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クラウンクラウン

作者: 竜月

 

 とある世界の、とある王国の、とある町の、とあるお城に、ひとりの王さまがいました。

 

 かれはあたまに王さまの象徴であるキラキラ王冠をのせて、口にはふさふさ白いおひげを生やして、おなかをぽむぽむ膨らまして、「ゆきだるまの王さま」とよばれていました。

 


 町のひとはみんな、「ゆきだるまの王さま」が嫌いでした。

 稼いだお金や育てた食べものを、「ゆきだるまの王さま」はたくさん持っていってしまうからです。

「だるまめ。おらの牛を持っていきやがった」

「だるまめ。おれの蓄えた金を返しやがれ」

 町のひとは戸口の裏ではそう言いあっていましたが、王さまの前ではツンと澄ました態度でした。甲冑をきた兵隊が、どこかに王さまをバカにする不届きものはいないかと、眼をひからせていたからです。


 その兵隊も、「ゆきだるまの王さま」が嫌いでした。

 王国のそとで隣国の敵とのたたかいを、「ゆきだるまの王さま」に命じられていたからです。

「だるまめ。おれたちのいのちはどうでもいいってのか」

「だるまめ。自分は安全なところでのうのうと」

 兵隊は戦場ではそう言いあっていましたが、王さまの前ではツンと澄ました態度でした。礼服をきた大臣たちが、どこかに王さまをバカにする不届きものはいないかと、耳を尖らせていたからです。


 その大臣たちも、「ゆきだるまの王さま」が嫌いでした。

 いままでかれらに割り当てられていた仕事とおかねを、「ゆきだるまの王さま」がほとんどなくしてしまったからです。

「だるまめ。王冠がなかったらただの人だ」

「だるまめ。偽善に濁った瞳でなにをみる」

 大臣たちは椅子の裏ではそう言いあっていましたが、王さまの前ではツンと澄ました態度でした。マントを羽織った王さまが、彼らをいつもみていたからです。

 とある世界の、とある王国の、とある町の、とあるお城の、その国はじめてのひとりの王さまは、「ゆきだるまの王さま」と呼ばれていました。


      ■□■


 それは炎くすぶる、ある灰色の日のことです。

 大通りにすわって物乞いをしていた、きたない格好の少年は、「ゆきだるまの王さま」のうわさを耳にして、とてもゆるせない気持ちになりました。

 それはけっしてかれの窮状ゆえにではなく、じぶんより恵まれたみんなを思ってのことです。

 かれは栗鼠リスのようにちいさい体に、ライオンのようにつよい正義感を飼っていました。


 町のひとのお金と食べものを返して。

 兵隊さんたちをころさないであげて。

 大臣さんたちにはたらかせてあげて。


 そんな想いが日に日におおきくなっていって。

 八回の夜と八回の朝がすぎるまでなやみつづけた少年は、ついに、王さまに会いにいくことを決意しました。

 お城へはかれの足で二日ほどかかる道のり。ちいさなリュックにお菓子と水筒とライオンをつめて、かれはお城へとむかいました。



 夕方。

 陽が沈むころに、少年はお城にたどりつきました。

 お城の門には兵隊さんたちの姿がみえませんでした。

 かれはこども心に不思議でしたが、とにかく好都合とお城にしのびこみました。

 中はとてもひろくてたかくて、巨人のためのおうちみたいだと少年は思いました。

 はるかはるか先までのびる廊下をぽてぽて歩いて、いくつもいくつもある扉をばたばたあけて、けれども少年はだれとも会えませんでした。


「こまったなあ。いったいどこなんだろう」


 さんざん迷っていた少年でしたが、しのびこんでから数十分たってようやく、ほかの扉とはちがう、両開きの大きな扉をみつけました。

 きっとここだ。少年はそっと音をころして扉に手をかけましたが、べつにわるいことをしにきたんじゃないと、いきおいよくあけはなちました。


 少年の家よりもひろい部屋はカーテンがしめきられてうすぐらく、不健康がよどんでいるように少年の眼にはみえました。

 部屋の壁ぜんぶを埋めつくしているたくさんの棚には、ぎゅうぎゅういっぱいに本がつまっていて、それでも足りなくて溢れだした本たちが地面につみ上げられていました。

 こんなにたくさんの本を見たのは、少年は生れてはじめてでした。


 まるで、本の国だ。少年は思います。


 そして、乞食の少年は、おめあてを見つけました。

 部屋の奥、おおきなつくえで、白いおひげのゆきだるま王さまが、せっせとなにかを書いていました。きらきらの王冠は机のうえに置いてあります。王冠をかぶっていなかったので、少年はしばらくその人が王さまだとは解かりませんでした。

