日本経済新聞社と国連女性機関の取り組み
まず、日本経済新聞社による日経ウーマンエンパワーメントプロジェクトについて、取り上げたいと思います。
◇日本経済新聞社の取り組み
2020年3月4日付けで、日経新聞社と日経BP社の「日経ウーマノミクスプロジェクト 日経ウーマンエンパワーメントプロジェクト」という資料があります。世界経済フォーラムによるジェンダーギャップ指数の記載もあり、女性のエンパワーメントの重要性を訴えています。
具体的な取り組みとして、勉強会やセミナーなどのInput、イベントなどを通じたOutput、国連女性機関との連携を通じたアンステレオタイプのためのActionを提唱しています。
2020年5月15日日経新聞社では、第1回 NIKKEI UNSTEREOTYPE ACTION という新聞広告を掲載しています。都会のビル群を背景に、中央にまっすぐに伸びた道路が印象的な広告です。女性の力、ジェンダーなどの言葉が使用されており、ステレオタイプをなくすことを訴えたものです。
この広告は、ネットで見ることができます。
https://marketing.nikkei.com/media/newspaper/planning_guide/nwe/nwe2.html
2021年3月、日本経済新聞社は、ステレオタイプをなくすための広告キャンペーンを実施しました。電通、電通クリエイティブフォース、パズルによる一連の広告をネットで見ることができます。そこには、さまざまなステレオタイプを壊そうという強いメッセージを読み取ることができます。
https://puzzle-inc.jp/work/15-092/
日経新聞社の取り組みは、SNSでも見ることができます。ツイッターの#NIKKEI UNSTEREOTYPE ACTIONというアカウントを見ると、たくさんの取り組みが報告されていました。ここでは、2022年3月8日、国際女性デーにあわせて、性別のステレオタイプをなくすことを訴えた「ジェンダーギャップすごろく」という新聞広告を見ることができます。
また、2021年9月30日、第2回日経ウーマンエンパワーメント広告賞が決定したという記載が見られます。
第2回日経ウーマンエンパワーメント広告賞については、日経ウーマンエンパワーメントコンソーシアムの記事で報告されています。
ここで、率直な感想になりますが、良いメッセージは、広まりにくいということを感じました。炎上広告は簡単に検索できますが、ここで取り上げたステレオタイプをなくそうという広告は、それほど簡単には検索できません。検索ワードとして、アンステレオタイプ、エンパワーメントなどの言葉を使って、ようやくこれらの広告にたどり着けました。すばらしい広告が、埋もれてしまうのは、とても残念なことだと思います。
なお、日本経済新聞社のホームページに、特別な場合を除いてブログなどで記事を引用することはできないと解釈できる趣旨の記載があり、この節では、引用する代わりに、URLを表示するというスタイルを取りました。ご了承ください。
◇国連女性機関とは
「国連は数十年にわたり、北京宣言および北京行動綱領、また、女子差別撤廃条約(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約、CEDAW)といった歴史的な協定を通じて、ジェンダー平等を大きく進展させてきました。」(国連女性機関日本事務所のホームページより)
2010年の国連総会決議により、国連女性機関は設立されました。国連女性地位向上部、国際婦人調査訓練研究所、国連ジェンダー問題特別顧問事務所、国連女性開発基金 の4つの機関を統合して創設されたものです。ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための機関です。
エンパワーメントという聞きなれない言葉ですが、もともとは、力をつけるという意味の言葉です。社会福祉の分野では、自分のことは自分の意志で決定しながら生きる力を身につけるという考え方をさす場合もあります。
国際連合女性機関日本事務所は、2015年に開設されました。
以下は、国連女性機関日本事務所のホームページからの引用です。
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持続可能な開発目標(SDGs)のビジョンを女性と女児にとって現実のものとするために世界全域で活動し、以下の5つの活動領域に優先的な取り組みを行って、あらゆる分野における女性の平等な参画を支援します。
・女性のリーダーシップの向上と参画の増加
・女性に対する暴力の撤廃
・平和と安全保障のあらゆる局面における女性の関与
・女性の経済的エンパワーメントの推進
・国家の開発計画と予算におけるジェンダー平等の反映
