表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カウントゼロ  作者: Co.2gbiyek
契約満了
2/9

出来心

 サクライ・アキトは2年前まで、中小規模のシステム会社の社員でマネージャーをしていた。比較的新しい会社だったので役職名はコンサルティング会社風だった。旧来の会社の役職で言えば課長ということになる。


 社員数300人程度の出入りの多い会社だったので上が詰まっていることはなく競争もそれほど激しくはなかった。マネージャーと言ってもエンジニア職であり、人の管理能力が無くてもITスキルが高いと認められさえすれば昇進することが出来た。高専を卒業して最初に配属されたのがSIerシステムインテグレーターと呼ばれるITシステムの構築を行う会社の仕事だった。


 IT業界の商業的な構造は建築業界と同じだ。大手SIerがシステム構築案件を受注する。そして実際にシステム構築を行うのはアキトが所属していたような下請け会社だ。SIerが送り込むのは現場監督であるシステム構築責任者だ。彼の手足となって下請け会社のITエンジニアがシステムを構築する。アキトは小売業者のECサイトのシステムを開発する案件で3年間の間、7時から終電まで月に1度の休みでがむしゃらに働いた。25歳でマネージャーになり、しばらく経ったある時に事件が起こった。


 アキトの部下のエンジニアは持ち帰った業務用PCから自宅のPCにシステム設計に関するデータをコピーしていた。自習のために自宅に顧客システムの一部を再現したシステムを構築していた。プログラムのソースコードはネット上のリポジトリに保存していた。リポジトリの初期設定はネット上に公開することになっており、ソースコードを参照した別のユーザがプログラムのコメントにECサイトを運営する顧客の企業名を見つけた。


「もしかしてこのプログラムソースはあのECサイトのモノではないか?」


 ネット上で話題となり、すぐに顧客の耳にも入ってしまう。公開してしまったソースを使い続けることが出来なくなり、新たに作成し直すことになった。責任を感じたアキトは会社を辞めた。アキトの部下がその後どうなったのかは聞いていない。辞めると決めてから元の会社と連絡を取ったことがなかった。


 再就職をする気にもなれず、Web広告で見つけたサイトのエージェントに連絡を取り、フリーランスのエンジニアとして登録することにした。


 エージェントへ身元を登録する際に何気なく嘘をついた。今思えば自分の本名を登録することで顧客情報の流出事件に関連していることを知られたくなかったのかもしれない。


 仕事を辞めた日、ミッドタウンから日比谷線の六本木駅方面に歩いている時に免許証を拾った。交番にでも届けようと思っていたが家まで持って帰ってしまった。


 その日の夜、エージェントの登録サイトで本人確認書類のデータを登録する際に思い出し、何気なくgmailで作ったakito.sakuraiのメールアドレスと免許書のデータをアップロードしてID登録を行った。


 本物の職務経歴で営業担当と打合せをする。とんとん拍子で仕事先が決まり、報酬の支払先口座を登録するように連絡がきていた。


 引き返せなくなり、ネット銀行の口座を申請する。その銀行口座は既に持っていたので郵送物が届く事は全く無いことを知っていた。


 だが、初回のみキャッシュカードを郵送して来るので受け取る必要があった。日本橋に住むサクライ・アキトの住所を訪ねた。そいつは10階建てのマンションの5階に住んでいる。オートロックのマンションだったが、ゴミ捨て場は戸締まりが緩く、掃除のための管理会社の人間がいる間は扉が開いたままだった。


 本人限定受取郵便だった。登録から1週間程度でキャッシュカードが届くので、4日ほど毎日そこに通った。マンション正面の自動販売機の前のベンチに座り、郵便局員がマンションの正面に入るのを確認すると急いで裏手に回った。階段で5階に上がり部屋から出てきた素振りをする。エレベータのすぐ脇の部屋だったので上がってきた郵便局員にも待っていたような違和感を与えずに済んだ。


「うち?急ぎなんだけど」


 ドアノブから手を放しながら言うと、本人確認をしたいという郵便局員に財布から免許証を見せる。急かせるような素振りをして免許証との比較を雑に行わせる。免許証の写真となるべく合わせるために黒縁のメガネを買い、髪を切った。


 郵便局員は免許証番号控えますといい、それと引き換えに銀行からの封書を手渡される。郵便局員はそのままエレベータに乗り、俺をみる。


 俺は乗らないことを示すように非常階段を指さして頭を下げて、急いで階段を降り、走って駅まで向かい、浅草線に飛び乗った。


上手く行った。思わず笑いだしてしまいそうになる。心臓の鼓動が強く大きく脈打つのを感じたままだった。


 フリーランスエージェントからの報酬振込み口座は準備ができた。それ以来、報酬が振り込まれたら口座から直ぐに現金を引き出すようにしている。何かのタイミングで本人に口座の存在に気付かれ、口座が使えなくなってしまうかもしれないからだ。免許証の有効期限は残り2年半だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