 暗いなかで、ゆきだるまの王さまの瞳だけが、ぱちぱちと、輝いていました。

 少年はすこしこわかったけれど、ライオンをふりしぼって、雄叫びのような声をあげました。


「やい、王さま!」


 書きものの手をとめた王さまは、つい、とゆきだるまの王さまが少年を見ました。その瞳に、驚きや怒りと言った感情はありません。硝子玉みたいで、少年は胸がどきどきしました。


「……どうしたんだい、少年」


 少年は王さまの声をはじめてききましたが、しわがれていて、がらがらで、とてもききとりづらい音色でした。


「あ、あの」


 言いたいことはたくさんあったはずなのですが、いざ王さまを目のまえにすると、くるくる空回ってしまって、うまく言葉がつむげません。少年のほほを汗がつたいます。

 そんな少年を見て、王さまはハリガネのように角張った手で、少年をまねきました。


「こっちへおいで。はなしをきくよ」

 

 優しい声でした。

 王さまは立ちあがり、来客用の低いソファにふかぶかと腰かけました。少年もおずおずと向かいにすわります。今まで一度だって触れたことのないソファは、とってもふわふわで柔らかくて、少年は飛びあがりそうになるほどびっくりしました。

 王冠をかぶらないまま、ゆきだるまの王さまは切りだします。


「どうしたんだい? 君のような幼い子がこんなところまで。残念ながらあまり時間がないが……話して御覧」


 少年はじぶんの目的をわすれていませんでした。

 こまっていた人たちのために。

 なやんでいた人たちのために。

 おこっていた人たちのために。

 少年はつたない言葉をけんめいに駆使して、町の人たちの想いをゆきだるまの王さまに伝えました。

 すべてを語り終えるまでに、一時間はかかったと思います。


 部屋のなかからでは解からなかったでしょうけれど、外はすっかり日暮れをむかえて、星がみつかる夜空になっていました。

 少年はおおきく息を吐いて、ソファのせもたれに体をあずけました。

 じぶんのやるべきことをやることができた。そんな満足感でいっぱいだったのです。きらめく王冠のひかりも、じぶんを褒めてくれているみたいだと感じていました。


 ゆきだるまの王さまは、しばらくなにも喋りませんでした。

 ハリガネをじっと組みあわせ、硝子玉の瞳を瞼で覆って、王さまはなにかをかんがえていました。


「……まだ、時間は有るか」


 そうつぶやいた王さまはおもむろに立ちあがり、たくさんある本のなかから、迷うことなく、一冊の本を取りだしました。


「君は、この本を読んだことがあるかい?」


 少年は首を横にふります。

 本の背表紙には『農国律令制度大全』と刺繍されていました。けれど、その背表紙を確認することなく、少年はすぐに否定しました。そもそも少年は、生まれてこの方、本なんて読んだことがなかったからです。


「そうか……これは、君のような、未来ある者たちのための本なのにな」


 今や持っているのは私だけかもしれない。王さまはそう言って、がっくりと肩を落としました。

 少年は不思議なきもちになりました。こまっているみんなのために王さまに意見を言いにきたのに、その王さまがとても気の毒に見えたのです。

 王さまは本を掲げてみせました。


「これは私が作ったこの国の法律、決まり事、ルールを一冊の本にまとめたものだ。君がさっき言った、私が国民たちに行っている政も、この本に書かれている。税金、国防、そして内政の項目にね」

「…………?」

「解からなくても良い。ただ、話を聞いてくれ。頼む」


 そう言って、王さまは少年に頭を下げました。

 少年は王さまがなにをいっているのか、なにをいいたいのか、チンプンカンプンだったけれど、それでも王さまの真摯しんしな態度は、少年の無垢むくなココロをうちました。


 王さまは、滔々と、語りはじめました。


「この国は、私が来た四年前、到底文化国ではなかった。教育も医療も農業も軍隊も、なにもかもが整っておらず、皆が好きなように畑を作り、好きなように町を出入りし、好きなように生きていて、国家としての体裁すら持っていなかったと言える。その結果、耕地は荒れ、犯罪が多発し、子供は死んで、国は廃れていた。