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◇アンステレオタイプアライアンスUnstereotype Allianceとは
国連女性機関が主導する世界的な取り組みとして、アンステレオタイプアライアンスがあります。これは、メディアと広告によってジェンダー平等を推進し、ステレオタイプを撤廃しようとするものです。2020年5月には、日本支部が設立されました。日本支部メンバー(2020~2021年)については、国連女性機関日本事務所のホームページで、企業名とロゴを確認することができます。Founding Memberとして、NIKKEIが単独で、最上段に掲載されています。続いて、Founding Ally(1)、Members(11)、Allies(1)が挙げられています。カッコ内は、企業または団体の数です。さらに、Supporterとして、内閣府、Nominal Supporterとして外務省が挙げられています。
さらに、グローバルメンバーとして、副会長(4)、加盟企業(28)、同盟(15)が挙げられています。最後の「同盟」の中には、ユニセフも入っています。
ここで、アンステレオタイプについて整理しておきたいと思います。
まず、ステレオタイプですが、これは、固定観念と訳されることが多いと思います。例を挙げますと、「女はこうあるべきだ」とか「男はこうでなくてはいけない」といった型にはめた考えのことです。
言葉の成り立ちとしては、ステレオタイプstereotypeという言葉に英語で否定の意味を持つ接頭語のun-を付けることで、ステレオタイプをなくすという意味になります。
◇北京宣言とは
前の「国連女性機関」のところで「北京宣言」という言葉が出てきました。これは、国際連合創設50周年に当たる1995年9月に第4回世界女性会議においてなされた宣言です。内閣府の男女共同参画局のホームページで全文を読むことができます。ここに一部を抜粋してご紹介します。
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我々、第4回世界女性会議に参加した政府は、国際連合創設50周年に当たる1995年9月、ここ北京に集い、全人類のためにあらゆる場所のすべての女性の平等、開発及び平和の目標を推進することを決意し ―― (中略) ―― 無条件で、これらの制約及び障害に取り組み,世界中の女性の地位の向上とエンパワーメント(力をつけること)を更に進めることに献身し、また、これには,現在及び次の世紀へ向かって我々が前進するため、決意、希望、協力及び連帯の精神による緊急の行動を必要とすることに合意する。
我々は、以下のことについての我々の誓約を再確認する。国際連合憲章に謳われている女性及び男性の平等な権利及び本来的な人間の尊厳並びにその他の目的及び原則、世界人権宣言その他の国際人権文書、殊に「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」及び「児童の権利に関する条約」並びに「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」及び「開発の権利に関する宣言」。あらゆる人権及び基本的自由の不可侵、不可欠かつ不可分な部分として、女性及び女児の人権の完全な実施を保障すること。
平等、開発及び平和の達成を目的とするこれまでの国際連合の会議及びサミット ― 1985年のナイロビにおける女性に関するもの、1990年のニュー・ヨークにおける児童に関するもの、1993年のウィーンにおける人権に関するもの、1994年のカイロにおける人口と開発に関するもの、及び1995年のコペンハーゲンにおける社会開発に関するもの ― でなされた合意と進展に基礎を置くこと。 ―― (中略) ――
我々は、ここに、以下の行動綱領を採択し、政府としてこれを実施することに責任を負うとともに、我々のあらゆる政策及び計画にジェンダーの視点が反映されるよう保障する。我々は、国際連合システム、地域及び国際金融機関、その他関連の地域及び国際機関並びにあらゆる女性及び男性のみならず非政府機関に対し、また、市民社会のあらゆる部門に対し、それらの自主性を十分尊重した上で、政府と協力して行動綱領の実施に対し、十分に責任を負い、この行動綱領の実施に寄与することを強く要請する。
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国連は、非常に長い年月をかけて、ジェンダー平等と女性のエンパワーメント(力をつけること)に取り組んできたのです。そして、日本もその取り組みに賛同し、女子差別撤廃条約(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約、CEDAW)に署名、批准しています。
