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カウントゼロ  作者: Co.2gbiyek
2048bit
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イントリュージョン

中国製の電動自転車を引いて公営団地の駐輪場を後にする。

くすんだ赤と黄色の店舗看板を横目にデイリーヤマザキを通り過ぎる。


Sから受けた依頼は単純そのものだった。

上石神井駅から一番近いデイリーヤマザキとカネマツ本社のどちらにも同じ人物が現れるはずなので、その人物を特定してほしいというものだった。


最近話題になっているカネマツの名前があったので興味が湧き、依頼を受けた。

カネマツは身代金要求に5億近い金を支払っているはずだ。カネマツの売り上げ規模なら5億程度でシステムを元に戻せるなら試してみる価値はあるだろう。


ほとんどの日本企業はシステム一式を復元できない。

システムを元に戻せない理由は簡単だ。責任があいまいだからだ。責任と裁量は表裏一体のはずなのだが、責任をなるべく他人に押し付けて、裁量だけを持てるように全員が巧妙に関係性を構築する。


駅前の駐輪場で中国製の電動自転車のかごに取り付けたナイロンカバーを開け、カメラを取り出して、録画状況をチェックする。銀色のナイロンカバーは少しすすけて生活感が出ているように見えた。


外部ストレージとカメラ用の電源として電動自転車のリチウムイオンバッテリーを利用していた。解析可能な解像度を保つには2日おきにバッテリーとストレージを交換する必要があった。今日は7回目の交換だった。


東池袋のカネマツ本社前のマンションにも同じように電動自転車のかごにカメラをセットしていた。


持ち帰ったデータをこれまでの録画分と合わせてからデイリーヤマザキに入る人物とカネマツ本社に入る人物をデータ化して、マッチング処理を走らせる。


シャワーを浴びて冷蔵庫から取り出したチーズを頬張り、ワインのコルクを抜きながらディスプレイにふと目をやるとポップアップで2枚の画像が表示されていた。


よれた黒いスーツを着た、少し太った一重の若い男。その隣に痩せて神経質そうなショートカットの女が若い男と同じようによれた黒いパンツスーツで並んでいる。


2人を見て連想する言葉を紡ぐ。

他人に見られることを前提としていない服装、髪型、事務職、笑顔がなく、表情を変えない、小さく口を動かし必要な情報だけをやり取りしている、相手に気遣う必要がない、外資、公職、目つきが鋭く、目だけで不必要なほど周りを見回す、犯罪者、探偵、警察。


2人はデイリーヤマザキに2週間前、カネマツ本社には昨日訪れている。


少し調べてみようかと思ったが、危険かもしれないので依頼された分だけをSに伝えることにした。


Sにデイリーヤマザキとカネマツ本社に映っていた2人組の動画を送った。すぐに250万が振り込まれた。Sからは調査開始時に手付で50万をもらっていた。


「この2人が誰か調べることはできますか?」


Sから追加の依頼を受けることに躊躇はなかった。


まずは公職、特に警察関係者にあたりをつけて探ることにした。


丁度いい犬がいるので使うことにする。いや、ちょうどいい犬が居たから警察関係者からあたりをつけることにしたのだ。


「これは誰?」


犬に画像を送る。金額は重要度と緊急度を孕む。拒否も返却はできないので犬に答えられない要求を望んではいけない。


犬は度重なる再犯歴で警察側にもコネがある。もちろん犯罪者側のコミュニティーにもだ。

即金だけが彼らとの信頼関係を構築する。メールと入金はセットだ。


6時間後に犬から返答があった。


「男の方の名前はクラタ・ユウスケ。所属は警視庁の生活安全部。巡査部長。女の方の名前はミウラ・ミカ。所属はクラタと同じで民間登用の技官で警部補。」


「ミウラの方の家は分かる?」

相応の金額を振り込み、メッセージを送る。犬は馬鹿じゃない。レートを間違えれば連絡途絶えるし、逆なら足元を見られる。


ものの数分でミウラの住所が送られてきたので報酬分として振り込む。


箱崎ジャンクション手前でタクシーを降りる。

借りているトランクルームから黒のマウンテンバイクを外に出した。黒のウィンドブレーカーに黒のナイロンパンツ、黒地の強化ナイロンにグリーン反射板のついた大きなボックス型のリュックサックを背負う。


