収穫祭.1
収穫際当日。
大通りでは露店の準備が始まり、オレンジと紫色の旗があちこちに飾られていく。午前中に準備をして午後から人が来だし、クライマックスは夜に広場でおこなわれるダンスらしい。
開店した日にレイチェルの花屋で花を買ってプロポーズしたのが主催者の息子だったこともあり、新参者のレイチェルは広場の飾り付けに駆り出されている。
晴れて婚約者となった二人も手伝ってくれる中、広場の真ん中にある国王の像の周りにはレイチェルの作った花籠が次々と並べられていく。
そのなかでも、一際高い台の上に置かれた大きな籠に、四本脚の梯子に乗ってレイチェルは花を挿していた。
「レイチェル、こっちの飾りはこれでいい?」
「はい。それはそこに置いてください。あと、荷車に残っている花を、……キャッ!!」
声のする方を身を捻り振り返った瞬間、バランスを崩し梯子が傾く。
(落ちる!!)
高さ二メートル。死にはしないと覚悟を決めたけれど身体に痛みは走らない。それどころか柔らかく身体を包む感覚とともにふわりとグリーン系の香水の香りがする。
「大丈夫か?」
「フェンシル殿下! どうしてここに。お約束は午後からだと」
紫色の瞳の先には、空のようにすんだ碧い瞳。いつも以上に近い位置にあるその顔にレイチェルの頬が染まる。
「準備をしているレイチェルを見ようと立ち寄ったのだが、間に合って良かった」
「ありがとうございます。順調に進んでおりますので、その、問題はなにも」
「どこがだ。今も梯子から落ちかかったではないか」
優しく地面に降ろしながらフェンシルは眉を下げる。危なっかしくって見ていられないとその瞳が言っている。どこも怪我をしていないと言っているのに、なかなか手を放してくれず困っていると、昨日のニキビ面の青年が荷車から花を持ってきた。
「レイチェル、俺も手伝うよって、あれ?」
「ありがとう。あとは俺が手伝うから心配ない」
フェンシルは奪うように青年から花を受け取ると、整いすぎた顔で完璧な笑顔を作る。笑っているのに眼光鋭いその笑みに、青年はヒッと喉を鳴らすと数歩後ずさりをして「では、俺はこれで」と踵を返して走り去っていった。
「フェン……フェル様、あの。さすがに手伝っていただくのは」
「今は平民の姿ゆえ敬称は不要、フェルで良い」
「は、はい。ではフェル、この花籠で終わりですので少しお待ちいただけますか?」
「手伝うといっただろう。本来なら俺が梯子に上りたいところだがそうもいかない。せめて梯子がぐらつかないように抑えているよ」
フェンシルは片手を梯子に添えながら、先程奪った花をレイチェルに渡す。それを戸惑いながら受け取り、レイチェルは再び作業に取り掛かった。
数十分後。
無事飾り付けが終わり、広場に人も増えはじめた。全ての作業を終えたレイチェルはエプロンを取ると近くに置いていた鞄にそれを入れフェンシルを見上げる。
「これで、心置きなく祭りを楽しめるな」
「はい、お待たせしました」
これからどうするのかと問えば、夕方になれば広場の真ん中で火が焚かれ、その周りを陽気な音楽とダンスがとりまくと教えられる。それまでは露店を見て回ろうということになり、広場の四方を取り囲むように走る大通りへと向かうことに。
ピットはフェンシルの頭に乗り、その喉に長い胴を巻き付かせている。見るからに苦しそうだが、フェンシルは普段と変わらず甘い笑みを浮かべているので自覚はないよう。
(ピットもようやくフェンシル殿下に心を開いたのね)
その姿を微笑ましく思い笑みを浮かべれば、フェンシルの手がレイチェルの手に触れた。そして指を絡ませるように繋がれる。
「あ、あの……」
「今日の目的の一つはレイチェルに近づく余計な虫を払うこと」
「虫、ですか」
「そう。だから恋人を演じよう。レイチェルも花以外を目的に、店に来られても困るだろっ……ゲホッ。ん、なんだ? 急に喉が」
フェンシルが苦しそうに襟元に手をやり、シャツの一番上の釦を外す。その首には先程より強くピットの尻尾が絡みついている。
「サイズが合わなかったか?」
いつもと違う、少し汚れたジャケットと皺のある麻のシャツ。平民の装いにも関わらず、どことなく品を感じるその襟元を緩めると、今度は色香がブワッと漂う。すれ違う街娘がチラチラと熱い視線を送るもフェンシルに気にする素振りはない。
