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萌えキャラと炎上広告




 2022年4月4日月曜日、日本を代表する経済専門の新聞社の広告が問題となりました。このイラストはSNS上で拡散され、いわゆる炎上という事態になり、海外でも報じられました。このイラストは、いわゆる「萌え絵」と呼ばれる柔らかいタッチの愛らしい少女のイラストです。

 「萌え絵」と呼ばれるイラストは、愛らしい大きな瞳が特徴の少女たちで、今や日本を代表する絵画手法と言っても過言ではありません。地方自治体などでマスコットキャラクターとして独自にデザインされる場合と、漫画やアニメなどのキャラクターを萌え絵風のタッチで描く場合があります。


 まずは、炎上することなく、市民に受け入れられてきた事例から見ていきたいと思います。




◇萌えキャラの歴史


「萌えキャラ」は、萌え絵で描かれたキャラクターのことです。地方自治体などでマスコットキャラクターとして独自にデザインされ、広報などに使用されてきました。


【元祖萌えキャラのまほろちゃん】


 最初のご当地萌えキャラと言われているのが、1997年に生まれたまほろちゃんです。佐賀県大和町(2005年に合併、現佐賀市)のホームページのマスコットとして自治体職員によって描かれました。古代日本を思わせる衣装に身を包んだ青い長髪の少女のキャラクターです。ネット掲示板で話題になったことから、広く知られるようになりました。

 2009年3月に肥前国庁跡資料館でしおりを配布したところ、来場者が急増し、話題になりました。

 2015年で、ツイッターなどでの広報活動は終了しましたが、2022年6月現在でも、佐賀市のパンフレットや肥前国庁跡資料館の館内ビデオ等で使用されているとツイートされていました。同じ運営者による「まほろちゃんフォーエバー」というブログでは、リンク集が作成されています。


【茨城県下妻市のシモンちゃん】


 現在でも萌えキャラと呼ばれる美少女のイラストが使用されている地方自治体の事例を紹介しましょう。

 茨城県下妻市は、国蝶に指定されているオオムラサキの生息地があり、保護活動を続けていることから、オオムラサキをイメージしたキャラクターが誕生しました。

 1999年に誕生したシモンちゃんは、デザインの変更を経ており、現在3代目です。オオムラサキの羽をつけた少女の姿をしています。市のホームページには、イメージキャラクターとして、PRやイメージアップに活用することが記載されています。商標登録番号とともにイラストが表示されています。

 2013年10月には、山崎製パンとコラボした梨ジャムのランチパックが発売されました。パッケージには、公式のイラストが描かれています。

 2015年8月には、シモンちゃんのイラストが右側に大きく描かれた原付バイク用のご当地ナンバープレートが登場しました。これらの写真は、下妻市開発公社のホームページで見ることができます。

 また、2017年から市内で運行しているコミュニティバスの名称は、公募によって決定されたシモンちゃんバスといいます。この愛称にふさわしいバスのデザインは、公募で決定され、車体の中央付近にシモンちゃんの姿が大きく描かれています。この写真は、下妻市地域公共交通活性化協議会のサイトで見ることができます。このサイトの表紙の部分には、紺色の制服を身につけたシモンちゃんのイラストがあしらわれており、シモン車掌の公共交通案内所と書かれています。


【千葉県松戸市の事例】


 2011年6月15日、千葉県松戸市防犯協会連合会が市民の犯罪抑止の意識の向上のために防犯運動ポスターを制作しました。松宮アヤは、公式防犯キャラクターとして誕生しました。魔法少女という設定で、ミニスカート姿で下から見上げるような角度で描かれています。

 同じイラストレーターにより、2011年10月1日、交通安全ポスターに神戸アミが登場しました。「STOP二輪事故」という文字と共に、交通指導している女性警官が描かれています。

 さらに、第三弾として、振り込め詐欺の防止を呼び掛けるポスターが制作されました。小学3年生の市城アイが「その電話信じちゃダメ!」と訴えるデザインで、松戸市防犯協会連合会と千葉県警が共同で製作しました。

 2011年12月15日の松戸市の広報誌には、「この新しい試みは、今までメッセージの届きづらかった若年層の関心を引くとともに、今までにないデザインにより、多くの人に注目されています」とあります。併せて、3種類のポスターのイラストが掲載され、3人の名前、松宮アヤ、神戸アミ、市城アイから1文字ずつ合わせると、松戸市になると解説されています。

 2012年1月8日には、市防犯協会連合会などがプロの作詞・作曲家に楽曲を依頼、「ミラクルピース」「ホットチョコレイト」の2曲を収録してCD化されました。歌はイベントなどで松宮アヤに扮して活躍している市内在住の声優が担当しました。

 その後も、松宮アヤは、好意的に受け入れられてきたようです。約2年後にも献血キャンペーンに使用されています。

 2013年2月8日、千葉県松戸市の公式ツイッターには、「松戸市の防犯キャラクター松宮アヤと松戸献血ルームが献血キャンペーンでコラボレート。期間中に献血にご協力いただいた方にグッズをプレゼント」とあります。この時に使用された松宮アヤのイラストは、ネットで閲覧できます。




◇町おこしの事例


 萌えキャラは、ご当地アイドルという位置づけで、受け入れられている場合があります。萌えキャラによる町おこしは、萌えおこしと呼ばれることもあります。


【まろに☆えーる】


 2013年7月7日、栃木県のご当地アイドルグループという設定のマスコットキャラクターがとちぎテレビによって指定されました。まろに☆えーるは、春崎野乃花、堤愛実、瓜田瑠梨の3人です。

 とちぎテレビが自社の深夜アニメ放送枠をPRするために考案されました。漫画、CDなどが販売されたほか、下野市ととちぎテレビによって、短編アニメが制作されました。2018年8月から下野市の公式ユーチューブチャンネル「プチハピしもつけ」で公開されており、視聴できます。「サクラノチカイ~まろに☆えーる 東の飛鳥 下野市をえーる!」という栃木県下野市のプロモーションアニメで、餃子やいちご、かんぴょうなど名産品をモチーフにしたキャラクターも登場し、歴史上の人物、名産品紹介や施設案内が盛り込まれています。

