27.ティナ(ティナ視点)
始めてお姉様に会ったのは9歳の時。
ジンセン伯の愛人だったお母様。私たちはお父様の王都の別荘で不自由なく暮らしていた。
お父様は頻繁に会いに来てくれていたし、好きなものを何でも買ってくれていた。
向こうの本妻が亡くなって、私たちはすぐに領地の本邸へと迎え入れられた。
その時、初めて私には姉がいるのだと知り、嬉しくなった。
お姉様も優しく私を受け入れてくれ、私たちはすぐに仲良くなった。
そんな私たちを母は許さなかった。
すぐに姉と引き離され、私は毎日のように母から呪いのような言葉を浴びせられた。
あの娘の母親は父との仲を引き裂いた元凶だと。
私たち親子が一緒に暮らせなかったのは、あの母娘のせいだと。
父は、ハーブ調合で王族から目をかけられているあの女を政略結婚で娶るしかなかったのだと。
私たちの幸せを壊したあの女より、私たちは幸せにならなければならない、その権利があると。
私は小さい頃から不満なんてなかった。
でも、いつからだろう。私は幸せじゃなきゃいけないと思うようになったのは。
13歳で聖女の力に目覚めると、私の周囲は面白いように変わっていった。
皆が私をチヤホヤし、崇める。私の力を求める。
ドレスもどんどん華美な物へ。宝石も思いのまま。全てが満たされていく。
一番嬉しかったのは、ジェム殿下。
オスタシスの第二王子でお姉様の婚約者。
あんなに格好良くて、権力があって、威厳のある方。
ずるい。お姉様ばかり何でも持っている。
王城に通うようになり、ジェム殿下に会う機会も増えると、殿下は私に心を移した。
そして、お姉様と婚約破棄。
面白いくらい、自分の望む通りになった。
派手な式典で着飾り、皆に崇められるのも最高に気持ちいい。
この国の第二王子が私の婚約者。
お姉様を貶めれば貶めるほど、私が幸せになっていく。最高の気分だった。
でもお姉様は、そんな私をいつも憐れみの目で見ていた。
その瞳が私を苛つかせる。
私がどんなにお姉様より幸せだと主張しても、お姉様には響かない。
ただ静かに笑って、私の話を聞くだけ。
私はお姉様より幸せだ。
なのに、この焦燥感やモヤモヤは何だろう。
「ティナ」
「はい、殿下」
いけない、いけない。今はジェム殿下との大切なお茶会。ぼんやりするなんて。
目の前の婚約者、ジェム殿下を見れば、少しだけ肥えてこられた気がする……。
お姉様と婚約破棄をし、お姉様の調合したハーブティーを飲まなくなり、二年。
麗しいそのお姿は、こんなにも変貌するものだろうか……?
好きなように生きる殿下は、素敵だと思う。思うのに……。
「明日は聖女の儀式で教会へ赴くそうだな」
「はい……」
にこやかに話すジェム殿下。
「最近、儀式の回数が減っているそうだが、どこか悪いのか?」
右手に紅茶、左手にクッキーを持ち、頬張りながらも殿下は続ける。
「いえ……。あまり聖女の力を出しすぎると、有り難みがなくなるでしょう?」
にっこりと殿下に返すと、ジェム殿下も納得して言った。
「そうだな。ティナのおかげでオスタシスも潤ってきたが、出し惜しみすることで値段を釣り上げられるしな」
ーーよく言う!
聖女の力が出現し、王城に通うようになってから、人々はすっかりこの力に頼り切りになってしまった。
貴族からお金を巻き上げるため、多くの儀式をこなしてきた。そればかりか、他国にまで借り出される羽目になったじゃない。
そのせいか、最近、聖女の力が弱くなっている気がする。
だから、「もっと出し惜しみしましょう」と提案して、お金儲けしか考えてないこの国の王族は、それに乗った。
少し休めば、また力も戻るよね?
我慢、我慢。
私はこの国の王族になるのだから。
ロズイエに売られていったお姉様とは違う。自分で手に入れた幸せ。
でも、お姉様が離縁された、という噂がまだ入ってこない。
ロズイエの第二王子はまだ平民の娘を物に出来てないのかしら?
まあ、良いわ。お姉様が離縁されて路頭に迷うのも時間の問題だもの。
その時、もし助けを求めるなら、私の侍女として雇ってあげても良いわ!
「私の可愛いティナ、愛しているよ」
「私もです、殿下」
目の前の肥えた殿下に、にっこりと応える。
本当に好きだったこの気持ちに嘘をつくようになったのはいつからだろう。
何もかもが上手くいっているはずなのに、どうしてこんなに気持ちが晴れないのかしら。
早く、惨めな姿を私の前に晒してください、お姉様……!




