花屋は出張もいたします.1
収穫祭を終えて家に帰ると、拗ねたピットが布団の上でとぐろを巻いてレイチェルを見上げてきた。
その様子にレイチェルは眉を下げながら鬣を撫でてやると、消え入りそうな声で「ごめんなさい」と呟き甘えるようにレイチェルの肩に巻き付いた。
次の日、花屋に来る客に変化が。
レイチェル目当ての男達は鳴りを潜め、代わりに遠方から花屋を訪れる客が数人。午後にはその人数も増えてきた。
「隣町に住んでいるんだけれど、昨晩の収穫祭で見た花籠がとても素敵で。主催者の方に聞けばこちらの花屋だって教えてくれたの」
「ありがとうございます。いくつか出来合いの花籠もありますが、オーダーメイドでもお作りできます」
「それなら昨晩みたガーベラの花籠が欲しいわ。色はそうね、赤と黄色が好きなの」
今の時期、色とりどりのガーベラが店内にはある。
女性の年齢は二十代半ばに見え可愛らしい服装をしている。それなら、とガーベラ以外にかすみ草と丸いシマトネリコを合わせて優しい雰囲気に仕上げると、女性は手を叩き歓声を上げた。
「とっても可愛いわ! 全体的に丸いデザインも、色合いも私の好みにぴったり。ずっとこのままで枯れなければいいのに」
「ひと月はもつと思いますよ。枯れたらまたいらしてください。今度は冬の花でお作りします」
「そうね。季節の花を飾れるのがいい所だものね。それにひと月ももつなら充分堪能できるわ」
女性はレイチェルが伝えた金額以上の銀貨を置いてまた来るわ、と店を出て行った。それとすれ違いに今度はどこかの屋敷の使用人らしき人がくる。その人に頼まれた花籠を作っているとまた一人扉を開けて客が入ってくる。
結局その日、花屋は大繁盛でレイチェルは夜まで休む時間はなかった。
「疲れた〜」
看板をクローズに変えると、レイチェルは店の隅の椅子に倒れ込むように腰かけた。
用意した花はほとんど売れて、明日は早起きして沢山の花を仕入れなくてはと思う。
フェンシルの口利きのお陰で市場まで行かなくても、卸業者が店先まで来てくれるのが有難い。
でも事前に用意していた花籠は全て売れたのでそれを準備する必要はある。
カラリと入り口の扉に着いたベルがなる。
「いらっしゃいませ。申し訳ありません、本日は完売……」
立ち上がり頭を下げようとすると、入口にいたのは初日にプロポーズの花を買った青年とその婚約者ーーマルクとサナ。
「どうしたのですか?」
「実は頼みがあって」
少しいいだろうかと言うマルクに、隅にある椅子を持ってきて作業台をざっと片付け向かい合って座る。お茶ぐらい出すべきかと台所に目をやれば、サナがお気遣いなくと頭を下げた。
「頼みとは何でしょうか?」
「実は彼女の雇い先のことで少し」
「私は、この領地を収める男爵家でメイドとして働いているのですが、そこのお嬢様が収穫祭の花籠を見てとても気に入られまして。是非、来週の誕生日会の飾り付けをレイチェルさんに頼めないかと」
レイチェルは紫色の瞳を二度パチリとする。敗戦国の賠償品としてきた自分が、ドーラン国の貴族と関わってもよいものか判断しかねる。
「もちろん一日お店を閉めて貰うわけですから、出張費もしっかりお支払いいたします。お嬢様に花籠を作った花屋を聞かれ、ついレイチェルさんのことを話してしまい、頼んでくるように言われまして」
最後の方は消え入りそうな声に。求婚されたことも嬉しくてつい話してしまい、さらにお嬢様の関心を高めることになったらしい。
「……分かりました」
暫し逡巡したのちレイチェルはこの依頼を引き受けることにした。
男爵家のご令嬢がレイチェルのことを知っている可能性は僅かだし、そもそも街の人々の口から賠償品については「シリル国の一部がドーラン国のものとなった」ことしか耳にしたことがない。
(フェンシル殿下の計らいか、他の思惑があってのことか分からないけれど、私がこの国にいることは知られていないみたい)
「いいのですか!?」
