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要修得 認識阻害魔法

 給食を食べ終えたあと、「紫童くん、ちょっと来て」と浅倉さんに手招きされるままに彼女についていった。ぼくの後ろにはベルタもついてきている。

 浅倉さんは廊下の突き当たりにある多目的スペースの前で足を止めた。少しだけあたりを見渡す様子を見せたが、お昼休みなので廊下には当たり前に生徒の姿がある。

「……うん」

 浅倉さんは何かを納得した様子で、曖昧な笑みを浮かべてから多目的スペースの中へと入っていく。

 ぼくも後に続く。その際、人目があることはわかっているにも関わらず、ぼくもつい周囲を気にしてしまった。使用していない特殊教室に勝手に入ることは禁じられているからなのだが、なるほど、浅倉さんの笑みの意味がようやく理解できた。後ろめたいことがあると人目が気になるけれど、人目があろうと行動しなければならないのなら、開き直るしかないのだ。

「紫童くんこんにちは」

 中にいたのは星崎さんだった。窓から差し込む光を受けて、彼女のブロンドの髪が透き通るように輝いていて神々しい。思わず見惚れていると、刺すような視線を感じた。目を向けるとアルトがいまいましげにぼくを見ていた。舌打ちの音が聞こえてきそうだった。

「カンナ~」

 浅倉さんが星崎さんに抱きついた。浅倉さんの豊かな胸が星崎さんの体に押しつけられて形を歪める。見てはいけないものを見た気がして、ぼくは天井を見た。彼女たちの胸のあたりを見ないように意識して、ゆっくりと視線を戻す。しょぼしょぼとした顔で抱きつく浅倉さんを、星崎さんはたおやかな微笑で受け止めている。

「どうしたのレナ」

「ありがとう~。カンナのおかげだよ~」

「? よくわからないけど、どういたしまして?」

 星崎さんにしがみついたまま、くるりとぼくのほうへ向けて「紫童くんもごめん~」としょぼしょぼ顔で謝ってくる浅倉さん。こっちが気の毒になるくらい、気落ちしているのが見て取れる。表情豊かな人だと思った。

「気まずかったよね。本当にごめん~」

「い、いえ別に」

「どうかしたの?」

 尋ねる星崎さんに、浅倉さんは朝の顛末を説明した。

「紫童くんの顔見たとたん、『カンナが助けてくれなかったら、クラスメイトがひとりいなくなってたんだ』って実感しちゃって、わたし……」

 浅倉さんの目元がふるふると震えて、その瞳が濡れ、涙が一粒こぼれた。

 その涙を星崎さんが細い指でぬぐい、背中をぽんぽんと叩いて「大丈夫」と口ずさむような声で語りかけた。うわーん、と浅倉さんは小さな子みたいに声を上げて泣いた。彼女が泣いている間ずっと、星崎さんはその背中をさすり続けていた。


「いやあ~……お見苦しいところをお見せしちゃって」

 浅倉さんは気まずそうに頭をかいている。「カンナもごめんね」と謝る浅倉さんに、星崎さんは涼やかな笑みを返した。

「それで、話したいことって?」

「あっ、そうだ」

 ぱんっと手を打って、浅倉さんがぼくを見る。その目にはどこか期待と懸念の色が混じっている。

「おおまかな話はカンナから聞いてるけど、紫童くんに認識阻害魔法を覚えてもらうって、ほんと?」

「あー……、そうみたい、ですね」

 他人事みたいに曖昧な返事をしながら、昨晩アルトと交わした会話を思い出す。


 ◆


「認識阻害魔法?」

 アルトが告げた魔法の名前を復唱する。アルトは机の上に姿勢良く座って不服そうにしていた。

 アルトがいらいらしているのは、嫌いなぼくの部屋にいなければならないからだ。なぜ彼がそうしなければならないかというと、護衛のためだった。シャドウは因果の縁に引き寄せられる。いつ現れるか知れない敵に備えるためには、誰かがそばで護らなくてはならない。