性別が分からないように、18センチのシークレットブーツとウレタン入りの上下のインナーを着込んでいる。


サイクリング用のヘルメットを被り、新大橋通を南下する。


ミウラ・ミカの家は浜町3丁目で新大橋通から2本ほど路地に入ったところにあった。


自分自身で刑事であるミウラの家に侵入するのは危険だということは承知している。だが確実に足が付くこの仕事を他人に任せることはできなかった。


8階建のミウラのマンションは7階までは単身者用の1ルームと1LDKで8階だけファミリー向けの2LDKと3LDKだ。

11時30分の今、誰かと遭遇する可能性は低い。


都内のマンションのマスターキーは容易に手に入る。ほとんどのマンションのものが流通しているし、要望を出せばオーダーで手に入る。

不動産屋も大家も犯罪者用のコミュニティーに間接的に関与している。小遣い程度の金でしばらくマスターキーを他人に貸し付けたり、見ないふりをしたり、コピーを取るスキを与えて目をつぶっている。


ミウラのマンションの外自動ドアとエントランス内のオートロック自動ドアに簡易センサーを付ける。外が赤、内が青で開くたびにアプリで表示される。赤から光れば帰宅、青から光れば外出。


計測してみたが、赤が光って240秒程度で4階のミウラの部屋に到着する。赤が光ったらすぐに部屋を出て、非常階段にでれば安全だ。


少しでも時間を稼げるようにと8階のボタンを押して、4階でエレベータを降りた。


部屋の前でマスターキーを差し込む前に息を呑む。古い玄関ドアのようにポスト受けもないのでカメラを忍び込ませることもできない。もしミウラが部屋にいればすべてが終わる。

目出し帽をかぶり、マスターキーを差し込む。

乾いた金属音が内廊下に響く。


手早く中を覗き、人影がないことを確認して、玄関内に侵入してドアを閉める。

カーテンが閉まって薄暗い部屋。

全体を見回して、カメラが回っていないかLEDを探る。気休めだ。私だったらLEDを切ってカメラを回す。


気持ちを切り替えないといけない。今はやるべきことに集中する時だ。


玄関入ってすぐ左にキッチン。

ガスコンロの上に灰皿があり、緊張が走る。同棲の場合、ミウラ・ミカ以外に人がいる可能性、帰宅のリスクが2倍となる。


キッチンの反対、玄関右側に扉、トイレかバスルーム。扉をそっと開けると洗面所とその奥にトイレ、左側にユニットバスがある。中を覗いたが誰もいない。


玄関から直進してリビングを見渡す、ソファーとその前にテレビ。

奥の寝室の扉をゆっくりと開けて誰もいないことを確かめる。


ようやく呼吸することが出来た。


リビングのソファーの奥に間接照明だけがつながってるコンセントを見つけた。テレビやPCは電源抜き差しの履歴が残ってしまうのでだめだ。間接照明の電源を抜いて、コンセントのカバーを外す。


2口のコンセントスイッチから裏側にメザニンボード付きの2口のコンセントスイッチと取り換える。裏側のメザニンボードにはSEM付きのLinuxイメージを焼き付けてあった。

コンセントカバーを戻せば表面上は全く違いが分からない。


アプリからLinuxのネットワークを設定する。部屋のWifiルータを見つけてWPSを入れてLinuxを無線LANに接続する。正面から接続したので、ミウラが何か仕込んでいればすぐに気が付くだろう。だが今はきれいにクラックする時間がないのでやむを得ない。


ミウラが家に帰って異変に気付くよりも先に出来る限りの対策をするしかない。今は早くこの場から立ち去るのが優先だ。


自動ドアに仕掛けたセンサーアプリが赤く光る。外から誰かが帰ってきた。

ソファーを元に位置に戻して部屋を後にする。


エレベータが1Fで止まるのが見える。

非常階段のドアから出てエレベータの表示を見つめる。


4Fで止まるのを見届けると音がならないように慎重に非常階段のドアを閉めた。



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