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聖夜祭は忙しく楽しいものです.3


 聖夜祭が近づくにつれ、客足も伸びてきて閉店時間を過ぎても仕事が終わらない日々が続いていた。

 朝は早起きして花籠を作らなきゃいけないし、夜はハンカチに刺繍をする。その合間を塗って近くの公園にどんぐりも拾いに行った。



(……疲れた)


 聖夜祭当日、冬だというのに額に滲む汗を袖口で拭いながら、レイチェルは台所の隅にある椅子に腰掛けた。パン屋のアルルが見かねて昼食を持って手伝いに来てくれたので、お昼を随分すぎたけれど食事にありつけることに。


(ここ数日、お昼ご飯食べれなかった……)


 こんなに忙しくなるとは思っていなかった。

 これは本当にサナに手伝ってもらわなければいけないかも知れない。 


 聖夜祭がこんなに大きなイベントだとは知らなかったし、世の中は人に溢れているのだとつくづく思う。


 寝不足が続き身体が重くて頭も痛い。昨晩は刺繍を仕上げるために二時間しか寝ていないので、気を抜けばこのまま寝てしまいそうになる。


 聖夜祭当日は、夕方には店を閉めそれぞれが家族や恋人と過ごすのが通例らしく、リーチェ花屋もあと数時間で閉店。それに合わせてフェンシルが訪ねてくることになっている。


 どこかに食べに行くかと聞かれたけれど、人混みは苦手だしピットがいつ帰ってくるか分からないから、家で食事をしたいと伝えたところ、ロンが食事を作りに来てくることに。

 

 もうすぐ約束の時間ね、と時計を見るのとほぼ同時に裏木戸の開く音がした。裏口を開け見に行くと、大きな料理道具をかかえ、食材の詰まったこれまた大きなリュックを背負ったロンが立っている。


「レイチェル様、お久しぶりです」

「ロンさん、わざわざありがとう。こんなに沢山持って来てくれたんですね」


 背中のリュックの膨らみを見ながら、こんなに食べれるだろうかと思う。


「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫ですよ。日持ちのする料理もありますから残りは数日に分けて食べてください。それでなくても細いのにここ数日まともに食事を摂っていないから、げっそりしてますよ」


 そんなに痩せたかしら、と思うと同時にあれ、と疑問も浮かぶ。


「どうして、私が忙しくて食事を摂れていないことを知っているの?」

「フェンシル殿下から聞きました」


 当然、といった感じで答えるとロンは台所に大きな鍋を置き、シンクに野菜を出し始めた。


(フェンシル殿下から?)


 では、フェンシルはどうして知っているのか。レイチェルが首を傾げたところで、店からアルルの声がした。どうやら花籠の注文が入ったようで、レイチェルは疑問を頭の隅に店へと急いで戻ることに。



 夕方、レイチェルが店を閉める時間に合わせたようにフェンシルが現れた。「本来ならこういう時は花束を渡すんだろうけれど」と言いながら、いろんな色のドライフルーツが詰まった透明の瓶を渡す。


「ありがとうございます」


 手のひらの長さより少し大きな瓶をレイチェルは両手で受け取ると、瞳を輝かせた。


「花屋に花を贈るわけにはいかないのでな。これなら忙しい時につまめるだろう。食事代わりにはならないけれど、多少は空腹は紛れる」

「そういえば、フェンシル殿下、どうして私がお昼を食べていないことをご存じなのですか?」


 ロンに言われたことを思い出して聞けば、フェンシルは珍しく視線を彷徨わせるもすぐにいつもの甘い微笑みを浮かべる。


「この時期花屋は忙しいものだからな。それぐらいは想像できる」


 なるほど、とレイチェルは素直に頷いた。



▲▽▲▽▲▽▲フェンシル視点▲▽▲▽▲▽


 ロンが用意してくれた料理は既にテーブルに並べられていた。本来なら一品ずつ出す料理だけれど、全種類が並べられているのはロンがすでに帰ったから。

 理由は彼も今宵は家族と過ごすからで、フェンシルが頼んだからではない。もっとも帰りたいと言い出さなければそう命じていたが。 


 席についていつもと違うことに気付く。緑の細ながい胴体が今日は視界を横切らない。それは食事を始めてからも一向に現れる気配がないのだ。


「そういえば先程からピットの姿が見えないが」

「一週間前に出かけました。今夜、帰ってくるはずです」

「では、この一週間一人だったのか?」

「はい」


 当然というようにレイチェルは答えるも、フェンシルは口元近くまできていたフォークがピタリと止まる。


(……俺はもしかして勿体無いことをしたのではないのだろうか)