「はい。当日は何時に伺えば良いでしょうか? それからお部屋の見取り図とお嬢様の好きな花と色を教えてください。あと予算も」
サナは机の上のメモを借りてもいいかと聞き、レイチェルがペンも差し出すと、辿々しい文字で必要な内容を書き溜めた。
(断ったら困るのは彼女だしね)
シリル国では珍しい瞳と髪の色もこの国ではそれほど目立たない。
(何とかなるでしょう)
と楽観的に考えることにした。
ーーー
仕入れた花が売り切れる忙しい日々が続き、一週間が経った。
レイチェルはサナの雇い主であるハーツ男爵邸を九時に訪れた。必要な花や籠は昨晩のうちに運びこまれているので、レイチェルの鞄に入っているのは愛用の花きりバサミやタオルぐらい。
「リーチェ花屋です」と、門番に挨拶すれば玄関まで案内してくれエントランスで待つように言われた。てっきり裏口から入るのだと思っていたレイチェルは少し緊張した面持ちで調度品を眺めながら待つことに。
(価値は分からないけれど高価な気がする)
そんな調度品の上をピットがお構いなしに飛びまわるものだから、レイチェルは気が気ではない。精霊だから身体は通り抜けるけれど、飛び回る時にできる空気の流れで細長い花瓶が傾いた時にはひやっとした。
「レイチェルさん、来てくださりありがとうございます」
グレーの服に白のエプロン姿のサナが現れ、レイチェルの鞄を持とうする。
「サナさん、自分で持ちますから」
「持たせてください。そうするよう言われていますから」
「サナ、その方がお花屋さん?」
無邪気な声でサナの後ろから現れたのは十歳ほどの栗色の髪の女の子。サイドの髪を編み込みリボンを飾り、着ている服もピンク地にレースやリボンがふんだんに使われていて。
(きっとこの方が今日の主役ね)
レイチェルは深く頭を下げ「リーチェ花屋のレイチェルと申します」と挨拶をすると、「ナタリーです」と言って可愛らしい笑顔を見せた。
「来てくれてありがとう! 向こうの部屋に花があるわ。こっちよ」
レイチェルの手を取り引っ張って行こうとするナタリーを優しくたしなめたのは、階段を下りて来たハーツ男爵夫人。
「ナタリー、走らない。ドレスを着ているのだからおしとやかに、ね」
「はーい、お母さま」
「ハーツ男爵夫人、初めまして。レイチェルと申します」
「ナタリーとサナから話は聞いているわ。無理を言ってしまったようでごめんなさい。今日はよろしくお願いしますね」
「はい。ご期待に沿えるよう頑張ります」
頭を下げるレイチェルの手を、今度こそ待ちきれないとナタリーが引っ張る。
レイチェルはその手に連れられて、庭に面した大きな部屋へと案内された。
「このテーブルに花籠を飾って、それからあそこの花瓶にも。あとは……」
部屋の中を動き回りながら、ナタリーはあちこちを指さし始める。
真ん中には大きなテーブルがあり真っ白なテーブルクロスがかけられている。人数分置かれたナプキンはピンク色、カーテンは淡い黄色で部屋は全体的に柔らかな色合いにまとまっていた。用意した花の雰囲気に合った部屋でレイチェルは安堵する。
「壁にも花を飾りましょうか?」
「壁に! 素敵、お母様いいでしょう?」
「構わないけれど、どうやって飾るのかしら。棚を作るのは今からでは……」
「小さな花籠を作りますので、持ち手を釘で壁に留めれば可能です。壁に小さな釘を打つことになりますが宜しいですか?」
「小さな釘なら問題ないわ。是非お願い」
ハーツ男爵夫人は娘が喜ぶならと、快く了承してくれた。
誕生日会まであと四時間。レイチェルは腕まくりをすると制作に取りかかることにした。
今まで書いていたのが謎解きっぽい話ばかりで。
違うものにも挑戦しようと書き始めたのですが、こんなにも苦戦するとは思わなかったです。
ストック沢山作っておいて良かった。
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