 2022年5月7~8日、とちてれアニメフェスタ2022において、「ご当地萌えキャラまつり」が開催されました。ネットにくわしい内容が公開されており、たくさんの歌手、声優など出演しています。まろに☆えーるのグッズ販売もあり、非常に大規模なイベントであることがわかります。協賛企業の一覧を見ると、下野市観光協会、企業、団体等に加えて、防衛省自衛隊栃木地方協力本部、日本赤十字社栃木県赤十字血液センターも名を連ねています。イベントの様子は、公式に動画が制作されており、コスプレを楽しむ人々や展示ブースの様子などを視聴することができます。


【足利ひめたま】


 足利ひめたまは、栃木県足利市の実在の二つの神社に由来するキャラクターです。2010年、町おこしを目的として、プロのアニメーターにキャラクターデザインを依頼して誕生しました。縁結びで知られる足利織姫神社の神様、はたがみ織姫は、はかま姿の少女の姿をしています。縁切りで知られる門田稲荷神社の神様、門田みたまは、和風にデザインされた衣装の少女の姿で、白狐のシロ吉を伴っています。両神社をはじめ足利商工会議所、地元企業、有志などの協力のもとに活動しています。足利ひめたま制作委員会の公式サイトのトップには「足利を元気に」というメッセージが掲げられています。公式グッズも多数販売されており、公式サイトで見ることができます。

 コロナ禍の影響で3年ぶりとなりましたが、2022年5月22日、第16回ひめたま祭が実施されました。コスプレの他、痛車と呼ばれるキャラクターなどを車体にペイントした自動車の展示会が行われました。渡良瀬川の河川敷の多目的広場に設けられた会場に色鮮やかな自動車が並ぶ光景は壮観で、その様子は、ネットで見ることができます。

 公式ツイッターによると参加した自動車は248台、二輪車は18台でした。コスプレ参加者は288名、来場者は三千人でした。


【鉄道むすめ】


 鉄道むすめは、実際の鉄道事業者の制服を身につけたキャラクターのコンテンツです。トミーテックが、フィギアなどさまざまな製品を展開しています。実際に鉄道に乗ってスタンプを集めるスタンプラリーなどのイベントが実施されてきました。キャラクターの数は、2022年6月現在、夏服と冬服で別に数えている場合もあるので、多少前後しますが、PUで始まる番号のもので82、PLで9、TMで55、Eで6、Aで5、PSで6、DSで6、ESで6、合計175にのぼります。

 2021年2月26日~3月31日、「鉄道むすめ15周年記念キャラクター総選挙」がWEBで実施されました。投票数は、11万2656票にのぼりました。投票結果の第1位~第20位が発表されています。上位5位入賞キャラクターの等身大パネルが、2021年8月5日~2022年1月15日まで、該当する各鉄道の駅構内や待合室、鉄道ミュージアムなどに展示されました。




◇萌えキャラの炎上事例


 このように市民に愛され、町おこしにまで活躍の場を広げる「萌えキャラ」ですが、まれに、炎上という事態に発展してしまうことがあります。

 地方自治体等で独自にデザインされたキャラクターの他に、アニメや漫画の舞台がたまたまその土地であったことから、イベントなどで使われる例もあります。

 ここでは、炎上とまではいえないものの、ネット上で批判的な意見が見られたものも含めて、取り上げていますので、ご了承ください。


【碧志摩メグ】


 碧志摩メグは、志摩市が観光や海女文化を国内外へPRしようと、2014年11月に公開された海女のキャラクターです。三重県志摩市の公認キャラクターでしたが、地元住民から、性的な部分が強調され過ぎているという批判を受けていました。2015年11月5日、市による公認を撤回したと公表されました。しかし、公認は、はずれたものの公式サイトによると、現在でも地元のPR動画などがあり、活動を続けているということです。


【のうりん】


 2015年11月4日、岐阜県美濃加茂市観光協会スタンプラリーのポスターのイラストが公式ツイッターに投稿されました。テレビアニメ「のうりん」の舞台となる学校のモデルが、美濃加茂市の県立加茂農林高校だったことから、観光ポスターに採用されました。畜産を専攻する女性キャラクターが、胸の下くらいまでボタンの外れた薄緑色のつなぎを着て、大きな胸を両手で抱きかかえるようにしてひざを曲げ、困ったように顔を赤らめているというイラストです。批判が相次ぎ、29日には、撤去されました。


【駅乃みちか】


 東京メトロの公式キャラクター、駅乃みちかは、2013年に登場し、同社のサービスマネージャーという肩書でイベントなどに登場してきました。もともとは、いわゆる萌えキャラという作風ではなく、ほのぼのとした味わいのイラストでした。

 ところが、2016年10月13日、トミーテックのキャラクターコンテンツ「鉄道むすめ」の公式サイトでいわゆる萌え絵となって、新しいイラストが発表されました。そのイラストでは、同社の制服のスカートがぴたりと体にへばりつき、身体のラインがくっきりと見えるように描かれていたことから、批判が殺到しました。同社は、スカートの部分の修正をトミーテック側に依頼して、すぐに修正され、スカートの不自然な影の描写はなくなりました。しかし、顔を赤らめて恥ずかしがっている表情であることに加えて、片方の脚を膝のあたりで曲げているポーズに批判が集まりました。

 2017年2月11日から2018年5月31日まで実施された全国32の鉄道会社の共同イベント「全国鉄道むすめ巡り」というスタンプラリーのポスターでは、萌え絵版のイラストではなく、もとのタッチのオリジナルのイラストが掲載されました。全32のキャラクターのカラーイラストとモノクロのスタンプデザインは、鉄道むすめの公式サイトから閲覧できます。なお、萌え絵版のイラストは、鉄道むすめの公式サイトのキャラクター紹介のところで「鉄道むすめetc」のE04として、掲載されています。


