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ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 こんな生活がいつまで続くのだろう。そう思いながら、日々を浪費していく。27年の時が過ぎ、ボロいアパートに一人暮らし、彼女はいるものの同棲や結婚に興味が湧かない。催促もされないから進展はないが、おそらく彼女も気づいているのだろう。今まで特に目立った人生でもなかった。頭がいいわけでも運動ができるわけでも、ましてや家柄が良いわけでもない。学生の時は勉強そっちのけで友達とネットゲームをしていて、負けが続いたり、悔しい思いをした時はこっそり課金していたものだ。その友達も今や結婚して子どもも生まれるそうだ。羨ましい。ただの普通の人、いや、普通以下か。このまま目立たずに死んでいくのだろう。

 そんなことを考えていたある平日の夜、残業続きで疲れていて家に帰るなり、倒れ込むようにベッドに横になった。


ーーー飯食べて風呂入って歯磨いてから寝ないと次の日がしんどくなるーーー


しかし、睡魔に勝てず、眠ってしまった。




 うっすらと覚醒していく。


「眩しい...」とボソッと呟く。


刺さるような日差し、華やかな人々、ネットゲームのような街並み、目に入る露店には見知らぬ食べ物や雑貨。そんな中に佇んでいた。


「...なんだ、妙にリアルな夢だな」

これは確かに夢だ。しっかりと理解している。


「現実逃避もここまでくると笑えるな。少し歩くか」

行き交う人たちを避けながら、周りを見渡し、歩いていく。


「獣人にエルフ...人の身長や髪の色もかなり違うな」


花の都パリのような街並みの中、キョロキョロしながら歩いていく。武具屋やアクセサリー屋が多い。よく見ると、腰に剣を携えていたり、ローブ姿に杖を持ってる人もいる。アニメやゲームの世界に迷い込んでしまったみたいだ。

しばらく歩いていくうちに、路地に吸い込まれるように入った。

そして、直感で"自分の家"だとわかった。


「夢なんだからもっと豪華にしてくれよ」

ドア開けると、意外に広い部屋が現れた。


「なんだ..住みやすそうな部屋じゃないか」

一安心して、ソファに座る。

家電と呼ばれるものは一切なく、壁には街の地図やよくわからないポスターが貼ってある。本棚を見ると見慣れない文字が目に入る。日本語ではないが理解できる。再び地図を見る。今いる街はキャンパというらしい。