◇対応策
炎上事件が多発する背景には、さまざまな問題があります。ここでは、企業、個人、国の三つの立場から、その対応策について考えてみたいと思います。
◇企業にできること
第一に、広告が、性的メッセージになっていないかということをチェックすることが必要です。
「これくらいは大丈夫だろう」という基準は、時と場合によって変わります。ただ、判断基準は年々厳しくなっていることは、確かだと思います。広告が、性的メッセージとして捉えられる可能性について、よく検討することが必要です。日本経済新聞社は、国連女性機関からジェンダー平等の観点から抗議を受ける事態になりました。
第二に、広告が企業イメージにあっているのかは、とても大切です。
斬新なアイデアだからといって、すぐに飛びつくのは要注意です。受け手側は案外保守的です。企業イメージを損なうような広告は、避けることが賢明でしょう。初めにも述べましたが、企業によってどのあたりまで許されるのかというラインは、変わることがあるのです。自社ブランドの位置づけをきちんと把握し、見誤らないことが大切だと思います。
第三に広告している商品の問題です。
「内容を知りませんでした」は通用しません。広告する商品が性的なものである場合、自社ブランドを傷つけられる危険性があります。さらに付け加えるなら、女性差別撤廃条約に鑑み、女性の過度な性的描写、少女、女性への性的いたずら等を売り物にするポルノビデオゲームや漫画を支持するような企業の姿勢は、批判にさらされる可能性があることを認識するべきです。
◇個人レベルでできること
ここで、心構えのようなことになりますが、どのようなことに気をつけたらいいのかを考えてみようかと思います。
①ステレオタイプで捉えない
いつのまにか、世の中は、成人男性と女子高生だけで構成されているという前提の議論になっていることがあります。物事を単純化して、人々を二分して捉えることが有効な場合もありますが、このような課題には向いていないでしょう。
成人男性の中にもこの問題に心を痛めている人もいれば、ぜんぜん気にならないという人もいるでしょう。何人かの女子高生がSNSで「気にならない」と発言していたからといって、大人たちがここぞとばかりにそれを引用して、自説の正当化に利用することは、許されない行為です。ましてや、傷つけるようなことがあってはなりません。
全員、自分と同じ価値観でないと許さないという風潮は、とても危険です。自分と異なる価値観の人たちを揶揄するような言葉でグルーピングして、その人たちを誹謗中傷するのはやめましょう。
②広い視野を持つ
企業の意思決定のできる立場にある女性の割合が半数を超えていたら、こんな広告を出そうという発想にはならなかったのではないでしょうか。
女性の管理職の割合は14.7パーセントです。女性管理職だけに「女性の目線」とか「女性が不快に思うかどうか」の判断を担わせることは、現実的な対処法とは言えないでしょう。男性であっても、女性の立場だったらどう思うかを想像し、広い視野を持つことが求められている時代だと思います。
さらに、我が国が批准した女子差別撤廃条約(女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約、CEDAW)に反するような行為は慎むことが望まれます。
③想像力をはたらかせる
当たり前のようでけっこう難しいことなのですが、自分では想像できないような人生を歩み、自分とは異なる経験を積んできている人たちがこの世には存在するのだということを忘れてはいけないと思います。この広告の掲載に関わった人たちのうちの何人かが、ちょっと冷静になって俯瞰的に捉えて、想像力をはたらかせていれば、こんな事態は避けられたのではないでしょうか。
同じような背景の同じような価値観を持った人たちが、何人集まっても、同じような意見しか出てこないでしょう。物事を多面的に捉えることはとても難しいのです。世の中にはとても傷つきやすい人もいるし、そういう人は抗議の声を上げることすらできないのかもしれないということを心に留めておくことはとても大切だと思います。
今回のニュースは、瞬く間に世界中に拡散しました。映像はもちろん、日本語の文章も瞬時に翻訳できる時代です。国内向けの広告であっても、世界に向けて発信するのと実質的には、あまり変わらないのではないでしょうか。世界でどう評価されるのかということも視野にいれて、豊かな想像力を持つことが必要になってきていると思います。
④「女性の意見も聞きました」はあてにならない