【ラブライブ!サンシャイン!!】


 2020年02月12日、静岡県沼津市のJAなんすんは、大型商業施設内にアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」のキャラクターの等身大パネルやのぼりを展示しました。特産のみかんをPRするため、遠くに富士山が見えるみかんの木の前で、セーラー服姿の少女がみかんを手に立っているイラストが描かれていました。スカートが透けているように見えるという指摘が複数寄せられ、16日に撤去されました。


【バーチャルユーチューバー、キズナアイの事例】

 

 キズナアイは、架空のキャラクターで、2016年にユーチューブに登場しました。バーチャルユーチューバーの草分け的な存在で、絶大な人気を誇ります。2018年3月1日から25日まで日本政府観光局JNTOニューヨーク事務所は、新たなデジタル観光プロモーションを開始し、訪日促進アンバサダーとしてキズナアイを起用しています。キズナアイとともに日本観光の魅力を学ぶ動画が公開され、140か国からアクセスがあったといいます。動画の再生回数は10万回以上となり、懸賞クイズへの応募は6484名に上りました。3月14日から17日までユーザー参加型のイベントJapan Week2018が開催されました。

 さらに、2018年、NHKでは、「ノーベル賞まるわかり授業」という特別サイトを立ち上げました。医学・生理学賞、物理学賞、化学賞についての解説を専門家とキズナアイとの会話形式で学んでいくというものです。2018年10月2日、弁護士によるツイートをきっかけに「ノーベル賞まるわかり授業」のキズナアイが性的であるという批判が高まりました。タイトルの右側に配置されたイラストでは、胸が強調されており、おへそが出た衣装を身につけています。さらに、内容について、キズナアイの台詞には相づちが多く、女性はサポート役であるというふうに捉えられ、性別役割分業という視点からも問題であるという指摘がありました。

 2022年4月現在、このNHKのサイトは、閲覧することができます。

 実際にサイトを閲覧してみると、最初の表紙にあたるイラストは、たしかに性的という指摘も納得できるという印象を持ちました。胸が強調されており、おへそが出た衣装が目立っています。

 本文を見てみると、Lineの吹き出しを思わせるような色の付いた横長の帯の左側に少女のイラストが配置されており、科学にくわしくない人が読んでも親しみが持てるように工夫されていると感じました。たしかに、相づちが多いのですが、それは、専門家が解説するというサイトの性質上、避けられないようにも思いました。

 日本政府観光局が制作した期間限定の動画は、閲覧できなかったのですが、静止画で残っていた画像を見ると、うまく胸のラインのところでカットされていたり、真正面からの映像でわきの下が目立たないような角度になっていたりします。海外の目を意識して故意に性的要素を排除したのか、偶然なのかわかりません。NHKの場合とは、制作会社が違うのかもしれません。もしも、故意であるとしたら、海外にだけジェンダーに配慮しているように見せかけ、国内向けでは、配慮を怠っていることになります。


【炎上の理由】


 これらの炎上事例では、制作者側は、これくらいは大丈夫だろうと思ったものが、受け手側には、性的なメッセージとして受け止められてしまったと考えられます。

 これらに共通しているのは、身体のラインを必要以上に強調しているということでしょうか。碧志摩メグ、のうりんの場合は、肌の露出が多かったり、明らかに胸などの身体の一部を強調したりしています。また、東京メトロ、JAなんすんの場合は、どちらも衣服がへばりついていたり、透けていたりして、身体のラインが見えてしまうというものでした。キャラクターの表情とポーズの影響も大きいように思われます。

 さらに、キズナアイの場合、視覚的な問題のみならず、性別役割分業などのステレオタイプについて批判されました。




◇SNSの炎上事例


 近年、SNSは、幅広い世代で生活に欠かせないものになってきています。ツイッターなどのSNSを使ってキャンペーンが実施される場合もありますが、その中には、残念ながら炎上してしまった事例も見られます。これらはイラストそのものが視覚的に性的であると捉えられたという場合と、SNSの発信した言葉やコンセプト自体が問題となったものがあります。


【キリンビバレッジ 午後ティー女子】


 2018年4月26日、キリンビバレッジは「午後ティー女子」のイラストを投稿しました。それは、「午後の紅茶」という製品を飲んでいそうな女性像を4種類挙げて、それぞれの特徴をイラスト入りで解説するというものでした。その女性像とは「モデル気取り自尊心高め女子」「ロリもどき自己愛沼女子」「仕切りたがり空回り女子」「ともだち依存系女子」というものでした。

 この投稿に対して、顧客を馬鹿にしているといった批判が相次ぎ、削除されました。5月1日午前10時には謝罪のツイートが投稿されました。

 この場合は、これまでの事例と異なる特徴があります。これまで挙げてきた事例は、視覚的にイラストが性的であるという批判を集めたものでした。しかし、今回は、イラストに問題があったというよりは、広告のコンセプト自体が顧客を馬鹿にしているという印象を与えました。この商品を購入する女性全般を見下しているというメッセージを伝えてしまったのです。社会を風刺するという作風が個別の媒体では高く評価されていたとしても、それを商品の広告として利用しようとすると意味が全く違ってきてしまうということがわかります。ちょっと乱暴な例えですが、自虐ネタは、自分でやっているから許されるのであって、他人がやったら差別表現になる危険があるということです。一部の人たちに評価されているからと言って、広告で使えるとは限りません。SNSは、一部の愛好家で盛り上がる場であると同時に、愛好家でない人たちも目にする機会があることを肝に銘じておく必要があります。


