精霊王に願うこと
ドーラン国王太子によるシリル国の制圧はあっけないほど容易に終わった。
その場にいた側近を始め護衛達の中に国王を守ろうとする者はいず、側近の計らいですぐに宰相と話し合いの場が設けられた。
以前から国王の政治に不満を抱いていた宰相と側近はあるがままの現状をフェンシルに伝え、自分達も罰を受け役職を辞すると述べた。多少の兵による反乱はあったものの、フェンシルが連れて来た兵たちがそれをすぐに制圧した。
それから三ヶ月。
突然のドーラン国による制圧に貴族も国民も驚いたが、その理由を知りシリル国王家への信頼は地に落ちた。もちろん不満を抱える者もいたけれど、ドーラン国となったことで充分な援助物資が王都から届き食料不足は急激に解消した。
腹が膨れれば不満も減る。薬や医者、それから堤防を築く技術など様々な支援を打ち出せば貴族たちからの不満も消え失せ、むしろドーラン国となったことを喜ぶ者が増えてきた。
そこにきて「精霊の加護」の印を持ったレイチェルの存在は大きかった。
「病気が治った」
「川の氾濫が無くなった」
「不毛の山脈から金が出た」
「春には西の砂漠地帯でも小麦を育てることができるそうだ」
皆が口を揃えて「精霊王の加護」を持った少女のおかげだと言う。
そのたびにレイチェルはいたたまれない気持ちでいっぱいに。
「病気が無くなったのはドーラン国から薬が届いたおかげですし、氾濫がなくなったのは堤防を築いたから。金と砂漠の緑化はもっと以前からのことです。私は何もしていません」
眉間に皺をよせ罪悪感に苛まれるレイチェルの頭をフェンシルがポンポンと撫でる。
場所は王城にある一室。城にはドーラン国からフェンシルが連れて来た兵と使用人しかいない。シリル国時代の兵は念のため違う部署へ配置換えし、使用人達はドーラン国から来た貴族に雇われることに。
目立った反抗がないとはいえ、彼らをレイチェルの傍に置くのは危険とフェンシルが判断したためだ。
「そんなに嘆くことはない。民たちも口では『精霊王』と言ってはいるが、実際に誰が何をしているか分かっている」
「そうだと良いのですけれど……」
どこか上の空で答えながら、レイチェルは目の前のテーブルにある紅茶のカップを手にする。でも、それに口をつけることなく、琥珀色の液体に視線を落とすばかり。
「うん? 気になっている理由が他にあるのか?」
ソファに並んで座っているレイチェルの顔をフェンシルが覗き見ると、逡巡するように目線を泳がせた後、レイチェルは顔を上げた。
「私はずっとピットに助けられてきました。飲み水だけでなく必要な水は頼めばすぐに手に入りましたし、湯だって簡単に沸かしてくれます。火を起こすことすらできませんでした。いえ、出来るようになろうとしなかったのです」
精霊の力を借りることが当然となっていて、してみようとさえ思わなかった。
「私、思うのです。シリル国が他の国より技術面でも医療面でも劣っているのは、精霊王の力を頼り努力をしなかったこともあるのではないでしょうか。近隣諸国が切磋琢磨して、強い稲を開発したり、新薬を作ったり、土木の技術を向上したりしている中、シリル国民は何もしてこなかった。この国が貧しいのは精霊王に見放されたからではなく、努力をしてこなかった結果ではないかと」
「……なかなか手厳しいな」
「申し訳ありません。でも私自身がそうだったので」
『レイチェルは俺の力を必要としないのか?』
心地よい低音が響きフェンシルの肩がビクッと震え視線が宙を彷徨う。
「レイチェル、確認だが精霊王はいつからこの部屋に」
「私達が入って暫くしてからでしょうか。前のソファーの真ん中あたりに座っておられます」
フェンシルの唇が片側だけピクリと上がる。二人っきりだとばかり思っていて、危うく本題を口にするところだった。表情に出さずとも狼狽が滲んだ瞳を精霊王は面白そうに眺めると、視線をレイチェルへと戻す。
