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三 シャナ殿大変だろうな(遠い目)




 仮眠から目覚めた双子の片割れは、侍女部屋の前にある外廊下に山積みされたカゴや袋に疑問を浮かべる。のぞいたら大体衣類が入っていた。


 昼の食事を求めて台所へ向かえば、すでに二人は席に着いていた。

 話し始めはやはり、侍女部屋前の衣類に関してである。どうやら女官達からつくろい物を多量に頼まれたらしい。


 朝餉の残りである根菜の煮物をつまみ、味の染み込んだそれを口に運ぶ。

 はしを入れるだけで崩れるほどトロトロに煮込まれた豚の角煮は、女官達からの差し入れだ。

 甘辛い味付けが、主食である蒸された優しい甘さの花巻はなまきとよく合う。



 午前中の荷物検査で刺繍や繕い物をするために持って来た、色とりどりの糸を女官達が見つけて、裁縫が得意なのかなんて鼻息荒く詰め寄られたものだから、素直に肯定こうていした。


 西領サイ家は織物やら衣類品を多く取り扱っている事もあり、刺繍や裁縫技術は小さな頃から身近なもの。


 後宮だと危険物に当たる道具は持ち出しの制限がある。女官側では針は決まった時間に決まった場所でしか普段は使えないらしい。

 こちらは時間指定はないものの、針や裁縫用のハサミなど定期的に本数を確認され、場所は宮の建物内から許可なく持ち出す事は出来ない。


 忙しい女官達は、自分の普段着や肌着類の補修ほしゅうは後回しになっていた。



宦官かんがん針子はりこも本当にいないのか……」



「針子じゃなくて、陛下専用の職人が外部にいるらしい。シャナ殿も内緒で寝巻きと足袋を持って来たから、夜にってやってくれ」



 予想以上に大変な仕事量を抱えているであろう、後宮の取り締まり役であるシャナの物は、優先して縫ってやろうと双子は決意する。ちょっと哀れみの気持ちで涙がにじんだ。


 妃の数も限りがあるから、服や布のお下がりも限度がある。布類は消耗品しょうもうひんだが、決して安くはない。


 先皇帝陛下時代の後宮は女官からお手つきになり、妃の位になる者も多々いたが、フェイロン陛下は今のところそれはない。

 もよおし物もなければ寵愛をきそうために着飾る必要もないので、後宮の針子もいらんだろうと人員を最小限に削られていた。


 むしろ質素倹約しっそけんやくかかげるフェイロン陛下。

 女官が必要以上に華美な服装をしようものなら、真っ先にいとまを出すふしがあるとは中堅の女官情報。


 実家の援助があれば給金とは別に金銭も手に入るし、衣類品の入手や購入も可能だけれど、後の者は自分で何とかするしかない。



「陛下は布だったけど、女官達はお菓子をやめて順番に肌着でも縫って贈ろっか」



 リンの提案にそれが一番喜ばれるだろうと双子は賛同する。


 幸い食べ物には十分な予算が出ているし、各地から送られてくる珍しい品々が食せると、そちらは女官達にも受けが良い。むしろ食事しか楽しみがないとも言う。



 次いで、リンの報告は午前中に受けた健康診断。幼少期より適度な運動に、食事はよく噛んで。物心つく時から早寝早起きを心がけていたので、最近では病気知らずのいたって健康体。身体検査も問題なし。特筆するべき事はないにひとしい。



 昼餉を食した侍女の片割れは、明日の外出許可証を発行してもらってから、再び仮眠に戻った。

 その日の夜。リンの衣装部屋に持ち込んだ繕い物の中からシャナの物を選んで、早速ひと針ひと針丁寧に、穴の空いた箇所に針を通していく。



 明日は足りない当て布に使う切れハシと、肌着用の布を購入しに、朝市に出かける予定である。


 ひとりだと時間を持てあまして仕方がないと思っていた夜番の侍女。

 いい暇つぶしが出来たと、灰色にちょっとの青を混ぜたような色の尻尾をご機嫌にらめかせた。




 朝餉の後は腹休めに繕い物。それが終われば庭の散策や手入れと掃除をすませて、昼の下拵したごしらえの手伝い。

 早めに昼を食べたら、書庫から借りて来た書物を読んだり、女官に肌着を縫ったり。お気に入りの毛布を持ち出して、居間から続く縁側えんがわで庭を眺めながら日向ひなたぼっこもしてみたり。


