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グローリーデイズ。

作者:

 疲れた眠い限界だ寝よう、仕事から帰宅して夕飯も食わず布団に潜り込もうとする俺を、スマホの着信ランプが引き止めた。画面に表示された懐かしい名前に眠気を吹き飛ばされ、慌てて飛び起きLINEを開く。


「あの『Rusty』無くなるらしいぜ。行っとかねー?」


 LINEの内容はそれだけ。でも、どうしようもなく胸が騒いだ。





 街の外れ、駅からもバス停からも遠い交通アクセス最悪の場所に、ライブハウス『Rusty』はある。その名前がしっくりきてしまうような、古くて狭くて汚いライブハウスだった。けれど俺達にとっては、学校よりもずっと愛しくて居心地のいい場所。

 当時高校生だった俺は、悪友3人と一緒にバンドをやっていた。金も実力も人気も録に無かったのに、『Rusty』の店長は俺らに好意的だった。店長が昔組んでいたバンドに雰囲気が似ていたから、らしい。俺らのファーストライブも解散ライブも『Rusty』だった。ここは俺達の活動拠点であり、もうひとつの家。











 よく晴れた土曜の午後。


「どうもぉー……」


 俺達は『Rusty』を訪れた。青い空に不釣り合いな、色褪せた看板。この嫌煙のご時世ですら煙草の臭いが染み付いて取れない、雑然とした入り口も、全てがあの頃と変わっていない。ひょこっと顔を出した店長も相変わらずだったが、頭は真っ白になっていた。事前に連絡したとは言え久しぶりの訪問だったのにもかかわらず、名乗る前ににやりと笑われた。ここの経年的にも俺の年齢的にも解散だよ、と告げた表情は晴れ晴れとしている。ここを畳んだとしても、きっと音楽とお酒を愛するお爺さんとして生きていくのだろう。

 店長に了解を得て、俺達はフロアから楽屋に至るまで歩き回らせてもらった。低い天井、そこにモザイク画のように貼られたバンドのポスターとステッカー、隙間を縫うようにある落書き、あれから10年以上経ったはずなのに何もかもが同じだ。タイムスリップしたんじゃないかと思うくらいに。


「あ、コレお前の落書きじゃね?」


 友人の1人が、汚れた壁の中から俺の字を見つけ出す。下手糞な文字は所々消えかかっていたけど、辛うじて読めた。


「えーと……"武道館埋めます"……」

「うーわ黒歴史、なんつーこと書いてんだよ」

「はずいわぁ……でもお前の名前も書いてあっから同罪」


 懐かしさで笑いが込み上げてくる。あの頃は怖いものなんて何もなかった。叶わない夢も無いと思っていた。それは多分若さが見せた幻で、時の流れで剥がれていく儚いもの。




 つう、と頬を伝う水の感触に、俺自身が驚いた。何だコレは、悲しみじゃない、苦しみでもない、でも胸を締め付けられる想いは。こんな顔はあいつらに見せられない、だから俺は振り向かずただただその落書きを見つめた。そうしたらずず、と鼻をすする音が背後から鳴って、俺はもうあふれるものを止められなかった。

 当たり前のように流されて、就職して「普通の大人」になった俺達。忙しい毎日はただ生きるだけで精一杯で、それ以外の感情は少しずつ削がれていく。でも違う、俺達の日々は、どんなことが起ころうと胸の奥底に根を張っていたんだ。失くしてなんかいない、失くそうとしてもできない、この時間を忘れることは、きっと無いんだ。











 1ヶ月後。『Rusty』はもう更地になっていた。俺達の場所はもう無い、あの落書きも、だけど。眩しい季節は今も色鮮やかに俺達の脳裏にあって、いつか岐路に佇む時に背中を押してくれる気がした。

青春を音楽にしか結びつけられない人間です。バンドを題材にしていますが、本当は吹奏楽部でした。毎日のようにバストロンボーンをぶっぱなしていた女子高生は、いつの間にか仕事帰りに疲れた体を引き摺ってでもライブハウスで拳を上げる大人になりました。死ぬまで青春なのかもしれません。

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