孤児院に差し入れを作りました.4
「ねぇ、やっぱり駄目だと思う。ここには燃えやすいものもいっぱいあるんだし。それに、この火どうやって消すの?」
「大丈夫なんだけどな。ほら、そこのバケツにも念のため水を入れてるし……って、からっぽだ」
「えっ!? 本当だ。入れてこなかったのか?」
「俺はお前が用意したとばかり。だったら今から汲んでくるか」
男の子のうち一人がバケツを手に取り、もう一人の男の子にポイっと投げる。
「えっ? お前いけよ」
再びバケツが宙を舞う。それを受けた男の子は笑いながら「嫌だ」と言ってバケツを投げ返す。ふざけた応酬が火の上で続くのをレイチェルは冷や冷やしながら見つめる。
「あ、あの。私がいくから! だからバケツを投げるのをやめて」
「えっ? 行ってくれるの」
男の子がレイチェルに視線を向けるとほぼ同時に、もう一人が投げた胸元にバケツが飛んでくる。あっ、と声を上げ受け損なったバケツは、身体に当たって向きを変え、そのままの勢いで火が燃え上がる空き缶の側面に当たると空き缶共々床にひっくり返った。
空き缶からこぼれ落ちた薪が近くにあった藁に燃え移るのは瞬き一つよりも早く。
あっと声を上げる間も無く火は燃え上がる。
「どうしよう!」
「ここには食糧もあるんだぞ!」
「お前が受け取らないから!!」
「いや! それは……」
「二人とも、言い争うのはあと! 大人を呼んできて!!」
レイチェルは床に転がっていたボロ布を手に取ると、幸い泥で汚れたそれは少し湿ってている。布を握り炎の上に被せ足で踏むも、飛び散った火の粉が別の場所で新たな炎となる。
その様子をみながら男の子達は二階から飛び降り、扉を開けて大人を呼びに行った。
「ピット! ピットお願い!! 水を出して火を消して!!」
納屋に一人になったところで大声で叫ぶも、いつものようにピットは現れない。
レイチェルは新しく上がった炎に布を被せ足で踏むも、新たな火柱がどんどん上がっていく。
「だめ、私だけでは消せないわ」
もう一度、ありったけの声で叫んでもでもピットは来ない。そうしているうちに布まで燃えてきた。
(私も逃げなきゃ)
二階は柵もなにもついていない。下を見れば思っていたより近くに床が見え、これなら自分も飛び降りれるのではないかと思う。
(あの男の子達も飛び降りていたし)
人は焦ると判断力を失う。背後に迫る炎と燻る煙から一刻も早く逃れたいと思う気持ちばかりが、どんどん膨らんでいく。
レイチェルはわずかばかりの戸惑いに蓋をして、その身を宙に投げ出した。
一瞬の浮遊感の後、床に飛び降りた衝撃が全身に響く。そこまでは想定内、あとは男の子達のように扉から外に出れば……
「痛い!!」
降りた時に感じた左足の痛みが、立ちあがろうと力を込めた途端、激しい痛みとなり思わず膝をつく。
「……立てない」
足首に手を当てれば、それだけで鈍い痛みが走り力を入れることができない。
二階の床から一階までは三メートルほど。身軽な子供や身体能力の高い騎士にはなんてことない高さでも、高い場所から飛び降りるには多少のコツも必要。
両足で同時に着地しなければ、片足にかかる負担が増えるし、着地する足が床に水平でなければ足首を痛める。
子供の頃から身体を動かしていれば、自然と身につくコツもレイチェルは知らない。
(どうしよう、歩けない)
這うように壁際まで進み、壁に捕まるようにしてなんとか立ち上がる。
ガターーーン!!