「ふーん、我ながら設定が幼稚だな」

本棚にある本を適当に取る。

「雑誌か?」

ペラペラとめくりながら読んでいく


剣技、魔法、魔物、ダンジョン、王族、血統、お尋ね者などなど、まさしくゲームの世界。


「俺も魔法つかえるのかな」

まだよくわからず、いろんなポーズを取るが何も起こらない。

「まぁゲームのようにはいかないか」



再び街を歩く。興味のあるものばかりだ。

なぜか異性は全て美人に見え、テンションが上がる。

そして、ガラスに自分の姿が映る。

「!?これが俺なのか!?」

なかなかにイケメンである。いやこの世界ではこれが普通なのか。わからない。


また歩き始める。みんながイケメンってわけではないみたいだ。

街の外に出る門を見つけた。 


「外に出てみるか...」

どんな魔物に会えるのか少しワクワクしながら門から一歩出ようとする。

「おい、待て」と声をかけられる。

鎧を装着した兵士だ。いや門番か?ちょっと怖い。


「そんな薄着だとすぐ死ぬぞ。それともユニークスキル持ちか?」


「あーっ、ちょっと外見てただけだ。ユーモアスキルなら持ってるぞ」


「ここ最近、街の外でゴブリンが大量発生してて危険だから迂闊に外に出るな」


冗談が通じない。


「へーい、気をつけます」


大人しく振り返り、歩き始める。


「即死イベかよ。外に出るには装備を整える必要があるな」

武具屋を探す。見渡すと割といっぱいある。


「高そうなのから手頃そうなのまで揃ってるな。結構良い街なのか」

そして、1番ボロ・・・安そうな武具屋に入った。


「いらっしゃい。ゆっくり見ていってな」

店主は人が良さそうなおっちゃんだ。

武器は剣、槍、斧、弓、杖、ナックルや鉄球もある。防具は兜、鎧、盾、ローブと初期装備は揃っている。


「値段が...500ジェム?そもそも持ってるのか?」

おもむろに服のポケットを探す。


「むむ、コイン発見!10ジェムか」

歩いてる時に見かけたサンドイッチが10ジェム。そうすると大体の金額が理解できる。むむむ


「さて、家に帰って作戦を練るか」ドアを開ける

「お、またきてなー!」と後ろから声をかけられた。

優しいおっちゃん。初期装備はここで揃えようと決心した。


自分の家に向かう。

ドアを開け、ソファに座る。


「そういえば部屋の中、あんまり見てなかったな」

隣にも部屋がある。寝室だ。


「ベッドか。寝心地を試そう」

横になる。フカフカで気持ち良い。


「この世界なかなか気に入った」

少し疲れたので、まだ明るいが昼寝することにした。




ーーーーーーーーーーーーーーーー



目が覚める。

白い天井、見慣れたカーテン。現実。

「あぁ、また始まるのか...」

厳しい世界に戻ってきた。時計を見ると、いつもより30分ほど早い。

「そんなに眠れてないけど、割と目覚めはスッキリだ」

テレビをつけ、ニュースを見る。会社のお金を横領した人が逮捕されたらしい。プロ野球の選手がまたホームランを打った。野球はよくわからないが、この選手は日本で連続ホームランの快挙を成し遂げている。そのうちメジャーにいくのだろう。天気予報に変わる。一日中晴れ。3月上旬、少しずつ暖かくなってきているが、まだまだコートは手放せない。服選びが難しい時期。

歯を磨き、シャワーを浴び、飯を食べる。

昨日の遅れを取り返した。

身支度をし、家を出る。


通勤電車で夢のことを考えていた。

ーーやけにリアルで、良い夢だったな。今夜も見れるかなーーー


職場につき、自分の席に向かう。

上司がやってきた。

「昨日の仕事がまだ納品されてないそうだ!佐藤どうなってる!」

挨拶よりも先に怒られる。

「まさかまだ終わってないなんてことないよな!?今すぐ届けに行ってこい!」

・・・・はぁ、しんどい

職場の椅子に座ることすら許されずそのまま外に出ていく。

「ちっ、納期まだ先のはずだったろ、、さっさと届けて仕事に戻るとするか」

納品先のオフィスに入り、出来立てほやほやの資料を渡すと、ハゲた小さいおっさんが、

「いつも無理言ってごめんねー!また頼むからね!」

と笑顔で言われる。心の中で舌打ちをしながら

「いえいえ、こちらこそいつもありがとうございます。またよろしくお願いします」社交辞令を交わし、会社を後にする。

いつものパターン。通常の納期で依頼をして、後から納期を早める。

基本的に上司が電話対応するので、早まった納期をなんとか終わらせるのはいつも部下の役目だ。ハラスメントに厳しい現代ではなかなか珍しい体育会系のブラック企業。しかし慣れとは恐ろしいものである。最初こそはきつかったものの何年かすればそれが当たり前になってしまう。