 この一週間を無駄に過ごしたのではと、妙な後悔が胸をよぎる。見張りの者は立てているがピットの姿はもとより見えないので、異変に気付くはずもない。


「フェンシル殿下、そんなにがっかりしなくても、もうすぐ帰って来ます」


 フォークを皿に戻し額に手を当て後悔に視線を落としたフェンシルを、どう勘違いしたのかレイチェルが励ます。


「……いや、そうではない。この一週間、ひとりにさせてしまったなと。心細くかなかったか」

「忙しかったので寂しいと感じる時間もありませんでした」


 ふわりと笑う純朴な笑顔は屋敷にいた時と変わらない。だけどこの数ヶ月で芯の強さが垣間見えるようになった。


 つけた護衛の報告によれば、この数ヶ月大きなトラブルはなかったらしい。難癖をつけて商売の邪魔をすることで有名な男が店を訪れた時は、護衛も客のふりをして店に入ったけれど、レイチェルの純粋な態度に最後には花を買って帰ったらしい。


 もっとタチの悪い男が来た時は、店に入るなりすぐに飛び出してきたという。「見間違いかと思うのですが、ズボンのお尻が燃えていた気が」と報告を聞いたときは聞き流したが、今ならピットの仕業だと分かる。


 だから、厄介なヤツとは思いながら安心もしていたのたが。


 ローストビーフを口に運ぶレイチェルを見ている限り、言葉通り大きな問題もなかったのだろうし、護衛からの報告でもそれは分かる。近所の人間は、レイチェルの純朴さを田舎出身と勝手に解釈し、両親がいない身の上に同情して善意で気に掛けている節がある。気の良い人間が多いこの街を選んだのは正解だったと思う。

 

(それでも、この成功はレイチェルの才能だろう)


 人と関わることが少なかったにも関わらず接客にもすぐに慣れ、意外な才能を開花させた。

 偶然できた海綿は画期的なもので、アレンジの豊富さとセンスの良さも加わりレイチェルの作る花籠を買いに今では遠くの街から人が集まる。

 

 二人はこの数ヶ月のことを話しながら、豪華な食事に舌鼓を打った。



 食後に用意されたケーキをレイチェルが切り分け、フェンシルはシャンパンを開けることに。


「ロンの作るものはどれも美味しいです」


 ショートケーキを幸せそうに頬張りながらレイチェルは頬を緩める。ただ、いつもより口に運ぶ量が少ないように思うのは、食べ終わるのを惜しんでいるのだろうか。


 レイチェルがケーキの存在を知ったのはドーラン国に来てから。それを聞いたフェンシルは驚き、それから暫くはロンに毎日ケーキを作らせたものだ。レイチェルが城を出てからも頻繁にケーキは差し入れをしている。


 フェンシルはその様子を目を細めながら見た後で、小さな小箱を取り出した。


「レイチェル、これを。聖夜祭のプレゼントだ」

「ありがとうございます。私も用意したのですよ、大したものではないのですが……」


 レイチェルは受け取った小箱を大事そうに机に置くと、席を立ち隣の部屋から小さな包みと花籠を持って来てフェンシルに手渡す。


「こんなものしか用意できなかったのですが、いつも気に掛けてくださりありがとうございます」

「ありがとう。綺麗な花籠だ、寝室に飾らせて貰うよ。それから、この包み開けてもいいか?」

「はい、でも期待しないでくださいね」


 フェンシルが赤いリボンをほどき包みを開けると、レイチェルが刺繍したハンカチがでてきた。ハンカチは緑のツタで縁どられ、微妙に色の違う葉が繊細なタッチで刺繍されている。


「これは時間がかかっただろう。凄く綺麗な刺繍だ、ありがとう」

「聖夜祭プレゼントの存在を知ったのが一週間前だったので、これが精いっぱいでした」


 照れたように笑うレイチェルの目の下には濃いクマが出来ている。花屋が忙しいせいだと思っていたけれどそれだけではなかったようだ。


「フェンシル殿下のプレゼントも開けてよいですか?」

「もちろん」


 フェンシルは立ったままのレイチェルに、机に置かれた箱をもう一度手渡す。その時、微かに触れた指がびっくりするぐらい熱いことに驚いた。


「レイチェル、もしかして体調が悪いのではないか?」


 美味しそうに食べていた割にはテーブルには食事が残っている。ケーキも半分ほどしか食べていない。


(無理をしていたのか?)


 そう思った時、レイチェルが膝から崩れるように座り込んだ。手に持っていた箱がコトリと床に転がる。


「レイチェル、大丈夫か」


 背に手を当て支えると、身体全体が熱く息が荒い。視線がぼぅっと定まらないのは決してシャンパンのせいではない。


「大丈夫です。おかしいですね、今夜はそれほど飲まなかったのに、天井がぐるぐる……」


 言葉途中にレイチェルは瞳を閉じ、抱えるフェンシルの腕にズシリと重みがかかった。


投稿、いつもより少し遅れました。

今最終部分書いています。全35話ぐらいになるかと。

ちょうど年内に終わりそうです。お付き合い頂ければ嬉しいです!


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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