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六 狼「ウチの陛下いま発じょu…」スパーン!



 何だか既視感きしかんのある身動き取れない感覚に、寝台の上で目を覚ましたリンは、即座そくざに瞼を閉じた。


 目覚め一番に近距離で視界に入った硬そうな角。目に入ったら危ない。


 角に手をえて少し身体を下方にズラし、再び瞼を開けて……閉じる。


 赤い瞳と見つめ合ったのはきっと気のせいだと思いたい。夢だったと願いたい。


 リンが薄目を開けたら、相手の瞼は本当に閉じていた。何なら寝息も聞こえる。最早もはやフェイロンが何をしていても恐怖を味わう今日この頃。


 バクバクする心臓が落ち着いたのち、からめられたら腕を外して、リンは寝台を後にした。



 一度の訪れで終わるだろうと思っていたフェイロンのお渡りは、リンの期待を裏切って数日起きに繰り返される。


 事前に知らされることもあれば、朝に目が覚めて「あ、来てたのね陛下」とリンが気づく事もしばしば。


 あまり早い時間に知らせが来ると、急用が入って取りやめになんて事もあった。


 フェイロンは食事より睡眠が大切だと、朝餉を抜く事もあり、そんな時はリンが恐る恐る手軽につまめる菓子や軽食、飲み物をおいて置くと、食べない。


 口元に持っていくか手渡すとやっと咀嚼そしゃくを開始するフェイロンの様子に、猛獣に食事をあたえるのはきっとこんなだろうと悟った頃。

 二人がこちらで軽い朝餉を共にするのに、そんなに時間は掛からなかった。


 軽いと言っても、リンが普段食べている物なのだが、皇帝陛下の御膳ごぜんに並ぶ品数だけでも、きっと普段の倍以上違うだろう。


 菓子類はこちらが見かねて出し始めた物だが、「メシ出したら食べるんじゃね?」など冗談まじりに護衛の狼獣人が言うので、何となく用意したのが始まりである。


 大体の場合は妃と言えど、リンの方から皇帝に対して声を発するのは礼儀に反するので、もっぱら口を開くのは見送りの時くらいだ。あとは会話らしい会話は今のところないにひとしい。


 無言と言えど、これだけ時を共にしていれば人となりは分かって来る。言葉での主な情報源はフェイロン陛下の周りの者になるが。


 決まった顔ぶれだと思ったら、一番忙しなく動き回る従僕はシャナの息子であった。


 乳飲み兄弟である間柄で、シャナ同様、今はそれ以上にフェイロン陛下と時間を共にする従僕(いわ)く「陛下は私生活は何も考えていない」との事。


 口数少なく、公務以外で要望すらほとんど言わないフェイロン陛下が「寝たい」と呟いた時に、その願いを叶えてやりたいと一番奮闘(ふんとう)したのは彼である。


 人手を増やせば良いものを毎回決まった顔ぶれしか訪れない宮に、何となく事情を察していた双子の侍女。


 やはり、初日にフェイロン陛下がリンからの白湯を飲み干したのは偉業いぎょうであったらしい。



 ある日。朝餉を共に居間でしょくしていたフェイロンとリン。

 食事の世話はもっぱら従僕と夜番の侍女が行い、室内には全員で四名のみ。そんな中で、リンが欠伸あくびをした。


 侍女がせきをしても誤魔化し切れなかったらしく、フェイロンが粥を食べるさじの手を止め、ジロリと横目でリンを見据みすえていた。



(あ、まっずい)



 覗き見て、赤い瞳と目がかち合った瞬間に、リンは心臓が跳ねて冷や汗が出るのがわかった。

 フェイロンにれて来たリンは気をゆるめすぎたと、反省する。

 欠伸をしてしまったのを謝りたいけれど、先に口は開けないし、どうしようかと悩む。



「寝れなかったのか?」



「?」



 低い音に、何を誰が、誰に向かって放った言葉だと緊張から思考しこうが追いつかず、フェイロンを見つめながら小首をかしげるリン。


 フェイロンが自分に放った言葉だと理解が追いついても、どう返事をすればいいのか正解が導き出せずにいた。


 従僕が見かねて「陛下のお言葉にお返事をリン妃」とうながすも、やはり声が出ない。


 表情なく、何も感じられない赤い瞳にリンは『無機物』を見るソレを感じ取った。フェイロンの目は温かいどころか、自分に向けて冷たさすらもまるで無い。




「恐れながら! 発言をお許し下さい」



 後ろにひかえていた侍女の片割れを見れば、床にひたいをつけて震えながら平伏へいふくしていた。視線をフェイロンに戻せば、うなずきが見て取れて、従僕が代わりに言葉を返す。