 十五時には風呂に入り、遅くとも十六時半には夕餉の時間。

 その時間なら必ず双子がそろうので、手が空いた方に教師役をお願いし、少々の勉学にはげむ。


 毎日夜十九時にはリンは夢の中であった。


 寝る前に書物を読むとかで、夕餉を食べ終わって直ぐに寝室に引っ込む日もしばしば。

 そんな時は双子のどちらかが女官の手伝いに行くことにしていた。


 朝の忙しい時間も大変だろう、と終わった縫い物片手にたまに顔を出せば、こちらが引くほど泣いて喜ばれる始末。


 下っ端に混じって皿洗いのコツを伝授でんじゅしながら、手を動かしつつ世間話に耳をかたむけて、お駄賃代わりにおかずや菓子をもらって帰って来る。



 後宮の女官とリン達で持ちつ持たれつの良好な関係を築き上げ、日々の生活に大分慣れた頃。その日は突然やって来た。


 時が経って存在を忘れていた、皇帝陛下お渡りの知らせである。



 時刻は十七時。訪問に余裕ある時刻ではあるが、リン達の場合は違う。


 すでに風呂をすませて、食後に話を持って来たシャナは申し訳なさそうな顔で、リンに夜の詳細を説明した。


 顔合わせの挨拶程度でねやを共にすることはないけれど、今回は仕事が終わる目処メドがたったので、リンに会いに来るとの事。

 何時になるかは、シャナもわからないらしい。


 公務終わりに、食事と入浴を済ませてからあちらは来るので、どんなに早くとも二十時は確実に越える。




「も、もう眠いよぉ……」



「そうですわよね。陛下ももう少し早くおっしゃっていただければ、リン妃にお昼寝を勧める事も出来ましたのに」



 笑顔で青筋を浮かべる器用なシャナに、突然来るのは今にはじまった事ではないとさとるリン達。


 しかも、リンは一度寝るとよっぽどでなければ起きない。

 この時間に寝はじめても、仮眠を通り越して朝まで目を覚まさない。



 心配なのでシャナがお渡りの時間が分かり次第、こちらに出向く運びとなった。


 皇帝と妃の一対一で行われる顔合わせ。終わるまでシャナがこの宮に居てくれると言うので、特に侍女達は肩の荷が少し降りたと、身体の力を少し抜いた。




 しかし、リンは気合いで起きているしかないけれど、どう頑張っても駄目だと侍女はあきらめの境地きょうちである。


 皇帝は後宮に入った順番で四名の妃の元を訪れると内でも外でも聞いていた。


 だから、他の妃達は早い時期から各自与えられた宮で過ごしていたと女官に言われて、情報を仕入れて来た双子の侍女の片割れは驚きを隠せないでいた。


 本当に「血塗れの黒龍皇帝」の寵愛を受けたい命知らずがいたのかと。愛されるより、殺された女の方が圧倒的に数が多いのに。


 それにしても、三番目に目通りしていないのに、最後のリンに飛んで来るとは油断した。

 大体は公務の合間に昼間に顔合わせする事が多いが、少ない夜の可能性をもっと考慮こうりょするべきであったのは事実。


 いたらぬ自分にこぶしを握りしめていると、温かな手に包まれる。



「大丈夫。あまり後宮においでにならないって事は、こちらが好きじゃないんだよ。寝てても部屋に入れて終了でいいと思うの」



 喋る手間がはぶけて、あちらもとくに思うかも知れないと笑いながら話す主。


「起きているって選択肢ないんですか」なんて問えば、速攻で無理だと答えが返って来たのが我が主らしいなと、手の力を抜いて、思わず苦笑いを浮かべてしまった。



(何はともあれ、まずはフェイロン陛下をお出迎えする支度したくをせねば)



 リンに包まれていた手を逆に力強くガシッとつかみ返して、衣装部屋に連れ込む。

 侍女二人はあーでもないこーでもないと、リンに夜着や部屋着を当てて決まった側から、着ている物をいで全身の手入れをする。それが終われば掃除の時間。


 普段にも増してモチモチしっとりになった頬に手を当てる。まるで追い剥ぎにあったみたいだと、リンは居間の肘掛ひじかけにもたれて、静かにゲッソリしていた。


 

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