16.友人としてですよね?!
「サンブカ、様子を見に来るのが遅くなってすまない!」
「ロズ……!」
急なオリヴァー殿下の来店に、私は固まってしまった。
『エルダー』としても殿下には結婚式以来会っていない。お互い忙しく仕事をしていた。
夜は続き部屋になっているものの、各々の部屋で眠っている。
殿下がこちらに来るはずもなく。
「ひ、久しぶり……」
『サンブカ』としても、接する彼は久しぶりすぎて緊張してしまう。
「ああ。今日は話があって」
「話?」
私の近くまで歩み寄り、ふわりと微笑んだかと思うと、殿下は後ろをキッと睨んだ。
「ロズ、お前はどうしてここにいる? 今日はエルダー嬢と視察じゃなかったか?」
殿下は後ろにいたロジャーに睨みながら問いただした。
やばい! 今日はそういうことになっている。ロジャーがここにいるのはおかしく思われる……!
私が青くなってロジャーを振り返れば、彼は飄々とした表情で言った。
「私は貴方にこの店の手助けも頼まれています。様子を見に来て悪いですか? エルダー様には護衛を付けてありますから心配いりません」
スラスラと嘘を並び立てるロジャーに、私はポカンとした。
ロジャーは何食わぬ顔である。流石……。
「そ、そうか。」
殿下はロジャーの嘘に納得したようだ。助かった……。
「サンブカ」
「は、はいっ!!」
いきなり名前を呼ばれて、ついテンパってしまい、『サンブカ』らしからぬ返事をしてしまった。
殿下は一瞬目を丸くしたけど、ふわりと微笑んで私の頭に手を置いた。
「その様子だと、もう俺が何者か気付いているんだな。そうだよな、この店は俺が関わっていると王都中に知られているもんな」
私の返事一つで、殿下は良いように解釈してくれたみたいだった。
「サンブカ、ずっと黙っていてすまない。俺は、この国の第二王子なんだ」
………知ってます。なんて言えるわけもなく。
「やはり、そうなんですね」
いかにも噂を聞いてました、というような顔をすれば、殿下は困ったように微笑んだ。
ロジャーみたいに嘘を付いてしまった!!すみません、殿下!!
「俺が王子だからと言って、態度は改めてないで欲しい。お願いだ、サンブカ」
懇願するような殿下の表情に、私は頷くしかなかった。
「わかった……ロズ……」
「オリヴァーだ」
「え?」
「ロズの名は、そこの側近の名を借りていた。どうかオリヴァーと呼んで欲しい」
「いやいや! 王子殿下を呼び捨てに出来ないでしょ!」
今まで通り友人として振る舞うだけでも不敬なのに、この上、殿下を呼び捨てにするなんて!ありえない!
私は断固として首を振るも、殿下は金色の目で私を覗き込み、子犬のように懇願した。
「だめか…? 俺はサンブカとは親密な関係でいたい」
友人としてですよね?!?!?!
殿下はうるうるとその瞳で見つめ、私の手を取った。
友人なのに、近い!!
今まで私は何で平気だったんだろう?
改めて意識すると、この『友人』の距離が近すぎて困る。
「オ、オリヴァー………様」
必死に名前を呼ぶも、明らかにがっかりした顔を見せる殿下。
「む、無理です! これ以上は!」
赤くなりながら殿下から離れようとするも、手をがっしりと捕らえられている。
「今はそれで良い」
私の手を捕らえたまま、オリヴァー様はふわりと笑った。
その笑顔にドキリとしてしまう。と同時に、何だか疲れているような表情が気になった。
「サンブカ! 街を案内するからおいで」
「えっ?!」
「護衛もいるから安心して」
いきなりのオリヴァー様の提案に、私は驚いてしまう。
「殿下!」
「ロズ、エルダー嬢のこと頼んだぞ」
静止するロジャーに手を振り、オリヴァー様は私の手を引き、店を出ていってしまった。
私は平民が着るワンピースに、エプロン姿のまま引かれて出てきてしまった。
オリヴァー様は、上着を脱いでベスト姿なものの、王族らしいきちんとした格好。
こんな平民と城下町を歩いて大丈夫だろうか?
じいっと自分のエプロン姿を見つめれば、オリヴァー様は嬉しそうにこちらを見た。
「オスタシスにいた頃はよく街を案内してもらったよな」
無邪気に笑うオリヴァー様に、故郷のことが脳裏に浮かぶ。
『ロズ』とは仲良くなってから、よくオスタシスの街を散策した。
伯爵家を追い出され、ハーブの仕事を追いやられ、訪ねて来てくれるロズが、私の希望だった。
そんな温かい思い出が蘇り、私は『サンブカ』に一気に戻る感覚がした。