「良い、許します」



 寝れなかったと言うよりも、寝るのが遅かったと説明する侍女。

 たまにはお出迎でむかえしようと頑張って待ってはみたが、リンは途中で力()きてしまったのだ。


 ツネってみたり、くすぐってもらったり、苦い味のお茶を飲んでみたり。リンの努力を次々と喋る侍女の言葉にリンは無性に恥ずかしくなった。そう言えば、そんな事までしたなと。

 リンにとっては深夜の変なテンションだったのだ。



「何のために?」



 いだ水面みなものように何も読み取れない目に、今度はすんなり言葉が出た。



「『お仕事遅くまでお疲れ様でした』とお伝えしたいと思ったからです」



「…………」



 匙を置いたフェイロンの手がリンの方にゆっくりとびて来る。行き着く先を眺めて、さらに頭を混ぜられる感触にナデナデされていると気がつく。


 腕が戻され、再び静かに食事を再開したフェイロンに合わせて、リンも味のしない炒め物を口の中に運ぶ作業にてっした。




 その日から数日。フェイロンはリンの元を訪れる事はなく。


 間を置いて、さらに一週間後の雨の降る夜。リンの元にフェイロンが訪れた時刻は二十時と、いつもより約二時間ほど早かった。


 れた衣類を脱ぐのを従僕と手伝いながら、フェイロンにジッと見つめられるリン。


 控えめな声で「おかえりなさい」と口にしたリンに返事をするように、フェイロンは再び柔らかな毛並みを確かめるように、妃の頭をでる。



 お気に入りの毛布を抱えてフェイロンを背中に感じながら。リンはドキドキする胸の音がうるさすぎて、陛下が寝れないなんて事になりませんようにと、祈りながら寝台で瞼を閉じた。



 その日から、何故か朝起きると衣類の合わせが前より乱れていたり、胸にあるホクロの部分が赤くなっている事があるのに疑問を持つも、リンはフェイロンのツノでも当たったのかと気にもめなかった。







 最初は安眠用のいい抱き枕が出来たとリンの元に通っていたフェイロン。

 その枕が血の通った、気遣きづかいの出来る女人であると意識してからは、何だかみょうな気分になり、身体の方が心より先に反応していた。


 甘い匂いに誘われて、何も考えずにもれていたゆたかな胸は、いつしかむさぼりたい欲求に駆られ。



「はぁ……」


 

 いっそうばってしまえば身体は楽になると思うも、無垢むくを体現するような、どこもかしこも弱々しく白いリン。


 ありもしない未来をかき消すために、フェイロンはリンの父親であるサイ家当主からの手紙を思い出した。


 要約すると──


『娘に傷ひとつでも付けたら、許しはしません』


 他の数少ないさとい家臣同様。今の後宮のカラクリに辿たどり着いたと思わしきサイ家当主は、たとえフェイロンでも娘に傷をつける事を許さなかった。一年この後宮で怪我の無いようには勿論もちろん。ようは皇帝が処女を散らすなと。


 猫が龍に威嚇いかくしたところで、可愛らしいだけだが、無下むげにもできない。


 嫁ぎ先の希望はリンに任せるとは親心なのか、フェイロンの良いように任せるなのかは分かりかねる。が、下手なところに嫁にやれば、中立を守って来た猫の一族であれ、キバを向くか、犬のように尻尾を巻いて逃げられるのは目に見えている。


 先皇帝の散財で財政は思わしくない。建て直しに速さを求めて恐怖でねじせているために、それと比例して敵も多く作ってしまった。

 身の回りにフェイロン自身に忠誠心ちゅうせいしん厚い部下は今のところ少ないのもある。力の強い龍人。味方が多いとは言えない中で、本能にあらがい、自分の気迫はきえられる者が意外といないのも困りものだ。


 大分持ち直した今、これ以上敵を増やすのは愚策ぐさくでしかなかった。



 ただ自分に仕事のねぎらいを口にしたいと、怖がりながらも健気けなげに起きて頑張るリンに、返す言葉もなく頭を撫でて。ほんの少しのたわむれをするくらいしか、今のフェイロンにはすべがなかった。


 何度そんな可愛らしい事をほざく唇を奪ってしまおうかと悩んだか。


 自室に首輪でつないで、ただただ己を待つ存在にしてしまいたいと本気で思った事すらある。



 邪念じゃねんを払ってから、優しく、甘い匂いのする柔らかさにすがり付いてフェイロンは眠りについた。これくらいは許せと。


 

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