「おお佐藤戻ったか。次の仕事机の上に置いといたから」

ーーはぁ、いないのをいいことに勝手に仕事置きやがって。


1日が終わり、帰路につく。

いつもと同じ帰り道。しかし、なぜか少し落ち着かない。

昨日見た夢のせいだ。

「また見れるかな」

呟いた瞬間に急に恥ずかしくなった。

「精神年齢低すぎかよ。さっさと明日の準備して寝よう」

途中、家の近くのスーパーに寄り、半額になった弁当を買う。遅めの夕飯。

帰って早々に風呂に入り、寝巻きに着替える。

「今日は勝ちだな。いただきます。」

弁当を食べ、缶ビールを飲み、歯を磨く。


そして、ベッドに入る。

部屋は真っ暗。意識が遠のいていく。


ーーーーーーーーーーー



5000ジェムを握りしめ、武具を買いに行く。

武具と言っても探しているのは短剣だ。

剣や槍は振ったことないし、斧は重そう。

杖は魔法使いのイメージだけど、魔法は使えないし。

その他もよくわからない。

包丁ほどの短剣ならいろんな用途に使えそうだからという理由で短剣を買う。


あのおっちゃんがいる武具屋に着く。

3000ジェムの短剣。なかなか良い短剣だと思う。

日本円で10万くらいか。わからない


「にいちゃん!短剣はいいぞ。小回りきくし、付与も簡単だからな。見たところによると、これから外に行くんだろ?この短剣をしまえるベルトもおまけでつけとくよ」

気前のいいおっちゃんだ。


「ありがとうございます。ちなみに短剣に合う防具でおすすめは?」


「そうだなー、せっかくの軽装だから重くならないように、この胸当てなんかいいんじゃないか?」


胸当ては1000ジェム

よし、それも買おう。


「毎度あり!」

「そういえば、付与って....なにが付与できるんです?」


「短剣の付与は限られてはいるが、致命傷を与えるのが難しいから毒を仕込むやつが多いなぁ。あとは炎系の魔法をつけて洞窟の光源にしたり料理に使う火を焚べたり、まぁ使い方はさまざまだな」