念のために付け加えておきますと「女性の意見も聞きました」は、全然あてにならないことを肝に銘じましょう。多数派の意見に逆らうようなことを誰だって発言できるわけがありません。「空気を読めない」とか「気が利かない」と言われないために気を遣って発言しているのは、性別に関係なく誰もがやっていることだからです。
私見で恐縮ですが、もしも、本気で女性の意見を取り入れたいのなら、構成メンバーの7~8割以上を女性にしないと女性の意見を形として残すことは、難しいのではないでしょうか。男性社員を参加させる場合、できるだけ若手にした方がいいかもしれません。もしも、発言力のある中堅男性社員がいると、その場の雰囲気が上層部に忖度するものになってしまい、結局、みんな同じような意見しか言わないという事態が予想されます。
それでも、本音が聞き出せているかどうか疑念を持った方がいいかもしれません。たとえ全員女性のメンバーにして聞いても、人事評価などを気にして、結局、本音を語らない可能性があるからです。他部署の人を集めて意見を聞いてみるとか、匿名で意見を募るなどの工夫が必要かもしれません。
◇法律についての審議
【児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律】
1996年、児童の商業的性的搾取に反対する世界会議において、日本は東南アジアでの児童買春および児童ポルノの生産国であるとして、国際社会から強い非難を浴びました。
1999年5月26日に成立したのが上記の法律です。
18歳未満の全ての子どもを対象とする「児童買春・児童ポルノ」が犯罪となり、日本人による、国外での行為も対象となり、被害者からの訴えがなくても処罰される法律です。
2004年に法定刑の引き上げなどの改正が行われましたが、現時点では、児童ポルノに類する漫画等(漫画、アニメ、CG、擬似児童ポルノ等)に関する改正には至っておりません。
【審議のゆくえ】
2009年の第4回日本レポート審議においては、詳細にその改善すべき点が指摘されています。少女・女性への性的いたずらを売り物にするビデオゲーム・漫画が児童買春・児童ポルノ禁止法の法的定義外であることが問題であると勧告を受けてからの日本の法律は変わったのでしょうか。
第183回国会(2013年)の児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律の一部を改正する法律案要綱の中に「検討」として次の記述があります。(衆議院ホームページより)
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政府は、児童ポルノに類する漫画等(漫画、アニメ、CG、擬似児童ポルノ等をいう。)と児童の権利を侵害する行為との関連性に関する調査研究を推進するとともに、インターネットによる児童ポルノに係る情報の閲覧の制限に関する技術の開発の促進について十分な配慮をするものとすること。
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国連による女性差別撤廃条約を1985年に批准しているにもかかわらず、日本は締結国としての義務を無視し続けてきました。衆議院で検討が必要であるとされたという記録は見られましたが、現時点では、具体的な適用にまでは至っておりません。
【女性差別撤廃条約選定議定書】
女性差別撤廃条約選定議定書は、1999年10月6日に国連総会で採択され、2000年12月22日に効力を発生しました。2022年10月現在で女性差別撤廃条約の締約国189か国のうち、115か国が批准していますが、日本は未批准です。
女性差別撤廃条約選定議定書では、国内で審理を尽くした後であれば、個人で通報できる個人通報制度があります。
個人通報制度とは、人権侵害を受けた個人が、国内で救済措置を尽くした後に国際的に条約機関に救済を求めることができる制度です。条約機関は、審議後にその通報に関する見解を示します。見解に拘束力はありませんが、法改正を促し、人権侵害が是正されることが期待されます。
批准前の1999年6月3日、衆議院において、選定議定書の批准についての質問に対し、高村正彦法務大臣は「案文を見極めたうえで検討していきたい」と答弁しました。その後も、繰り返し、批准について検討されてきました。現在でも批准に至っていない背景には、司法権の独立が守れなくなるのではないかという懸念が示され、国内法との整合性を勘案して検討する必要があるという政府の姿勢があるようです。
2009年、国連の女子差別撤廃委員会により、児童買春、児童ポルノ禁止法の改正について勧告されましたが、少女や女性の性被害を売り物にするポルノビデオゲームや漫画を規制する法律は、現在まで整備されていません。国内法がなく、しかも国際機関に訴える道も絶たれております。
次回は、ジェンダーギャップ指数と日本の教育問題について取り上げます。