シリル国の現状
暗めのお話です
レイチェルが国を離れ半年。
シリル国王の元には次々と洪水の報告書と寄付、免税の要望書が届いていた。
「いったいこれはどういうことだ」
もともと災害の多い国ではあった。西半分はもう何十年もまとまった雨が降らず砂漠となっている。もちろん植物も育たず住む人もいない。国の真ん中にある山脈は代々の王が人と金を使って何度も採掘したが、何もでてこない。
特にこれといった特産品もなく、観光に適するような景観の風景も都市もない。唯一の頼みの綱の東の平原では小麦や野菜を作り、何とか食糧を確保してたが、最近は頻繁に川の氾濫が起こり洪水被害があとを立たない。
「どうしてこの数ヶ月、大きな洪水ばかり続くのだ。しかも、疫病がこんなに蔓延するなど今までになかっただろう」
今までも洪水はあった。しかし、川が氾濫しても数日後には流れが変わり、水があっと言う間に引くのでその回数の割には被害が少なかった。それはレイチェルがピットに頼んでしていたこと。
洪水の後には汚水が井戸水に流れ込み伝染病が流行るのだけれど、ピットはできる限りそれも防いでいた。もちろん、一日に浄化できる井戸の個数は数個。すぐに霊力不足になってしまうけれど、それでも多くの命を救ってきたことに変わりはない。
レイチェルとピットがシリル国を出ていったのが夏。
秋は収穫の時期だが、稲穂が実った収穫間近の小麦地帯を大きな洪水が襲い、川の近くの小麦はほぼ壊滅。川から離れた小麦地帯でも蝗害がおき稲穂が食い荒らされた。食糧不足で本来なら来年撒くために確保すべき小麦にも手を出したので、来年以降の不作も決定的。
他の農作物も同じような被害にあって、食糧は危機的な状況。
洪水がさったあとは疫病が蔓延し、下痢や嘔吐の症状を訴える者もあとを立たず、国民はどんどん隣国に移り住んでいく。
「国境の警備はどうだ」
これ以上の国民の流出を防ぐため、国境の警備を強化し通行許可証のある商人以外の出入りを禁止した。それでも脱国はあとを立たない。
「それが、国境近くで疫病が流行り始めたとの報告が」
「なんだと! 国境にはアーバンがいるのだぞ」
国境の警備状況を自ら確認すると、一週間ほど前に一人息子のアーバン王太子が向かった。国王の隣では王妃が顔を青くし、今にも倒れそうに肘掛けに身を預ける。
「すぐに連れ戻せ」
「畏まりました」
一週間後、アーバンはひどい容態で馬車に運ばれ帰ってきた。迎えに行った時は元気で自分で馬車に乗り込んだのだが、帰り道で突然発熱、悪寒、嘔吐に襲われ、王都に着いた時その肌の色は黒く変色していた。
「アーバン、いったいこれは!」
王妃は息子に駆け寄りその身体を抱き抱える。グボッと鈍い音と共に胃液が吐き出された。
「王妃様、離れてください。これは感染症で移ります。国王、どこか王太子を隔離する場所がありませんか? 医師の話では城の一室ではなく離れた建物が良いとのこと」
「それなら、レイチェルがいた塔が。あそこは王宮の端にあるし近くに人が行くこともない」
「国王! アーバンをあの女を閉じ込めていた塔に入れるおつもりですか!?」
王妃が眉を吊り上げ国王に詰め寄る。王妃の実家は公爵家、小さい時に国王の婚約者となり厳しい王妃教育に耐えてきた。
しかし、結婚し息子を産むとすぐに国王は踊り子であったレイチェルの母に懸想を始める。初めは単なる遊びだと見て見ぬ振りをしていたのがまずかったのか、国王は益々踊り子に入れ込み、とうとう子供まで産まれた。
公爵令嬢として、また次期王妃として育てられた王妃のプライドはズタズタに傷ついた。王妃は父と一緒に国王に訴え、母娘を王宮の端にある塔閉じ込め、碌に使用人も配置しなかった。母親が病気だと聞いても医師に見せることもなく見殺しにした。
その塔に息子が入れられる、それは受け入れ難いこと。
「王妃様、ここでしっかり隔離しないと城にいる人全て、国王様や王妃様も感染のおそれがございます。治癒するまでの短い時間ですのでご理解ください」