なるほど、武器に何を付与するかで用途も変わってくるわけか。


「付与はここでもできるのか?」

「ここじゃできねぇ、すぐ近くに魔道具屋があるからそこに持って行きな」


気前のいいおっちゃんの店を後に、魔道具屋に向かう。

なかなか老舗の常連以外入りづらいような店構えだが、勇気を出して扉を開ける。

すると、明るい女性の声が聞こえる。


「いらっしゃいませ!何をお求めで?」


少したじろいだが、負けじと声を張る

「この短剣に付与してもらいたい。いくらだ?」


「短剣ですと...えーっと、炎が500ジェム、毒は1000ジェムですね!」


むむ、毒を選べば無一文、ここは炎か。


「じゃ炎を付与してくれ。」

「かしこまりました!すぐできますので、しばらくうちの商品でも見ていてください!」


言われるがままに店内を見渡す。

魔道具。瓶に入った回復効果がある液体。巻物。付与の終わったアクセサリー。ありとあらゆるものが、独特な光を放っている。これら全てに魔法が付与されているのだろう。


一定時間姿をくらます指輪100ジェム

初級回復薬50ジェム。中級は100ジェム、上級は300ジェム。

魔力の回復を促す付与がされているペンダントは500ジェム。


巻物は魔法の習得方法が書かれているようだ。

中身は初級魔法の炎、水、雷、木、氷、風がひとつずつある。各3000ジェム。


「お待たせしました!短剣に炎の付与できました!使い方は、微量の魔力を込めると発動します!あとはイメージ通りの使い方をするだけです!」


「ありがとうございます。ちょっと試してもいいですか?」すぐ使いたがるのは悪い癖だ。


「店内での使用はお控えください!街の外のスライムならちょうど良いかと!」


「ありがとうございます」


街の外か。この装備ならとりあえず大丈夫だろう。

残り500ジェム、初級の回復薬くらい買っておくか。と回復薬の入った瓶を手に取る。意外と軽く、小さい。


「これもください」

「50ジェムです!ありがとうございます!」


よし、準備は整った。

早速、街の外でスライムを探そう。


足早に街の外に向かう。

門の前には相変わらず無愛想な門番。

今回は大丈夫。胸を張っていこう。


「おい」

「!?なんですか?」


「あまり遠くに行くなよ。あと森には大型の魔物がいるから気をつけろ」

「....はい、覚えておきます。」


「気をつけて行ってこい」

「...ありがとうございます。」


無愛想ながら心配してくれている。優しい。

よし、スライムを探そう。

街を囲う門の外壁に沿って歩いてみる。

なかなかに大きい街だ。


すると小さく半透明な薄青い生き物を見つけた。


「いた。あれがスライム...数は2体か。よし」


ゆっくり気づかれないように近づき、一気に襲いかかった。


水を切ったような感触。スライムが敵意を表してくる。

よくみると、半透明の中に核らしきものがある。


「定番だな、そこだ!」


核を突く。するとスライムがちりちりとに消えていく。核を壊せば倒せるらしい。


「あと一体!」集中する。


スライムが形を薄く伸ばし、飛びかかってくる。

横に避け、核を狙うも外す。


スライムはどうやら頭を狙って飛びかかってくる。

頭にまとわりついた窒息させる気だ。

だが、動くスピードが遅いので簡単に避けられる。


「初心者にはうってつけの相手だ。」


すると、スライムの形が尖り突っ込んできた。


「!?危なっ!」


ゾッとした。

ギリギリ避けられたが、腕をかすっている。

よくみると服が破れている。

核を先端に移動させ、捨て身の体当たり。

スライムといえど、死にたくはない。



「そりゃ窮鼠も猫を噛むよな」


どこか浮き足立っていた気持ちが今の一撃で引き締まった。

スライムの行動に意識を集中させ、核を狙う。

そして、一気に駆け出す。


バキン と音が響く。

短剣が核を貫いた。


2体目のスライムもチリチリと消えていく。

そして、消えていくスライムから何かが落ちる。


「これはなんだ?スライムの結晶か?」


拾い上げ、まじまじとみる。

黒い透明の石。中から不気味な光が溢れている。


「とりあえず持って帰ろう」


こうして、初めての魔物との戦いが終わった。

終わったのだが、冷静になって考えると怖くなった。


「あのスライム、俺を殺そうとしたんだよな....」


異世界の夢の中で完全に浮かれていたのだ。

スライムはゲームの中でこそ、序盤に出てくる定番の敵。倒せて当然。むしろ、得るものが少ないので出会いたくないほどの存在。そんな相手に殺されかけたのだ。決死の一撃をまともに喰らっていたら、今頃どうなっていたのだろうか。


ここはゲームの世界ではない。


死の概念がしっかりと感じた。


教会で復活やセーブポイントからリスタートというわけではない。

死ぬのだ。死んだ後、捕食される。もしかしたら捕食されながら死ぬのかもしれない。

考えただけでも恐ろしい。

調子に乗って、ゴブリンの群れに挑もうものなら....


「帰ろう..帰って休もう...」


街に戻り、自分の部屋で休もう。

そう考えながらトボトボも歩いて街の門を通ろうとしていた時


「よく戻った」


門番から声をかけられた。


「お前くらいの若者が街の外に出て、消息不明になることは珍しくない。魔物に殺されたり、盗賊や奴隷商なんかに誘拐されたりな。毎回、それをただ見送るのは寝覚めが悪い。だから、よく帰ってきてくれた」


不意に泣きそうになった。


「今日は帰って休め。そして、今日の経験をしっかり生かせよ」


頷くことしかできなかった。

そこから自分の部屋のベッドまでどう帰ったのかはあまり覚えていない。

泥のように眠りにつく。


----------------


いつもの天井だ。

体はしっかりと睡眠を取れている感じがするが気分は重い。

日本では命を失う危険な状況なんて滅多にない。

安心感からか。脱力してしまっている。

テレビをつけ、ニュースを見る。

人気お笑い芸人が浮気をしたらしい。

興味のない自分には関係のないニュースだがなぜか安堵し、仕事に向かう気になる。

着替えを終え、軽い朝食を済ませ、職場に向かう。

いつも通りの1日。仕事で追われ、上司に怒られ疲れて帰る。そんな1日。だが、なぜか悪い気はしない。


命のやり取りがトラウマになっていた。

あの夢から逃げるようにしっかりと夕食を食べ、シャワーを浴び、明日の準備をした。

そこに前回のような気持ちはない。


「普通に眠れば普通に起きれるよな....」


意識が遠のく。




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