 だが、そんな酷い状態だと言うことにも、現状しか知らない国民たちは気付かない。畑は毎年移動していくもの、犯罪は隣にいるもの、子供は容易に死ぬもの、国はこういうもの。そう悲惨に勘違いしていた。

 私はそれを何とかしようと思った。幸い私は数多くの国を旅してきて、数多くの国家の在り方を見て来た。その知識と経験で、この国を本当の世界基準の“国家”に、造り変えようと思った。

 ……君は、教育を受けているかい?」


 少年は首を横にふりました。


「……痛恨だな。四年では間に合わなかったか」


 それを見て王さまは、深く深く、俯きます。その姿は、神を目のまえに懺悔する信仰者のように見えました。


「……力不足ですべての子供とまではいかなかったが、教育は広まりつつあった。医療に関してはある程度行き渡ったとの情報を得ている。耕地は区画分けされて整備された。他国に引けを取らない軍隊も成立した。この国は、徐々に国家としての形態を持ちつつあった。

 ――君が先程言った民衆の不満を、もう一度教えて貰えるかな」

「ええと、『お金や牛をとらないで』『たたかいたくない』『仕事をとりあげるな』です」

「民と兵士と官僚たちだな。私は、その一つ一つの陳情に、王としての冷徹な答えが用意出来る。

 まず金や牛を徴収したのは税、と言う制度だ。富む者から多く、貧しい者から少なく金と糧食を徴収し、その金で国民のための医療や教育を行い、糧食で軍隊を養う。

 軍隊が戦うのは国を護るために当たり前のことだ。国民の殆どは知らないだろうが、今隣国は深刻な飢饉に襲われている。何時こちらの糧を狙ってくるか解からない状況なんだ。その時、軍隊が整ってなかったら、この国は終わりだ。

 官僚たちから重要な仕事を取り上げ、簡単な仕事を割り振ったのは、単純に彼らの力不足だ。だが彼らのせいではない。私が官僚制度を作ったのは三年前、彼らはまだ知識も経験もないんだ。だがそれも、もう少し、仕事をすれば解かって来たかもしれないんだがね」


 少年には王さまのいった意味がぜんぜん解かりませんでした。

 けれど、この国がひどいんだ、と王さまが言いたいということだけは解かりました。

 だから少年は首を傾げます。

 少年は乞食でした。周りの人たちとくらべても、特別しあわせということはありません。けれど、不しあわせだとかんじたこともありませんでした。物を乞うこともできたし、森にはいれば食べものも見つけられました。最近は市場に食べものも増えたし、今までは我慢していた怪我も、タダで薬をもらえるようになりました。

 いったいこの国の、どこがひどいんだろう。

 そんな疑問が表情に出ていたのでしょう。

 王さまは哀しげに首をふりました。


「……私は成果と進化を焦り過ぎたようだ。不偏の医療も、普遍の教育も、高学な農業も、強靭な軍隊も、この国には未だ過ぎたる袈裟だった。私は、禁断の果実を食べさせてしまったのだ」

「?」

「…………」



「……君に一つ聞こう。 

 王さまとは、なんだね?」




 王さまのはなしがぜんぜん解からなかった少年でしたが、

 その質問のこたえは、顔の皮膚の裏っかわ、いちばんむきだしの部分に、ちゃんとしまってありました。

 少年は、元気に、ソレを、指差して、迷いなく答えました。


「――きらきら王冠をかぶっている人!」


 少年のまっすぐに伸びた指は、つくえのうえの王冠を指差していました。


「ほら――だから、矢張り過ぎたる袈裟なんだ」


 王は自嘲の笑みを漏らしながら、王冠を手に取ります。その手つきに、丁寧さはありません。


「四年前、私がこの国の王さまとなる為に一番初めにやったことを覚えているかい? 

 私はね、『王はすべてを統治する存在』。『王冠を被っている人間こそが王である』と国民に詭弁を語ることから始めたんだよ。何度も何度も。聞き逃す者がいないようにね。

 その後、民衆や兵士や官僚は私に不満を持つことはあれど、結局彼らは最初に刷り込まれたそのルールの異常さに気付かなかった。

『王冠を被っている人間が王』だなんて。我ながら馬鹿馬鹿しくて涙が出る。

 それに気付かないのが、今のこの国の正しい袈裟なのだ」


 カンカンカンカン!

