮方面に少し歩いて、回転ずしの前を通る。窓越しに中を見ると外国人だらけでそれが妙に安心感を得られたので店に入り、カウンターに座る。タッチパネルで瓶ビールを注文して数皿を注文した。何を注文したのか内容は覚えていない。10分もたたないうちに店を出た。


 末広通を抜けて浜町に差し掛かる大通りに明治座が見える。額に汗が流れるのを感じてようやく自分自身の感覚を取り戻した気がして、ふと見えた東横INNに泊まることにした。


 住んでいたアパートは引き払っていた。自分のアパートとサクライ・アキトは何の関係もない。サクライ・アキトが契約したエージェントも、その先で働いていたシステム会社も、スーパーマーケットも自分には何の関係もない。


 テレビやニュースを見る気になれなかった。サクライ・アキト名義で契約したスマホもみたくなかった。ネットにも触りたくない。シャワーを浴びて、ベッドに横になるが5分も大人しくしていられなかった。自販機でビールやチューハイを数本買って部屋で飲んだ。普段は全く飲まないがそうしなければ他に何をしていいのか分からなかった。小さなデスクに座り、手持ち無沙汰をごまかすように財布から自分自身の免許証とサクライ・アキトの免許証を取り出し並べて置く。


 サクライ・アキトは27で俺よりも2歳年上だ。黒縁の眼鏡の縁に髪がかかっている。もう一つの免許証にはコウガミ・サトルと記されていた。サクライ・アキトの名前を使うのはもう危険だ。


 東横INNは適当な名前でチェックインすることが出来る。アパートを解約してから2回ほど使っていたのでそれを知っていた。今持っている資金が尽きないようにほとんどの場合はマンガ喫茶と個室ビデオで過ごしていたがゆっくり寝たいときにビジネスホテルを使った。


 もう2週間ほどそんな生活をしていた。ランサムウェアを仕掛けたのはただの憂さ晴らしじゃない。今日、実際に試す前にPCに入れたサンドボックス環境で動作を確認している。感染は動画用のコーデックのアップデート機能を利用して外部と通信しデータをロードする。本体データをロード後に社内LAN経由で攻撃対象を見つけるためにスキャンを始める。スーパーマーケットは内部からのスキャンを制御できていない。起動している端末やファイルサーバは夜間のうちに感染することになる。


 動作から推測すると中国系のランサムウェアを改造したものだろう。OS純正の動きに見えるその動きがスーパーマーケットのサーバの通信として遮断されていないことは確認済みだった。Linuxの何台かのサーバにビーコンを残したので本体をロードしたランサムウェアの実体から既に感染が始まっているはずだ。


 部屋の時計を見ると22:12分になっていた。感染が完了した端末にはローカルにウェブサーバが起動されて身代金を要求するメッセージが表示される。データのほとんど全てが公開鍵暗号化方式で暗号化される。復号化用のカギを欲しければ身代金を支払えと言うメッセージが英語と中国語、そしてロシア語で表示される。


 身代金の支払い方は手が込んでいる。最初に分散取引所を指定し、匿名性が高い通貨を購入させる。ダッシュとモネロそれにZキャッシュ。次にそれを1つのウォレットに送金させる。こちらではそこに入金された暗号通貨を別に用意した、いくつかのウォレットへ時間と金額を分散しながら送金する。その後、もう一度別のウォレットへ送金して、そのウォレットの通貨を米ドルに換えて、コウガミ・サトル名義で作った口座に送金する。このスキーム自体がダークネットで販売されている。


 何度もロジックを調べてみたがウォレットから銀行口座まで辿ることは現実的に難しいことが分かった。本当はサクライ・アキトの口座に振り込めればよかったが、今日あの時点からサクライ・アキトは真っ先に疑われる容疑者だと思っている。


 サクライ・アキトと俺は接点がない。唯一の接点はエージェントから振り込まれる報酬金を銀行ATMで下ろす時だ。俺はこれまでの2年の間毎月、上石神井のデイリーヤマザキのATMを利用して報酬金を下ろすことにしていた。


 監視カメラはレジに向っている2台だけでATMも入り口も映らない角度になっているからだ。ミラーも用意されていない。ここを見つけるまでの間に調べた限り、ほとんどのコンビニには死角がないことを知った。


 サクライ・アキト名義の銀行口座を作ろうと考えた時から監視カメラに映らない位置にATMがあるコンビニを探していてやっと見つけたのが上石神井のデイリーヤマザキだった。


 ただのロジックだった。ただ他人に成りすまそうとしただけだ。そうするのであればとあれこれ思考を巡らせただけだ。そしてそれが自分に一線を越えさせた。途中でもう一度自販機で何本かチューハイを買い足していた。どのくらい飲んだのか、それが何時だったのかも分からない。もうろうとする意識の中で、テーブルに置いた銀行口座のキャッシュカードを受け取る時に買った、サクライ・アキトの黒縁の眼鏡と似た眼鏡を見つめていた。


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