【タカラトミー リカちゃん電話】


 2020年、10月21日、着せ替え人形リカちゃんを販売するタカラトミーが公式にツイッターを投稿しました。それは、「個人情報を勝手に暴露します」というハッシュタグがトレンド入りしている時に、これに便乗してリカちゃんの声が聞こえるというリカちゃん電話の告知をするものでした。

「とある筋から入手した、某小学5年生の個人情報を暴露しちゃいますね」という文言に続いて、リカちゃんの誕生日、星座、身長、体重、電話番号がリカちゃんの写真とともに掲載しました。さらに「久しぶりに電話したら、昨日の夜はクリームシチューを食べたって教えてくれました。こんなおじさんにも優しくしてくれるリカちゃん…」という書き込みがありました。児童への性犯罪を想起させるという批判が相次ぎ、タカラトミーは、問題のツイートを削除、10月24日謝罪しました。

 これもSNSならではの炎上事例といえます。SNSの投稿は、投稿者のツイートが身近に感じられる一方、企業としての発信なのか担当職員が個人的に趣味で発信しているのか、自覚しにくい側面があるのかもしれません。魅力的な人間らしいツイートにしたいという思いを担当者個人の努力だけに頼ることなく、組織的に複数人でチェックしていかないと、不適切な表現がそのまま世界中に拡散する危険があります。


【アツギ ラブタイツ】


 2020年11月2日、「タイツの日」に合わせて、「ラブタイツ」という商品をPRするキャンペーンを実施しました。公式ツイッターに次のような投稿がありました。「本日のため様々なイラストレーターさんに、アツギの商品を着用した女の子を描いていただきました!タイツの日、1日を通して朝・昼・夜のシチュエーションで女性の脚もとを彩るタイツ・ストッキングのイラストをお楽しみください!」

 イラストは、アツギの商品を履いた女性を描いたもので、制服を着た学生、働く女性など様々で、約30枚にも及びます。

 ツイッターでは「何何の日」と銘打って、それにちなんだ投稿が、トレンド入りし、そのハッシュタグをつけることによって閲覧数が増え、「いいね」という賛同ボタンを押してもらうことが、世間に認証された証拠として珍重されるという風習があります。

 このキャンペーンの問題点は、主に二つの観点で捉えられます。まず、イラスト自体が性的であると捉えられた作品が含まれていたことです。30枚ほどのイラストのうち、2枚ほどは、かなり初期に削除されました。さらに、言葉による問題もありました。公式ツイートで「素敵なイラストばかりで、動悸がおさまらないアツギ中の人。みんなめちゃくちゃ可愛くないですか」と投稿されました。ここでいう「中の人」というのは、ツイッターを投稿している会社の担当者、スタッフという意味の俗語です。

 この公式ツイートの「中の人」の文言に批判が殺到し、イラストを性的だとする批判もあり、これらを削除、謝罪する事態になりました。

 当初、男性であると目されていた「中の人」やイラストレーターの大部分が、女性であると判明したことから、議論が女性への非難にすり替えられ、さらには、男性こそが被害者であるという詭弁まで登場したことから、混乱が続きました。

 本来、炎上事例の場合に、その担当者の性別は、関係ないはずなのですが、どういうわけか、作者が女性だったとわかった途端に、その問題がその女性個人の資質を問うという方向になってしまいます。誰か一人に責任を擦り付けている限り、炎上事件はなくならないでしょう。組織的にどうやって防いでいけばいいのか、もっと建設的に対応してほしいと思います。

 SNSのトレンドというのは、ツイッターで表示される流行の話題を示すものです。その時々にどのハッシュタグで発信している人が多いかを示していますが、数時間で入れ替わってしまいます。早く発信しないと、もう次のハッシュタグに変化していて、流行のピークを過ぎたワードは、注目されません。次の日になると、投稿数はほとんどゼロになっている場合すら見受けられます。当然、閲覧してもらえる確率は、著しく低下してしまいます。広報活動にSNSを使用する場合、ともかく時間がありません。担当者が1人で判断し、すばやく投稿するという事態が発生しやすい手法です。

 SNSを広報活動に利用する際には、投稿内容をきちんとチェックできるシステムが必要だと思います。担当者個人に全ての責任を負わせる仕組みは、担当者に過度な負担を強いてしまいます。複数人による確認なのか、AIなのかわかりませんが、何らかの制度を整える必要があると思います。




◇自衛官募集ポスター


【自衛隊徳島地方協力本部】


 美少女のイラストを広告に使用するという動きは、自衛隊にも見られるようになりました。お堅いイメージとのギャップが目新しく、話題になりました。

 2010年4月、自衛隊徳島地方協力本部の「知れば知るほど誇れる仕事!」というキャッチコピーの自衛官募集ポスターで、大きな瞳の少女が指で四角い窓を作って片目で覗く顔のアップのイラストが使用されました。これは、地元のアニメ制作会社によるもので、たいへんな人気を呼び、各地でポスターの盗難騒ぎが起きるほどだったと言います。好意的に受け入れられたようです。


【自衛隊茨城地方協力本部】「小梅」「のばら」「ひばり」


 その後も、自衛隊では、美少女のイラストを使ったポスターが多数登場します。

 2014年4月4日、自衛隊茨城地方協力本部の自衛官募集ポスターでは、公募により選ばれたイラストレーターによるイラストが使用されました。陸上自衛隊の「小梅」、海上自衛隊の「のばら」、航空自衛隊の「ひばり」という3人のキャラクターが描かれています。2018年を最後に女性キャラクターのポスターは作られなくなりました。2019年からは、アニメ風の男性3人のポスターになっています。毎年、発表される歴代のポスターは、自衛隊茨城地方協力本部のホームページで見ることができます。


【自衛隊東京地方協力本部】「GATE」


 2015年7月、『GATEゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』(原作・柳内たくみ)のテレビアニメ放送が開始されました。それに伴い、自衛隊東京地方協力本部の自衛官募集ポスターに登場するようになりました。元自衛官である著者の提案により実現したコラボです。自衛隊が異世界で活躍するというファンタジー小説が原作のアニメで、自衛隊の装備など細部まで描かれる表現には、定評があります。


