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週末、自宅

「うそ……、星崎カンナちゃん!?」

 浅倉さんと星崎さんが訪ねてきた日曜日。「女の子がくる」という兄の話を胡乱な目で見ていたミカだったけれど、やってきた星崎さんの顔を見るなり、目をきらきらさせながら口元に手を当てて感激していた。

「知ってるんだ?」

 そう何気なく口にしたら、ミカは信じられないものを見るような目でぼくをにらんできた。

「学校で話題なんだから。アイドルみたいに可愛い子が近くの中学校にいるって。友達にお姉ちゃんがカンナちゃんのクラスメイトの子がいて、教えてもらったの。カンナちゃんの動画、めっちゃいいねついてるでしょ? コメントもみんなカンナちゃんのこと可愛いって言ってる」

 ミカがタブレットでとあるSNSの投稿を見せてきた。ミカの話によれば星崎さんのクラスメイトが投稿したという、星崎さん含め三人の女子学生が踊るそのショート動画は、かなりの回数再生されていることが見て取れた。当の星崎さんは「そういえばそんなこともあったね」と悠然としていた。

 星崎さんと浅倉さんを自室に案内したあと、台所で飲み物の準備をしているぼくのまわりをミカがうろうろしていた。

「どうしたの」

「は? 何が? 別に? なんでもないよ」

「そっか」

「…………」

 そう答えても、ミカはぼくの近くから離れようとしない。何か言いたいことがあるときのミカのそぶりだ。

「……カンナちゃんさあ」

 やがてミカはなんでもないような態度で口を開いた。

「うん?」

「私服、あんな感じなんだね」

 今日の星崎さんは無地のTシャツにデニムのショートパンツをあわせ、キャップを被ったカジュアルでアクティブなスタイルだった。制服姿の星崎さんはエレガントな印象だから、今日のコーデには新鮮な驚きがあった。こういうスタイルも難なく着こなすんだという感心と、星崎カンナなら当然かという納得が入り混じっている。

「よく似合ってるよね」

「そう!」

 妹の食い気味なリアクションに少しだけ怯むぼく。

「シンプルな服装だからカンナちゃんのスタイルの良さが際立ってて、もーめっちゃやばいと思って。いいなあ。あたしもカンナちゃんみたいにスタイル良くなりたい。てかさ」

 ぱっと表情を変えて、ぼくに迫るように身を乗り出してくるミカ。

「もうひとりのお友達、浅倉レナちゃんだっけ? あの子もやばいくらい可愛くない?」

 もちろんぼくも浅倉さんは可愛いと思うけれど、「可愛いよね」と口に出して同意するのはなんだか気恥ずかしくて、曖昧に笑うことでお茶を濁した。

 今日の浅倉さんはふわりとスカートの広がったワンピースを身にまとっていた。ファンシーな服装は、明るく元気な印象の浅倉さんに抱いていた勝手なイメージとは異なるものの、彼女が持っていた別側面の魅力を引き立たせているように感じた。

「可愛い女の子ふたりもいっぺんに連れてくるなんて、どうしちゃったのお兄ちゃん」

「……どうしちゃったんだろうね」

 バケモノに殺されかけたことで知り合った、とはまさか言えない。

「……もしかしてお兄ちゃんさあ」

「うん?」

 少し険のあるような、それでいて好奇をはらんだ声でミカが言う。

「ふたりと付き合ってるの?」

 びっくりして戸棚に頭をぶつけてしまった。痛みに悶えながら「付き合ってない付き合ってない」と否定する。なんでいきなり二股前提なんだ。

「じゃあどっちが好きなの?」

「好き、って……。違う違う。そういうのじゃないよ。ふたりはただの、」

 友達、と言いかけて言葉がのどにつっかえた。友達、なんだろうか。星崎さんと浅倉さんの関係は、友達で間違いないだろう。同じ魔法少女で、戦友でもある。けれど、ぼくは? クラスメイトで、同級生には違いない。だけどぼくは、ふたりにとって友達たり得ているのだろうか。