背後で大きな音がして振り替えると、燃え上がった二階の床の一部が、真っ赤な固まりとなり大きな音を立てて一階の床に落下してきた。
飛び散った火の粉と炎は床を這うようにあっと言う間に広がっていく。立ち昇る煙を吸ってしまい咳き込むと、目の前はすでに白い煙で少し先も見えないり
(扉はあっちのはず)
壁に手をついているおかげで、方向は間違えていない。焦らず進むだけ、と思ったけれど煙たくて息が続かず頭がぼうっとして、目が霞む。
(ピット! フェンシル殿下!!)
名前を呼びながら、今まで自分がどれだけピットに頼ってきたのか痛切に感じる。
ピットがいなければ何もできない無力感に歯を食いしばりながら、痛む足を引きずり扉へと向かう。その時、
「レイチェル!!」
大きく開けられた扉、煙の向こうに浮かぶ人影がレイチェルの名を叫ぶ。聞きき慣れたその声に安堵が広がり目には涙が浮かんでくる。
「フェンシル殿下!!」
声のする方を確認する素振りを見せたあと、フェンシルは戸惑うことなくレイチェルに駆け寄ってきた。
「大丈夫か?」
「はい、少し足を痛めまして、でも……」
ガタガタガターーン!!!!
フェンシルの手がレイチェル肩に触れたのと、二階部分が耐えかねたようになだれ崩れ落ちてきたのはほぼ同時。
真っ赤に燃え上がる床板が頭上に迫り、動かないといけないのは分かっているのに身体は硬直して。
「レイチェル、逃げろ!!」
ドンと突き飛ばされたレイチェルが床に倒れながら見た光景は、炎がフェンシルを真上から飲み込もうとするところ。
まるで絵に切り取られたかのようなその光景は、次の瞬間には真っ赤な炎で覆われた。
「フェンシル殿下!」
足の痛みを忘れ、転がるようにかけよれば、大きな木材の下にフェンシルが倒れている。フェンシルの腰から下にのしかかっている柱は、二階部分を支えていた太い柱で、まだ燃えてはいない。
「手を!」
伸びた腕を引っ張るもの、幾重にも重なった柱から抜け出すことはできない。のしかかる柱の下に身体を入れ、持ち上げようとしてもピクリもせず。
「レイチェル、俺のことはいいから逃げろ」
「そんなことできません」
「俺一人ならなんとかなる。だから、行け」
そんなの嘘だ。
そうしているうちに柱にも炎は燃え広がってきて。
レイチェルの瞳から涙が溢れ出す。
ドーラン国に来てからの日々が、脳裏に次々と浮かんでくる。レイチェルにとって、フェンシルほど深く関わった人間はいない。
レイチェルのもとを訪れるたびに渡されたる一輪の花
再び身につけることができた母の形見。
初めて貰った指輪。
(私はフェンシル殿下のために何かしたことがあった? 与えられ、頼ってばかりで。このままこの人を残して立ち去るなんてできない)
己の無力に愕然としながら、宙を見る。
(私には何もできない。だから力を貸して!!)
「ピット!!! お願い。火を消して! 治癒の雨を降らして!! お願いだから私を助けて!」
『任せとけ!』
その声とともに、打ち付けるような大雨が天から降ってきた。雨はどんどん勢いを増し、レイチェルの頭に、頬に痛いぐらいに落ちてくる。
あれほど激しかった炎が見る見る間に消え失せ、黒く細い煙が立ち昇るだけとなってきた。
フェンシルは、突然降り出した雨を朦朧と見ながら小さなうめき声を上げる。なんとか柱の下から出ようと腕を動かしてもがくも、数ミリも前方に進めない。
「ピット、柱をどかして」
突如現れた竜巻のような小さな風の塊が、柱を持ち上げフェンシルと柱の間に僅かな隙間を作る。
レイチェルはフェンシルの上半身を抱え込むと、泥だらけになりながらもその隙間から引きずり出すことに成功した。
「……これはいったい?」
苦痛に顔を顰めながら彷徨うフェンシルの瞳の先には、好戦的な瞳の龍がいた。
物語も半分を超え、やっとピット✖️フェンシルの攻防がかけます。
お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!
☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。