レイチェルはきつくピットを睨むも、こちらもプイっとソッポを向くだけで気にする素振りはない。
(これは食べ物でつるしかないわね)
放って置くとずっと首を絞めてそうで、レイチェルは露店に目を走らせる。七割ほどが飲食を扱い残りの店にはアクセサリーやおもちゃが並ぶ。異国の物もそのうちの一割ほどを占めていて、長い行列が出来ている店もちらほらと。
「フェル、あの赤いのは何でしょうか?」
とりあえず目についたものを指差せば、フェンシルがりんご飴だと教えてくれる。
背伸びして屋台の中を覗き見れば、小鍋で透明な液体がぐつぐつと煮えていてその中に串に刺さった小さなリンゴをいれて飴を絡ませている。これなら甘いものが好きなピットも喜ぶだろう。
「熱そうですね」
「冷めたものを売っているから問題ない。食べてみるか?」
急に楽になった首元を撫でながらフェンシルが聞いてくるので、レイチェルは小さく頷く。ピットは何処に行ったのかとこっそり目線を走らせると頭上から呑気な声が降って来た。
『美味しいよ』
真上を見ればりんご飴に刺さっている串に胴体を巻き付けて、既にパリパリと頬張っている。ギョッとして周りを見るも、人は屋台ばかりに目をやって上空にいるピットに気づいていない。
「どうしたんだ?」
「な、何でもありません」
順番がくるとフェンシルはりんご飴を一つ買いレイチェルに手渡す。見た目より意外と重いその串を受け取り舐めると甘い風味が口に広がる。
「フェルは食べないのですか?」
「大の男がりんご飴は少しな。それより向こうの串焼きの方がきになる」
そう言って苦笑いを浮かべる視線の先からは、煙とともに良い匂いが立ち昇る。あれはあれで美味しそうだと思っていると、またしても頭上から声が降ってきた。
『串焼きもうまいぞ』
今度は種類の違う串を数本を纏るように絡みついて、その内の一つを頬張っている。他の人が見れば串が宙に浮かんで見える訳で。レイチェルは冷や汗をかきながらきつく睨んだ。
立ったまま食べている人もいるけれど、二人は空いているベンチを見つけそこに座ることに。
少し小さいそのベンチは座ると腕と腕がくっついてしまう。できるだけ端に座ろうとしていると、お腹を膨らませたピットが背もたれの淵に寝転んできた。食べたのはりんご飴と串焼きだけではなさそう。
(お金、払っていないわよね)
無銭飲食に心から詫びながら、りんご飴を今度はかじってみる。固まった飴の固い触感のあと、シャクと歯ごたえの良いりんご。少し酸味が強いのが飴の甘さとあっていてとても美味しい。
フェンシルはタレがよく絡んだ串焼きと、野菜も一緒に焼かれた塩焼きを頬張っている。洗練された仕草でカトラリーを使う普段の姿とは違って、どこか無邪気にあどけなく見える。
「串焼きも食べたいのか?」
あまりにも見すぎたせいかフェンシルが串を差し出すので、慌てて首をふる。
「いえ、そうではなくて。フェルは意外と何でも口にされますよね。わたしの作ったスープといい。料理人が作ったものしか召し上がらないと思っておりました」
「なんだそんなことか。俺は直轄の騎士団を一つ持っていて、野営に行った時はその場で獲った獲物を焼いて食う。木の枝に肉を刺したり、ぶつ切り肉をそこらの食える雑草と煮たり」
「あっ、それで私が作ったスープも抵抗なくお召し上がりになるのですね」
納得したと頷くレイチェルの隣で、何でそうなるかとフェンシルは眉間を押さえた。
お腹が膨れたピットは嫌がらせを中断し、しっぽの先でフェンシルをけん制しながらレイチェルに甘えるように頬擦りをする。
至極ご機嫌なようなので、今夜、雨がふることはなさそうだ。
ネット小説大賞のインタビューを受けました。ネット小説大賞のページに掲載されています。小説を書いて一年の私に語れることはないのですが、どうやって物語を作っているのかなど、話をしております。
ピット可愛い。続きが気になる。シリル国王へのざまぁを見たいなど。
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