『俺に願うことはないのか?』
「……ありません。大きな力は歪みを伴う諸刃の剣。ですが人の努力によって得られた結果は普遍のものだと思います」
『まったくお前もピットも俺の力を必要としないな。あいつも俺の力は引き継がないと言っているし困ったものだ』
シリル国にいた時はフワフワとした少女だったのが、ドーラン国に渡り自分の足でしっかりと地に根をおろしたレイチェルは、凛とした目線で精霊王をまっすぐに見つめる。その視線の強さに精霊王は困ったと言いながらも優しく目を細めた。
ピットが精霊王の分身だということは理解したけれど、「力を引き継ぐ」の意味がよく分からない。
二人そろって首を傾げ、詳しく聞いてよいのかと目線を合わせていると、ギシッとソファーがきしむ音がして精霊王の姿がフェンシルにも見えるように
『聞きたいことがあるなら今のうちにきけ』
「……では」
『レイチェルではなくお前が聞くのか、まぁよい。なんだ』
つまらないとばかりに眉を顰める精霊王は確かにピットに似ているようで。いや、この場合、ピットが精霊王に似たのか。
「はぁ……。あの、ピットが力を引き継ぐとはどういう意味なのですか?」
『言葉の意味そのままだ。精霊王とて無限に時を生きられるわけではなく、人間に比べてはるかに寿命は長いが終わりはある。最期が近づいてきたと自覚すると、自分の身体の一部から分身を作り出し次期精霊王として育て教育するのだ。そしてその時が来れば持っている力を全て分身に与える。この時点で分身は本体となり、俺は消滅する』
淡々と述べられる言葉は予想を超えて重いものであった。では、精霊王は間もなく死ぬということなのか、そんなことを微塵も感じさせない悠然とした態度は、達観したようにも、もしくは長年その時を待っていたようにも見える。
「ではこのようにお話しする時間も余り残されていないのですね」
『レイチェル、そのようにしんみりとするな。俺はこれで良いと思っている。人間の身勝手さにもほとほとうんざりしているしな。精霊王の力を頼り切り、少し雨が続くと精霊王は何をしているんだと文句をいい、自分たちの不衛生で病が流行っても俺のせいにする。長雨が必要な時もあるし人間の不始末を尻ぬぐいするのは俺の仕事じゃない』
「申し訳ありません」
『なぜレイチェルが謝るんだ?』
「私も精霊の力を頼ってきた一人ですから」
『それは気にするな。少なくともピットは嬉々としてやっていた。だが、俺ほど大きな力が欲しくないというあいつの気持ちも分からなくはない』
精霊王が大きく息を吐く。
深いため息にはいろいろな思いが含まれているのだろう。
ピットが力を受け継がず、レイチェルが精霊王に何も望まないのであれば、この先、大きな奇跡が起きることはない。
でもそれでよいとレイチェルは思う。
『俺の力を必要としないのなら、レイチェルがシリル国に居座る理由もない。フェンシル、国王が健在とはいえそろそろドーラン国に戻らなくてはいけないのではないか』
「よくご存じで。近々信頼のできる家臣がこの城に来ます。彼にこの領地のことは任せ、俺はそろそろ国政に戻るつもりです」
なるほど、それを踏まえてのこの話の流れだったのか、とフェンシルが納得する中、帰国を示唆されたレイチェルは戸惑いを隠せない。
(フェンシル殿下がドーラン国に戻る日が近いとは思っていたけれど、……私はどうなるの?)
離れたくない。そうはっきりと思った。
この話を書き始めた時は精霊王の加護のもとハッピーエンド、と思っていたのですが、書いているうちにそれでいいのかって思ってしまって。
人間が身勝手だ、と思うと筆が進まず苦労しました。
初志貫徹するか、ラストを変えるか悩んで変えました。思ってないこと書くの無理〜!
ラスト一話はハッピーエンドとエピローグのようなお話。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。