【自衛隊神奈川地方協力本部】「はいふり」

 2016年4月10日、自衛隊神奈川地方協力本部と「はいふり」と呼ばれるテレビアニメ「ハイスクール・フリート」のコラボによる自衛隊員募集のポスターが公開されました。アニメは、2016年4月から6月までの深夜の時間帯に放送されました。物語の舞台は、日本列島の大部分が海中に沈んだとされるパラレルワールドの横須賀市です。少女たちが海上の防衛を担う職業「ブルーマーメイド」になることを目指す養成学校で、訓練に挑む姿が描かれています。タイトルにある「フリート」というのは英語のFleet、海軍のことで、正式なタイトルは第一話の終盤で発表されました。

 一見、子ども向けのアニメを思わせる美しい少女たちが登場し、視聴年齢制限もありませんが、深夜帯に放送されたということからも察せられる通り、実際には大人向けのアダルト作品といえます。訓練中の服装は、セーラー服とミニスカートのままで、ときどきスクール水着を思わせるデザインの水着の上にパーカーを軽く羽織ったまま戦闘訓練に挑むこともあります。少女たちのあこがれの職業「ブルーマーメイド」は、省略されて「ブルマー」と呼ばれることもあります。いまやスクール水着とブルマー、セーラー服などは、性的な象徴となってしまった感が否めません。

 物語は、日本の歴史を踏まえつつ、独自の世界観を構築しており、迫力のある戦闘シーンがある一方、少女たちの入浴シーンなど、少女たちを性的対象物として捉える側面も見受けられます。ポスターの絵柄が取りざたされる以前の問題として、果たしてこのアニメが自衛隊の広告として使用するのにふさわしいのか、検討すべきだったのではないでしょうか。アニメが完成するより前に広告として採用することを決めてしまったのかもしれませんが、実際にアニメを視聴していたら、とてもこれが広報活動に使用できる内容ではないということに気付いたと思います。

 ポスターは、浅瀬の海にセーラー服を着た少女たちが裸足で足先を水につけて、立っているという構図のものです。下から見上げるような微妙な角度で、手前の少女のスカートの中に白いフリルのようなものが見えます。確かにすらりと伸びた足が目立ちますが、流れるような空の雲と風を受けてたなびくような手前の少女の髪と衣服の動きが、のびやかな印象を与えています。背景にY467という文字の書かれた船が描かれているのは、アニメに登場する教育用の駆逐艦「晴風」です。アニメの宣伝であったら、何の問題もなかったような気がするのですが、これが自衛官募集のポスターだと言われると、どうなのかなという感じもします。このポスターに関しては、性的過ぎるのではないかという批判もありました。このポスターは、「ハイスクール・フリート」のサイトで見ることができます。


【炎上に至らなかった理由】


 地方協力本部が発表した自衛隊ポスターは、全部ではありませんが一部、防衛省の自衛官募集ホームページで閲覧できます。

 ここに挙げた作品は、多少の批判は見られたものの、炎上には至っていません。正直なところ、単純にイラストだけを見ると、炎上してもおかしくないようなイラストも含まれています。

 茨城県地方協力部の美少女のイラストなどは、胸が強調されているという点では、炎上したポスターとあまり変わらないようにも見えます。でも、炎上に至らないのは、キャラクターの明るく堂々とした態度が、媚びたり、恥じたりしていなくて、性的な感じがしないからではないでしょうか。それに加えて、地元の公募で選ばれた作品であることも関係しているように思えます。3人の名前も地元の特産品に由来しています。地元に愛されているということで、地元の方々から好意的に受け止められているのかもしれないと感じました。

 また、東京地方協力本部の「GATE」のイラストも、部分的に見れば、へそ出しファッションであったり、胸が大きく描かれている少女も見受けられたりしますが、全体から伝わってくる印象は、力強い感じです。これは、絵のタッチとか、色使いとかそういう絵画的なことに由来するのかもしれません。さらに、なんといっても原作者が元自衛官で、物語が自衛隊の活躍する異世界ものということなので、その物語性で納得する部分もあるのかもしれないと感じました。

 逆に「ハイスクール・フリート」は、アニメ本体は、少女だけの海上訓練という特殊な物語設定ですが、ポスター自体の印象はとても爽やかです。背景の雲の流れにも動きがあり、手前の風に吹かれる少女がのびやかに描かれていています。後ろに描かれた少女たちも楽しそうにしています。これらの要素が、全体として明るい印象を与え、概ね好意的に受け止められたのではないかと思います。




◇炎上しないためのチェックリスト

 

 これまでの事例から、炎上しないためのチェック項目を整理してみたいと思います。


【7つのチェックポイント】


①肌の露出度

 裸であったり、下着だけしかつけていなかったり、通常では見かけないほどの肌の露出は、性的であるという印象を与えます。衣類が透けている場合も含みます。


②身体の一部の強調

 胸やヒップなど身体の一部分が大きく描かれていることが、性的であるという印象を与える場合があります。


③表情

 恥じらうような表情や顔を赤らめている場合、性的表現と見なされやすいようです。また、口を開けている場合にも注意が必要です。


④ポーズ

 身体を不自然にくねらせていたり、よじったりしていると、性的なメッセージとして受け止められやすいようです。


⑤全体の印象

 絵画としての全体から受ける印象が影響することがあります。透明感、爽快感のほかに、空間的な広がりや力強さがあるとプラスに作用します。デザイン、色使い、筆遣いなどが関係していると考えられます。


⑥物語

 イラストのもとになっている漫画、アニメ、小説などの物語がイラストの評価に少なからず影響を与える場合があります。地名や地元の特産品などの名前が使用されることでプラスに作用する場合があります。少女への性犯罪を扱う作品などの場合、マイナスの影響があります。性別役割分業などが見られる場合もマイナス評価です。


