シリル国王との対峙.1
『レイチェル、もう一日休んだら?』
「大丈夫よ。沢山寝たらすっかり良くなったわ」
『でも、今日お客さん少ないし』
一日休んで体調が戻ったレイチェルは、花屋を開けることに。でも、珍しく朝から客は殆どこない。
「聖夜祭まであれだけ忙しかったものね……」
レイチェルの花籠はすぐには枯れない。切花も寒い時期は長くもつ。それぞれの家に花が飾られているのであれば、それが枯れるまで暇な日が続きそうだ。
(このまま来年になるのかな)
それはそれで仕方ない。溜まっている帳簿の整理や、春に向けてフラワーアレンジメントの教室も開きたいからやるべき仕事は沢山ある。
レイチェルが帳簿を広げ、売上を書き留め始めた時、ドアベルがカラリとなった。
「いらっしゃいませ」
入ってきた三十代ほどの女性は戸惑いながら店内をキョロキョロと見回す。
「どのようなお花をお探しですか?」
初めての客だろうか。でも、どこかで見た気もする。それが何処か思い出せないけれど。
「あの、こちらでは頼めば屋敷まできて飾り付けをしてくれるとお伺いしたのですが」
「はい。事前に部屋の大きさや好きな花、色などを確認してお宅までお伺いしたことはありますが」
女性はそうですか、と言って暫く考えたあと
「私の雇い主に花のアレンジを教えて頂きたいのですが、足が悪くこちらまで来れません。特に花の指定などはないのですが、早く連れてくるようにと言われまして」
「早く、とは?」
「できれば今日にでも」
「今日ですか!?」
それは急な話だと思うも、店に客はいない。この調子だと今日は一日こんな感じで終わりそう。
女性はおどおどと落ち着かない様子ながら、「是非」「お願いします」「馬車も近くに用意しています」とレイチェルに畳みかけるように頼んでくる。
(もし私が断って彼女が主人から怒られては可哀想)
聞けば屋敷はそれほど遠くない。馬車で三十分ほどで、アレンジを教えるだけなら二時間もあれば充分。合計三時間の外出なら、良いかと思う。
「分かりました。では、花と籠、それから道具を準備しますから少しお待ちください」
レイチェルは裏口や二階の戸締まりを確認すると、必要な荷物を詰めながらピットを探す。
いつもは肩や頭上にいるのに今は窓の前でふわふわ浮遊している。
「どうしたの? 難しい顔しちゃて」
『……うん』
「ドングリ食べ過ぎた? あれは食べ物としてどうかと思うわ」
『違う、そうじゃなくて……』
ピットは口を固く閉ざし思案したあと、泣きそうな顔でレイチェルを見上げる。
『レイチェル、俺、また出かけなきゃいけない』
「帰ってきたばかりなのに?」
『うん、……だから、レイチェル一人で頑張れる? 本当に危なくなったら絶対に助けるから』
「頑張るけれど、本当にどうしたの? ピットこそ大丈夫?」
レイチェルはピットのあまりに真剣な様子になにがあったのか詳しく聞こうとするも、ピットは天井付近まで浮かび上がる。
『じゃ、レイチェル。行ってくるね』
そのまますっと天井をすり抜け、ピットは姿を消した。
レイチェルは暫く何もない天井を見上げたあと、はっと思い出し鞄に荷物をつめて店へ急ぐ。
「お待たせ致しました」
「ご無理を言ってすみません。荷物をお持ちします」
今回は花と籠もあるので一人で持ちきれない。その言葉に甘えてレイチェルは籠と海綿を渡すことに。
女性の名前はルリと言って、馬車は近くの公園に停まっているらしい。フェンシルも利用しているこの公園は、見どころとなるような花も木もなく、住宅街にポカリと空いた空き地に近い。
前を通り過ぎる人はいても、誰もレイチェル達を気に留める素振りはなく公園に入ってくることもない。
「こちらになります」
開けられた馬車の扉にレイチェルが礼を言いながら乗りこんだ瞬間、馬車の反対側面に隠れていた二人の男がいきなり現れ、ルリを押しのけ中に入ってきた。
「静かにしろ!!」
低い怒声とともに口を塞がれて、声を上げることができない。抵抗しようと手足を闇雲に動かすともう一人の男がのしかかってきて、荒縄で手首と足首を一つに纏め締め上げてしまった。
(助けて!!!)