 その時、窓の外からざわざわ騒がしい音が少年の耳に届きました。


「来たか」


 王は静かに呟きます。

 少年がカーテンをずらして窓から外を見ると、何百本もの松明たいまつのひかりが、ゆらゆらと揺れながら、この城に向かって来ているのが見えました。

 あれは、なんだろう? 少年は首を傾げます。


「王への反逆だよ」


 振り向くと、王はソファから立ちあがり、小さなナイフをもっていました。


「今日この城に兵士も官僚も、誰もいなかっただろう? 前々から計画されていたこの反逆のためなのだ。

 まあ最も、当人である王に日時から人数まで筒抜けでは、とても計画とは呼べないがね」


 王さまは部屋の一番端の本棚に向かい、そこにしまってあった本をいくつか取り出しました。

 するとなんということでしょう。その本棚ががりがりと音をたてて移動し、棚のうしろに隠れていた小さなスペースがあらわれました。


「反逆が起こる前に帰らせるつもりだったんだが、もう無理だ。わざわざ隠れなくとも危険はないと思うが、念のため君はここに隠れていなさい。彼らは本になんて一抹の興味もなかろう。そこは安全だ」


 少年は促されるままその空間に入りました。本棚が閉ざされる直前、王さまは彼の作った本、『農国律令制度大全』を少年に渡しました。


「これは未来の本だ。未来を担う君のような若者にならば、託しても許されるかもしれない。持っていてくれ。ああ、それともう一つ」


 王は、きらきら王冠も少年に渡しました。


「……可笑しな話だよ。此度の反逆は、急進化をさせてしまった張本人の私ではなく、その“王冠”を狙っているんだそうだ。今だに彼らは、『王冠ルール』の呪縛を破れないんだな。私が王冠を外している内に、それを奪取するのが反逆の目的だそうだよ。だからきっと、私がそれを被っていれば、彼らは渋りながらも私の指示に従うんだろう。反逆を起こしているにも関わらず。忠心的に、盲信的に、だ。

 けれど、それももうおしまいにしたい。私はこれが不都合な進化であることに気付いてしまった。だから、それはもう不要なものだ。きらきら光って綺麗だろう? 君にあげるよ」


 そうして、本棚は閉じられました。


 くらくせまい空間に、抜き取られた本の隙間から薄いひかりが射し込んでいます。少年はせのびをして、部屋のなかの様子をのぞきました。

 最初にすわっていた椅子に、ゆきだるまの王さまはすわっていました。ぼんやりと、天井を眺めて口笛をふいています。

 だれかの足音と声が、部屋の外から、少しずつ、近づいて来るのが解かります。

 ゆきだるまの王さまは、ナイフを鞘から抜きました。


「――――――」


 銀色が、輝いて。

 足音が、近づいて。

 ドアが、開かれて。

 ゆきだるまの王さまは、じぶんの喉をナイフで切り裂いて、しにました。

 彼の白かった髭が、吹き出す血液で紅に染まる様を、少年は、いつまでも、いつまでも、見続けていました。

 


 静かになって、少年は本棚の空間から脱出しました。

 彼らはやっぱり王冠を探していたのでしょう。王さまの、秩序のあった部屋は、荒され放題でした。



 その中心で、赤い髭をたくわえた、王さまでなくなった王さまは、しんでいます。



 少年は考えます。

 彼はなにをやろうとしていたのだろう。

 彼はなにをいっていたのだろう。

 彼はなにをかなしんでいたのだろう。

 少年は解かりません。

 少年は解かりません。

 少年は解かりません。


 けれど、きっと答えは、この本にあるのではないかと思っていました。

 ――『農国律令制度大全』。

 そして、きっと答えは、この手にあるのではないかと思っていました。

 ――“王冠”。

 少年の両手に、答えがあります。



 『王はすべてを統治する存在』。

 『王冠を被っている人間こそが王である』。



 窓の外にはちらほらと松明が見えます。

 夜の空にはちらほらと星光が視えます。


 少年は分厚い本を抱えて、

 少年は“きらきら”を頭に載せて、

 王の亡骸を振り返らず、部屋を出て行きました。


 血で染まった足跡が、少年を追いかけていきました。

 

 王の呪いは、終わりません。





 end.




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