 どうしても、足手まとい、という単語が頭をよぎる。そんなふうに、あのふたりが思うはずがないのに。

 自分が足手まといだと思っているのは、ぼく自身だ。戦えないぼくは、魔法少女のふたりとは対等に並べない。


「あ、紫童くん。飲み物ありがとう~」

「ごめんね。気を遣わせて」

 お茶菓子と麦茶を持って部屋に戻ると、浅倉さんと星崎さんは楽しそうに笑っていた。なんだかほっとする。そして、自分の部屋に女の子がふたりいるのは、妙な感覚だった。自分の部屋じゃないみたいだ。

 ふたりの鞄の中から出てきたアルトとベルタは、それぞれ本棚の上や机の上でちょこんと座っている。どうやら妖精たちはいつも魔法少女の鞄に入って共に行動しているようだ。

「そうだ紫童くん。夏休みの予定聞いていいかな」

 ポッキーをくわえながら浅倉さんがそんなことを聞いてきた。

「わたしたち、合宿をするつもりなんだ」

「合宿?」

「そ。勉強合宿。受験生はつらいよね~。で、カンナんちが海辺のコテージ持ってるらしくて」

「叔母さん夫婦がね」

 苦笑しながら星崎さんが訂正する。

「うちは小さいころにパパが死んじゃって母子家庭だから、旅行とかもする余裕なくて。それじゃかわいそうだからって、毎年泊まらせてくれてるの。いい場所だよ。海が見えるし温泉も近くて。今年はママが単身赴任中だし、わたしも受験生だから遠慮しようかなって思ってたけど、レナが泊まってみたいって言うから友達と使っていいか聞いてみたんだ」

「そしたらオッケーだって! 優しいよね~カンナのおばさんたち。だから、紫童くんも行こうよ」

 どのあたりで、だからぼくも一緒に行こう、と繋がるのかが理解できなかった。

「お邪魔じゃないですか」

「全然! みんなで行くほうが楽しいよ。ねっ、カンナ」

「うん。紫童くんが良ければ、来てくれると嬉しい」

 眩しさで目がくらみそうだった。星崎さんはずるい、という感情が湧く。星崎さんのきれいな碧色の瞳でまっすぐ見つめられながら、ストレートに「来てほしい」なんて言われたら、断るなんてできるはずがない。

「そのほうが護りやすいから」

 ……付け加えられた言葉で少しだけ冷静になった。そうだ。ぼくたちの間には切っても切れない現実的な課題が残されている。その解決のためには、できるだけそばで過ごすほうが都合がいい。ただそれだけだ。当然である。

「……そうですね。親に相談してみます」

「やった! 楽しみー!」

 両手を挙げて喜ぶ浅倉さん。まだ行けると決まったわけではないのに気が早いと思いつつ、正直な感情表現に心が軽くなった。そこまで喜んでもらえると、参加する身としても嬉しい。邪魔ではないか、というのは誇張でも謙遜でもなく、ぼくの素直な懸念だったからだ。

「ふたりもくるから、紹介するね」

「ふたり?」

「まだ紹介してない、わたしたちの仲間。ヒマリちゃんとスズカさん」

「女の子ですか?」

 浅倉さんはおかしそうに「そりゃそうだよ。魔法少女だもん」と笑った。そりゃそうか。魔法少女だもの。

 つまりぼくは、女の子四人に囲まれて、海辺のコテージで過ごすことになるわけか。そんな自分の姿を想像しようとして、すぐに諦めた。これまでのぼくの人生経験に、そのイメージができる材料は存在しなかった。

「そういえば紫童くんって、妹いるんだね」

 麦茶を飲み干した浅倉さんが思い出したように口にした。

「名前は? なにちゃんっていうの?」

「ミカです」

「ミカちゃんか~! ミカちゃん、すっごい可愛かったね。ねっ、カンナ」

 話を振られた星崎さんは、麦茶のグラスを両手に持ち、こくんと頷く。

「うん。可愛かった」

「伝えておきます。喜ぶと思いますよ」

「カンナのファンなんだよね? あとでお話してあげたら?」

「ファンだなんて、こそばゆいな。でも好意を持ってくれているのは嬉しく思う。どうかな紫童くん。ミカちゃんは、わたしと話したいと思う?」

 星崎さんと対面したミカの姿を少し想像して、答えた。

「嬉しさのあまり発狂するかも」

「あはっ」

 声をあげて笑う星崎さんの姿は新鮮だった。そこだけ時間の流れが変わったみたいに、明るい空気が彼女を取り巻いている。ぼくだけでなく、浅倉さんまでがその笑顔に見惚れている。