わけも分からず乱暴に扱われ、恐怖と手首の痛みに喉から悲鳴が漏れる。のしかかってくる男達の重さで身動き一つできず頭はひたすら混乱するも、逃げなくてはとだけはっきりと思う。それなのに手早く猿轡をかまされ、恐怖は一層増してくる。
「おい、少し縄を緩めろ。男二人にそれほどの抵抗はできない」
「でも、もし逃したら……」
「見捨てられた姫とはいえ、王家の血を引く。乱暴に扱ったことを咎められたらどうするんだ」
(姫……王家の血)
ルリによって馬車の扉は閉められ、手綱を振るう微かな音と御者の声が聞こえると馬車は動き始めた。カタカタという振動が押さえつけられた床から響いてきて、その振動がどんどんはげしくなっていく。細い路地を走る速さではないと、汚れた馬車の床を見ながらレイチェルは思った。
男二人に抱えられるようにして身を起こされ、椅子に座らされる。首を捻り外を見ると、馬車は人通りの多い道を避けているようで、ぎりぎり通れる細い路地を凄い速さで走っていた。
「あの女は、昔城で働いていたのです」
もう少し縄を緩めろと言った男がレイチェルの隣に座る。五十代の男で無精ひげを生やしているけれど、ならず者とは思えない品の良さが微かに伺える。それにレイチェルを姫といい、城という言葉も出て来たので、騎士か傭兵ではないだろうか。
しかし、城とはシリル国、ドーラン国どちらのことを言っているのか。
「数度ですがレイチェル様とお母上様が暮らされていた塔に食事を運んだことがあったそうです」
塔での暮らしを知っているなら、シリル国で王宮勤めをしていたことになる。
髭の男は自分とルリの夫が旧友であること、レイチェルを探しにドーラン国にきたこと、しかし城にいなかったので昔の馴染みに声をかけ捜索していたことを話した。
「すると、ルリがレイチェル様のお母上そっくりの娘を街で見かけたと教えてくれました。」
そこまで話すと、男は「叫ばないでください」と言いレイチェルの猿轡を外した。
「……私のことを探していたのですか?」
「はい、国王からの命令で。詳しいことはシリル国に着いたらお話いたしますのでどうかそれまで暴れないでください。私達は貴女を傷つけたくはないのです」
恐怖はある。できることなら今すぐにでも逃げ出したい。
(でも逃げ切るのは不可能に近い……)
それならば、ひとまず大人しくして隙を窺うべきだと結論づけたレイチェルは、大きく頷いた。
今はそれが最善の道で、少なくとも殺されたりどこかに売られたりすることはなさそうだ。
(いざとなればピット……だめだわ。ピットはいない)
こんな時にどこに行ったのかと、苛立たしく思ってしまう。
これほどピットの助けを欲しいと思ったことはないのに。
馬車が先程よりは少しスピードを落とし、大通りへと出る。
黒い古びた馬車が、通常の速さで大通りを通ったところで、それを気にする人間はいない。
街の景色にごく普通になじみながら馬車は北を目指す。
レイチェルの前にはもう一人若い男がいて、背後にある窓をあけると御者と何かを話している。
「どうした?」
話し終えたところに髭の男が声を掛ける。
「はい、実は馬車を走らせてすぐに走って追いかけて来る者がいたようです」
「走ってか? だれだそれは?」
「これは推測ですが、ドーラン国はレイチェル様を監視、もしくは護衛していたようです。ですが流石に振り切りましたのでひとまずは安心かと」
その言葉にレイチェルは目を丸くする。
(……フェンシル様が私を心配してずっと……)
胸に熱いものがこみ上げてくる。
一人暮らしをずっと心配してくれていた。
女一人で商いをしているのに、変な輩に絡まれることもなく順調に仕事ができているのは、街の治安が良いからだと思っていた。
遠ざかる街の景色を見ながら、連れ去られたことを知ったフェンシルがどれだけ心配するだろうと思う。
窓の景色はただ瞳に映るだけで、
今までフェンシルと過ごした日々が鮮やかに蘇り、レイチェルの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
本編は緊迫してきました。暫くピットとフェンシルはお休み。
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