⑦コメント

 SNSなどで発信した担当者のコメントが不適切であった場合、広告への評価にマイナスの影響を与えることがあります。


 以上のように、①~⑤は、イラストについてですが、⑥は原作の物語について、⑦は担当者の対応に関わる事柄です。



 

【ワールドウィッチーズ自衛隊ポスター】

 

 2018年11月21日、「ワールドウィッチーズシリーズ」公式ツイッターによると、「ワールドウィッチーズ10周年とコラボした隊員募集ポスターの掲出が本日より開始しました。滋賀の各地にて掲出しています」とあります。そこには、同じポーズで、衣装の異なる2種類のポスターが並んで示されています。

 左側には、青空に浮かぶ3人の少女が描かれています。上半身は、紺または白を基調とした長袖の制服のような衣服を身につけていますが、下半身は、一見すると黒っぽい下着しか身につけていないかのように見えます。その右側には、全く同じ構図で、赤と白を基調とした鼓笛隊を思わせる装飾の袖なしの衣装を身につけた作品があります。下半身が露出しているのは、あまり変わらないように見えますが、こちらはワンピースドレスの丈が短いものに見えないこともありません。


 前述したチェックポイントの①の典型的な事例のように思われますが、この二種類のイラストによって、興味深いことがわかります。

 ツイッターなどで拡散したのは、上半身は制服を着ているのにもかかわらず、スカートを着用していないように見える左側の方のイラストでした。作品全体から受ける印象によるという点では、⑤に関連しているといえます。自然体に見えるという点で、ワンピースドレスのような衣装がプラスに作用したのだと思います。

 2019年2月28日、京都新聞が取り上げたことで、問題は広く知られるところとなりました。テレビの情報番組などでも取り上げられたことから、炎上騒ぎになりました。

 京都新聞の取材に対し、自衛隊滋賀地方協力本部は、「下着ではなくズボンだという設定」と説明しました。たしかに、このアニメの世界では、見えているのは下着ではないという設定です。しかし、結局、この理屈は世間に通じず、ポスターは撤去されました。

 よく似た2枚のイラストは、見る人がどういう時に違和感を感じるのか、まるで資料を提供してくれているように感じます。メッセージを受け取る側は、どのあたりから不快に感じ、炎上するラインはどこにあるのか探る際のヒントになるように思われます。

 この二者択一を都合よく解釈して、鼓笛隊風の衣装のイラストは国民の了承を得たと思い込むのは、拙速です。おそらく人間の感じ方というのは、連続的なグラデーションのようなもので、きれいにここから向こうは白、こっちは黒と単純に二分できるものではありません。この2つのイラストを比較した場合は、こういう結果になったという事実しかわからないのです。




◇「宇崎ちゃん」献血ポスター


【環境型セクハラしているようなもの】


 日本赤十字社は、漫画『宇崎ちゃんは遊びたい』とコラボレーションして、献血への協力を呼びかけるというキャンペーンを展開していました。献血キャンペーンにあわせてイラストのついたクリアファイルを作成し、同時にポスターも掲示していました。エプロンをつけてお盆を持った女性が描かれています。

 ところが、2019年10月14日、あるアメリカ人男性のツイートがきっかけで、このキャンペーンは見直しを迫られました。

 それは、この漫画の主人公「宇崎ちゃん」の献血ポスターが、新宿駅前の献血ルームの前に掲示されていることを指摘したもので、さらに弁護士による「環境型セクハラしているようなもの」というツイートが話題となったこともあり、さまざまな議論を呼びました。


 胸が強調されている②の要素に加えて、口を開けている笑い方が性的な印象を与えるという③の要素が該当します。


【第一弾と第二弾でどう違うのかわからない】


 この極端に胸を強調したイラストの献血キャンペーンは、批判を受けて第二弾のキャンペーンに移行します。第二弾のクリアファイルは、献血にまつわるストーリー漫画になっています。先の弁護士がこれを「最初からこうしていればよかった」という趣旨の発言をしたこともあり、当時は、これで騒動が終息したかのように思われました。しかし、この時に何か火種のようなものが残ったのではないでしょうか。

 それは、ネットを検索すると見られる「第一弾と第二弾でどう違うのかわからない」という率直な感想に表れていると思います。

 このことは、専門家も指摘しているので、引用します。


「ただ胸の強調がなくなったわけではなく、逆に私はこれならいいのか、と疑問が残ってしまいました。(中略)胸の強調がどの程度だったら許されるのかの線引きを、私もはっきりと示すことができないのです。」『炎上CMでよみとくジェンダー論』p143


 実際に画像検索してみると、第一弾は女性の単独のイラストです。胸が極度に大きく描かれています。第二弾も同じキャラクターがコマ割り漫画で登場します。胸は強調されているのですが、当然、そのキャラクター自体は小さく描かれることになります。確かに第一弾に比べれば目立たないのですが、画面で拡大して見ることもできますから、それが「第一弾と第二弾でどう違うのかわからない」という感想につながるのだと思いました。


【あいまいな終息】


 献血ポスター事件は、きちんと検証することなしに、なんとなく第一弾はアウトだけど、第二弾ならセーフらしいというあいまいな前例を作ってしまう結果になったのではないでしょうか。ネット上で炎上が終息したからそれでいいということで、性的表現の許容範囲があいまいなまま、放置されてしまったのです。セーフの判断をしたという主体もあいまいで、炎上に疲れた人々が話題にしなくなったというだけかもしれないのに、あたかも大衆のお墨付きを得たかのように認識される事態を招いたように見受けられるのです。




◇日経新聞『月曜日のたわわ』広告


【宇崎ちゃんからたわわへ】


 こうしてみると、今回のたわわ事件は、ただ単独に発生したのではなく、献血ポスター事件の延長線上にあるのだということがわかります。前例を参考にするのは本来いいことのはずなのですが、単なる炎上の終息を大衆による容認と誤解してしまったことで、今回の炎上を招いたように思います。