 我に返ったぼくは、空になったグラスを回収して「おかわり持ってきますね」と部屋を出た。

 階段を下りると、リビングのソファーで所在なさげにしていたミカが待ちわびるかのように顔を向けてきた。それから、下りてきたのがぼくだとわかるとつまらなさそうに視線を逸らす。妹のわかりやすい態度にぼくは微笑ましい気持ちになる。

「ふたりとも、ミカのこと可愛いって言ってたよ」

「えっ」

 麦茶をグラスに注ぎながらそれとなく伝えると、おやつに反応する猫みたいな目でぼくを見た。思わず噴き出してしまう。たしかにぼくの妹は可愛い。

「カンナちゃんが?」

「うん。ミカがよければあとで話したいって」

「うそ。やばい。どうしよ。わああ」

 足をばたばたさせて喜ぶ妹を見ていると、今日ふたりに家に来てもらってよかったなと思った。また来てくれるだろうか。来てくれるといいな。そんなことを考えながら、麦茶が注がれたグラスを両手に持って階段を上がる。

 ドアノブを肘で開けて部屋に入ると、銀色と黄色のドレスに身を包んだふたりがいて、ぼくは息を呑んだ。

 グラスを取り落としそうになったのをこらえ、声を上げそうになったのをふんばり、ぼくは平静を装って扉を閉めた。ただ歩くだけで麦茶の液面がこぼれそうなほどに波立った。手が震えている。グラスをテーブルに置いて、ぼくはふたりの顔を見る。

 空気が一変していた。

 浅倉さんが緊張した面持ちでここにいない誰かと会話している。星崎さんはぼくを見て、申し訳なさそうに眉を下げた。

「シャドウが出たの」

 そうだろうとわかっていたけれど、改めて言葉にされると嫌でも先日の記憶がよみがえった。赤黒くぬらぬらした粘膜がぼくを食おうとする様がフラッシュバックして、嘔吐きそうになる。

「ヒマリちゃんと連絡取れたよ。今はスズカさんがひとりで戦ってる。わたしたちも行かなきゃ」

「うん。アルト」

 呼ばれた銀狼は一瞬だけ嬉しそうな反応を見せて、すぐに不満と寂しさの入り混じった表情になった。

「紫童くんをよろしくね」

「……承知した」

「それじゃ。ごめんね紫童くん」

 星崎さんが謝ることじゃないのに。窓から飛び去るふたりの背中を見送りながら、改めて、自分の無力さを痛感する。なにもできないどころか、足を引っ張っている自分のことが腹立たしくさえあった。

 どれくらいの間、その場で呆けていたのだろう。

「お兄ちゃん?」

 いつのまにかミカが部屋の入り口に立っていた。こちらを窺うように首を傾げている。

「カンナちゃんと、お友達は?」

「……ああ。ごめんなミカ。ふたりは緊急の用事ができて、帰っちゃったんだ」

「えっ?」

 ミカの顔に驚きと失望の色が浮かぶ。その感情が魔法少女に向けられるのが耐えられなくて、つい言葉を重ねる。

「ふたりとも残念がってたよ。ミカと話したかったのにって」

「……ふうん。そう」

「またうちに来てくれるように頼んでみるから。がっかりさせてほんとごめん」

「……うざいよそういうの」

「え、」

「別にお兄ちゃんが謝ることじゃないじゃん。変に慰めようとしないで」

 怒気をはらんだ声で言い捨てて部屋を出て行くミカ。誰に求められたわけでもない言い訳を連ねて、それで怒らせてしまったんじゃ世話はない。

 本当に、ぼくは無力だ。

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