そう言われれば、さすがに反対はできない。王妃は力なく頷き、王太子は塔に運ばれた。息子が一人で苦しんでいると考えると胸が張り裂けそうだったが、すぐに一人ではなくなった。
王妃にも同じ症状が現れたからだ。
レイチェル達を閉じ込めていた塔に今は王妃と王太子がいる。
因果応報、という言葉を彼女達が受け止めているかどうかは分からない。
「国王、ご報告が」
「今度は何だ! 洪水か、疫病か、それとも伝染病か?」
「いえ、それが、我が国の出来事ではないのですが……」
今は他国のことなど、どうでも良かった。しかし、臣下は頭を下げながら話を続ける。
「西の砂漠地帯で雨が降り続いています」
「何? あの土地でか?」
「はい。商人の話では川ができて草木が生い茂っております。それだけではありません。国の真ん中、今はドーラン国のものとなったあの山脈で鉱物が採掘されているようです」
「鉱物だと! 歴代の王が何度採掘しても何も出てこなかった屑山だぞ!!」
国王は机を叩き立ち上がる。不毛の地が緑に覆われ、屑山から鉱物が採れる。
「あれは数ヶ月前まではシリル国のものだったんだぞ。その恩恵全てをドーラン国が独占するのか」
西の土地を強引に賠償品としたのは国王。あまりにも身勝手な言い分だが、独裁国のこの国にそれを咎める者はいない。
「採掘はどこで行われるている?」
「山の西側で、小規模で行われているようです」
「小規模? それほどの採掘量ではないのか、出てきた物の価値が少ないのか……まぁよい。東側で採掘が行われていないのなら、人を派遣してすぐに採掘作業に取り掛かれ」
「し、しかし。あの山は全てドーラン国のものでして」
「構わぬ。数ヶ月前までは我が国が管理していたんだ。目立たぬようにすれば問題ない」
臣下は畏まりました、と深く頭を下げ部屋を出ていった。それと入れ違いに青い顔をした臣下が入ってくる。国王は深いため息をついた。
(どうして頭の痛い出来事ばかり起こるんだ。この国はいったいどうなっているのだ)
「国王様、ご報告があります」
「今度は何だ」
「王妃様が身罷れました」
「なっ……」
言葉を失い呆然としたあと、ガタリと立ち上がり臣下に駆け寄るとその胸ぐらを掴み揺する。
「どうしてだ! 医師はついていたんだろう? いつのことだ!!」
「それが二日前からアーバン殿下の容体が悪化し、医師も使用人もつきっきりの状態でした。もともと出入りする使用人も限られていたので、二日間誰も王妃の寝室には行っていなかったそうです」
「では二日間、悪化する体調の中放置されていたのか!?」
「皆、誰かが王妃の看病をしていると思っていたようで。今朝、アーバン殿下の体調が回復して、王妃の様子を見にいくと既に冷たくなっていたとのことです」
国王はがくりと項垂れた。婚約時代から合わせれば四十年近く連れ添った妻。
「俺は看取ることさえできずに、彼女は苦しみの中一人でいったのか」
涙が頬を伝う。その姿を臣下は冷めた瞳で見る。
臣下の年齢は国王より上。レイチェルやレイチェルの母親への仕打ちも知っている。踊り子を無理に手篭めにし、自由を奪い閉じ込め、その娘には見向きもせずに他国へ追いやった。言い出したのは王妃であっても、止めなかった国王も同罪。
「それで、……アーバンは無事なのだな」
「はい、峠は過ぎたと。しかし」
そこで臣下はごくりと喉を鳴らした。
「以前のような状態に戻ることは不可能です。ベッドから起き上がることもできるかどうか」
「何! 今すぐ国内中の医師を呼べ! 何とかしろ」
「畏まりました」
返答しながら臣下は考えた。あとどのくらいこの国に医師が残っているだろう。国が困窮すると、土地に縛られない手に職を持っている人々から国を離れていった。大工、職人、商人、そして医師。残るのはその土地でしか暮らせない者ばかり。
扉を閉めた臣下は二度とその扉を開くことはなかった。
今回暗めのお話でした。自業自得ですが。
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