 はじめは星崎さんが「つきっきりで護るよ」なんて言い出したので、ぼくは慌ててお断りした。同級生の女の子にそんなことさせるわけにいかなかった。アルトも「そんなことはだめだ」と乗っかってきた。

「でも、誰かが護らなきゃ」と星崎さんは首を傾げた。

「だったら俺がやる」とアルトが啖呵を切って返した。

 そうした結果、こうなった。

 アルトは「俺はカンナのそばにいるべき契約者なのに」とずっと文句を言っていた。それでも彼が護衛役を引き受けたのは、ひとえに星崎さんを護るためだ。

 不甲斐ないけれど、ぼくの存在が星崎さんの急所になってしまっているのは事実だった。そして、防御魔法や結界術に長けるアルトはたしかに護衛の適任だった。ぼくの家の周囲には今、アルトが張った結界がある。それによって、ぼくの気配がシャドウに嗅ぎつけられる可能性は極めて低くなっているらしい。

「認識阻害魔法って、何?」

「魔法少女と俺たち妖精にかけられている魔法の名だ。相手の認識を阻害し、こちらの存在を知覚されにくくする」

 この魔法を使えるようになった星崎さんは、さらに調整を施して、対象と効果の範囲を絞ることで魔法の強度を上げたという。

「元々、認識阻害魔法はカモフラージュ効果を主体とする魔法だった。けれどこれは、裏を返せば『目を凝らせば見える』ということだ。見つかれば魔法が解ける、それではあまりにも心許ない。そこでカンナは、『魔法少女の正体』がバレないようにすることに特化した認識阻害効果を持たせた。魔法少女とそれに関連するもの……つまり俺たち妖精だな、その存在自体の解像度を下げ、姿が見られても荒いモザイクのかかった状態でしか認識できないようにした。そうすることで魔法自体が解除されるリスクを低減したんだ」

 なんだかよくわからなかったけれど、とても難しそうなことを星崎さんが行ったことはわかった。

 けれどひとつ気になる点がある。

「星崎さんが魔法少女になったのって五月ころなんだよね」

「そうだ」

「つまり星崎さんは覚えて間がない魔法に手を加えてより複雑な効果を達成したということになるよね」

「そうだな」

「そんなことできるものなの?」

 アルトは自分の手柄のごとく得意気に答えた。

「やってしまうのが、星崎カンナだ」


 ◆


 認識阻害魔法の効果はすでに知っている。

 ぼくはベルタのほうを見た。黄狐は目が合うと嬉しそうに笑った。

 教室にいるはずのない存在を、クラスメイトたちは気に留めなかった。たまに、感覚が鋭いと違和感を覚えるのか、ベルタのいるほうをじっと見つめる人もいたけれど、やがて首を傾げながらその場を立ち去っていった。「狐がいる」と見抜く生徒は現れなかった。

 ぼくも昨日までそうだったのだろう。そこにいるのに気づけない。気づいても、それが何かわからない。

 星崎さんが使った認識阻害魔法は非常に便利で強力な魔法だった。

 だから、それだけ制約も大きかった。

「カンナが紫童くんにも魔法をかけることはできないの?」

 浅倉さんが星崎さんに尋ねる。星崎さんは申し訳なさそうに首を振った。

「対象を変更するには、今かかってる魔法を一度リセットしなきゃいけなくて」

 認識阻害魔法は現在、四人の魔法少女と、それぞれの契約者である妖精たちにかけられている。一度発動した魔法は以降、自動的に起動し続ける。魔力消費もほとんどなく、魔法維持を意識する必要もない、高性能な魔法。けれど問題の原因はそこにある。