 献血キャンペーン第一弾に使用された胸を強調した女性のイラストは、漫画書籍『宇崎ちゃんは遊びたい』第三巻の表紙のイラストそのままでした。新聞広告で小さく表示された『月曜日のたわわ』の表紙も、極度に胸を大きく描いたイラストであったので、そのまま使用したらアウトだということはわかったのだと思います。

 そして、第二弾で描かれた女性は、腕をまっすぐに上げているので、胸がよく見える姿勢になっています。そこを指摘する声を踏まえたかのように、『月曜日のたわわ』では、腕を下ろした状態で横から描くことによって、胸の一部を隠すポーズになっています。だからといって、胸が完全に隠れているわけではなく、よく見ればわかるようになっています。この問題になりそうだとわかっているのにあえてやっているというあたりにあざとさを感じるという指摘もあり、さらに炎上を招く結果になりました。


【編集部のコメント】


 2022年4月4日のネットニュースに週刊ヤングマガジンに連載中の比村奇石「月曜日のたわわ」全面広告が日本経済新聞に掲載されたことが記載されています。ヤングマガジンは、講談社で発行されている漫画雑誌で、年齢制限はなく誰でも購入することができます。編集部コメントとして、次のように記載されています。

「4月4日は、今年の新入社員が最初に迎える月曜日です。不安を吹き飛ばし、元気になってもらうため全面広告を出しました」

 この日は、単行本第四巻の発売日でした。

 

【3つの特徴】


 今回、日経新聞に掲載された広告について、次の三点を指摘することができます。


 第一は、その大きさです。新聞の全面広告の大きなイラストは、その大きさゆえにそれを見た人たちに、非常にインパクトを与えました。もちろん、それは本来、広告としては成功しているのですが、逆に細部までよく観察されたということでもあります。巨大な新聞広告のイラストが性的メッセージとして捉えられました。

 さらに、左下に小さく表示された漫画書籍の表紙のイラストが過激であったために、追い打ちをかけました。拡散された映像は、スマホやパソコンで見ることになります。元の新聞紙面では小さなサイズであった漫画書籍の表紙のイラストが、画面いっぱいに拡大されてSNS上で拡散しました。


 第二に、広告が新聞のブランドイメージにそぐわなかったことです。広告を掲載した新聞は、知的レベルが極めて高いビジネスパーソンが主たる購買層であると考えられていた経済に特化した老舗新聞社のものでした。正直なところ、この新聞がスポーツ新聞であったなら、炎上しなかったのではないでしょうか。

 日本経済新聞社は、2020年より「日経ウーマンエンパワーメント広告賞」を実施しており、国連女性機関とも連携してステレオタイプをなくす取り組みをしてきました。日本の企業の中でジェンダー問題の牽引役とも言える立場でした。近年のキャンペーンを知っている人たちにとって、今回の広告の与えた衝撃は、とても大きかったと思います。

 これに拍車をかけてしまったのが、ヤングマガジン編集部のSNS上でのコメントでした。新入社員は男性だけではなく、女性もいるという視点が欠けているのではないかという指摘が寄せられました。


 第三に、広告の宣伝している書籍の内容が過激であったことが指摘できます。漫画の内容を知っていた人から、新聞を朝の通勤時間帯に電車内で読む人もいるので、この広告は不適切ではないかという指摘が見られました。

 実際に書籍を始めて読んでみたという女性のネット記事によると、第一話の電車内の女子高生の痴漢被害を男性目線で描いているという話に衝撃を受け、読み続けることは大変な苦痛だったといいます。成人向けの書籍に指定されていないことに驚いたということでした。


【国連女性機関による抗議に発展】


 この事件に関しては、国連女性機関による抗議がありました。日本経済新聞社は、国連女性機関と連携し、性別への偏見による社会のステレオタイプ(固定観念)をなくす活動をしていました。本来はステレオタイプの是正にあたるべき立場にあったのです。


【専門家の見解】


 ハフポスト日本版では、次のような趣旨の指摘が掲載されました。要約して一部を紹介します。


◇◇◇◇◇◇


 東工大の治部准教授は、今回の全面広告の主な問題点を3つ指摘しています。


 1つ目は、あらゆる属性の人が読む最大手の経済新聞に掲載されたことで、「見たくない人」にも情報が届いたことです。女性や性的な描写のある漫画を好まない男性が「見たくない表現に触れない権利」をメディアが守れなかったことが問題です。


 2つ目の問題は、広告掲載によって「異性愛者の男性が未成年の少女を性的な対象として搾取する」というステレオタイプを肯定し、新聞社が社会的なお墨付きを与えたように見られることです。広告は女子高生のイラストをあえて用いることで、作品が発信しているメッセージを確信犯的に、大々的に伝えています。


 3つ目の問題点は、これまで「メディアと広告によってジェンダー平等を推進し有害なステレオタイプを撤廃するための世界的な取り組み」を国際機関とともに展開してきた日経新聞が、自ら「ジェンダーのステレオタイプを強化する」という矛盾に陥ってしまったことです。


 日経新聞は国連女性機関日本事務所と連携し、ジェンダー平等に貢献する広告を表彰する「日経ウーマンエンパワーメント広告賞」を主催するなど、広告のジェンダー平等化を推進する立場に立ってきました。今回の全面広告は、『未成年の女性の肉体に欲望を抱く男性の視点』のみに偏っており、見られ、触られる側に立つ女子高生の『人格や主体性』は考慮されていません。


◇◇◇◇◇◇



◇ネット上の反応について


 ネット上では、この広告について、あまり問題視する必要はないという意見も見られました。例えば、世の中には、もっとひどい事件が放置されているのにこの問題だけ指摘するのはおかしいという意見がありました。また、実際に女性や高校生などに聞いたら「とくに気にならない」が多かったからいいだろうという書き込みもありました。