 動き続ける複雑な機械の中身をいじるにはまず、その機械を一度止めなければならない。

「だけど魔法を解除すると、それまでの阻害効果がなかったことになっちゃう、と」

 浅倉さんの補足に、アルトが言葉を足す。

「現実を改変しているのではなく、魔法にかかった我々を見た者の概念を歪める魔法だからな。魔法が切れれば当然、効果はなくなる」

 発動し続けていることではじめて効果を発揮する魔法。だから解除すると全部なかったことになる。モザイクのかかっていたはずの記憶はクリアになるし、万一どこかで誰かが撮った動画に映り込んでいると、今までは魔法があるから魔法少女の存在に気づかれなかったものが、すべて明るみになってしまう。

「すぐにかけ直したらどうかな?」

 浅倉さんの提案に、星崎さんはゆるゆると首を振る。

「かけ直した認識阻害が効力を発揮するのは、再起動以降に記録されたものだけだから」

「……つまり、いったん解除すると取り返しがつかない、と」

「そういうことになるね」

 ぞっとした。魔法少女の存在が白日の下に晒されたら、どうなる? 星崎さんや浅倉さんが悪意に弄ばれるところを想像しかけて、吐きそうな気分になった。

 浅倉さんは申し訳なさそうな顔をぼくに向けた。

「ごめんよ紫童くん。わたしがもっと魔法が上手ければどうにかしてあげられたのに」

「そんな。謝らないでください」

「そうよ。レナが悪いんじゃない。カンナちゃんが規格外なだけ」

 ベルタが助け船を出す。

「こんなに上手くいろんな魔法を使える子、妖精界にもいないわ」

 扱える魔法の種類や規模には、適性に加えて魔力をどれだけ上手く操ることができるかが大きく影響するという。星崎さんには魔法を巧みに操る才覚があったということなのだろう。

「……そうは言ってもさあ。わたしだって魔法少女なんだから、もっと役に立ちたいよ」

「うふふ。焦らなくても、あなたの努力はあたしが一番よくわかってるから。地道に頑張りなさい」

 くるり、とベルタがぼくに向き直って言う。

「というわけだから。期待してるわねぼうや」

 愛想笑いを浮かべることしかできなかった。魔法少女にできないことが、ぼくにできるんだろうか。しかも目標は、規格外の能力を持つ星崎さんだ。

「思い上がるな。カンナと同じレベルがおまえに成せるとはこちらも思っていない」

 アルトが切って捨てるように言った。無遠慮な言いぶりだったけれど、不思議と悪い気はしなかった。むしろ、「期待していない」とはっきり言ってもらえて気が軽くなった。

「おまえが覚えるのは基本の魔法でいい。姿を隠すための認識阻害魔法だ」

 こくりと頷いてから、尋ねる。

「魔法ってどうやって使えばいいの?」

 アルトは不本意そうな顔をして黙ってしまった。星崎さんや浅倉さんの顔を見る。ふたりとも困ったように顔を見合わせた。

「感覚で使ってるから、言語化するのは難しいな」と星崎さん。

「わたしはそもそも器用に魔法使えないし、戦うときも……勢い? とりゃーってやれば出せちゃう的な?」と浅倉さん。

「あたしたち妖精も、魔法を教わった覚えはないわよねえ」

 ベルタの言葉に、アルトはぼくをにらんで舌打ちした。なぜぼくがにらまれているのだろう。

「……カンナとの繋がりを意識しろ」

 言いたくなさそうにアルトは告げた。

「魔法少女は因果の縁をたどって俺たち妖精から魔力を引き出して戦う。おまえとカンナの間には因果の縁がある。おまえに魔法が使えるとすれば、可能性はそこだけだ」

 星崎さんと顔を見合わせた。彼女との、特別な繋がりを意識する。

「とりあえず」

 星崎さんの桜色の唇が開いて、涼やかな声が響いた。

「今日から一緒に帰ろうか」

 そう言って薄く微笑む様は、逆光も相まって神秘的で、まるで女神みたいだった。

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