 個人的にアンケートを外部に発注して、その結果をSNSに投稿している事例もありました。

 ネット上には、女子高校生を神聖視するような書き込みが見られる一方、40代の女性たちを揶揄するような書き込みもありました。

 また、見たくない人は見なければいいのではないかという意見もありました。女子高生は日本経済新聞を読まないからかまわないだろうという書き込みも見られました。

 さらに、国連女性機関による抗議を「干渉」と捉え、広告を擁護する書き込みも見られました。

 これらの書き込みは、海外でも報じられており、英語版のネット記事に日本語の写真とともに英語訳を添付して、紹介しているものがありました。

 これらのことについて、考えてみたいと思います。



【大事な問題】

 もっとひどいことが世の中にあるのだから、こんな些細なことを問題視するのはおかしいという論調があります。これを言っていたらきりがありません。世界には戦争もありますし、もっと悲惨な事件は多発しています。だからといってこの問題を放置していいという理由にはなりません。無視してはいけない大事な問題だと思います。


【アンケートについて】

 実際に女性や高校生などに聞いたら「とくに気にならない」が多かったからいいだろうという議論で、この問題を正当化しようとするのは、たいへん危険です。あのイラストだけを1枚見せられたなら、気にならないという人が多数派になることは容易に想像がつきます。スマホなどの画面では、かなり注意深く観察しないと、左下の小さいイラストの存在にさえ気が付かないでしょう。そもそもこの漫画を実際に読んだうえで発言している人はあまり多くはないでしょう。


 イラストの詳細や漫画のあらすじを教えずにアンケートをとって、あたかも問題がなかったように見せかける行為は、慎むべきです。あの漫画の単行本の表紙を無理やり見せたり、あらすじを女子高生に教えたりすること自体、性的虐待に匹敵すると思うので、実際に統計はとれないと思いますが、大人の都合で女子高生を巻き込むことは、絶対にやめてほしいと思います。


【アンケートは多数決ではない】

 アンケートを何の仮説もなしに外注して、ただの多数決として結果を捉えている人が多いように感じました。過半数の意見は正義であると決めつけ、過半数に満たない意見をもつ人たちを差別していることが多いように見受けられました。

 アンケート結果を性別と年齢で区切って集計してみたところ、20代、30代の女性に比べて、40代の女性に広告に否定的な意見を持つ割合が高かったという報告がありました。この結果を見て「これだから40代の女性はわかってない」という程度の分析で終わらせてしまうのは、とても残念なことです。普通に考えれば、40代の女性と言えば、高校生の子どもを育てている母親世代ではないかと予測できます。母親たちが我が子を心配しているだけかもしれません。

 あるいは、30代、40代と年齢を重ねるごとに経験値は増えるはずですから、セクハラなどの性的な被害に遭った経験のある人の割合が年齢とともに増えていることは、容易に予想できます。子どもの有無とか、セクハラを受けた経験などを調査項目に加えて集計すれば、その仮説の立証につながります。

 アンケートは、何か明らかにしたい事象があるときに行う社会調査の手法の一つであり、多数決とは似て非なるものです。ましてや、ある一定の年齢層の女性たちを差別するために悪用することは許されません。


【理解不足】

 国連女性機関による抗議が理解されていない一面もありました。実際は、日本経済新聞社が国連女性機関とともに連携して取り組んでいたメディアと広告によってジェンダー平等を推進し、ステレオタイプを撤廃しようとするアンステレオタイプアライアンスに反するということでの抗議でしたが、一般の人たちには、このあたりの理解が不十分であったように見受けられます。なお、「アンステレオタイプアライアンス」については、次回の記事で取り上げていますので、そちらをご参照ください。


【正解はない】

 どこまでが性的表現として受容されるのかということには、おそらく正解はないと思います。時代によって価値観は変わるし、受け手側によって、その印象は変わってしまいます。

 ただ、あまりにも世の中が成人男性の視点のみで語られ過ぎているのではないか、ということは指摘しておきたいと思います。


【炎上のポイント】

 日本経済新聞に掲載されたイラストは、女子高校生が横向きに描かれています。全体的に青い色調で、爽やかな印象を与えます。批判が集中したのは、大きく強調された胸で②の事例に該当します。ミニスカートから見える脚が気になって、①についてもやや問題があると感じた人もいるかもしれません。さらに、コメントが不適切であったために炎上したという点では、⑥も該当します。


 しかし、何よりも影響を与えたのは、電車内での女子高校生の痴漢被害を男性目線で描くという漫画書籍そのものに対する批判的な意見であり、このことが広告の掲載への批判に影響していると考えられます。

 つまり、この広告の炎上原因は、①②⑥⑦が該当し、そのうちの⑥が大きく作用したと考えられます。


 今回の広告が、ここまで議論の嚙み合わない長期にわたるネット上の炎上事件に発展してしまった原因はまさしくこの点です。この漫画を実際に読んでない人は、この広告があまり気にならなかったということが予想できます。一方、漫画を読んだことがある人は、大部分が作品のファン層ですから、広告を気にする人は少なく、むしろ広告を批判されると作品を批判されているように感じることがあったかもしれません。


 漫画を読んだうえで、この広告が日本経済新聞に掲載されたことに疑問を持って、この広告に批判的な意見を表明したのは、ごく一部の層であったと考えられます。それを受けて、漫画を読んだことのない人たちが広告を擁護し、その声を吸い上げて、漫画のファン層がこれを拡散するという構図があったように考えられます。





◇問題の背景にあるもの


【ネットによる接触機会の増加】


 あらゆる情報が誰でも自由に閲覧できる時代になりました。わざわざ検索するまでもなく、勝手に情報は流れてきます。スマホやパソコンを使用する限り、自分の好みではないからといって、情報を遮断することは不可能です。紙の媒体だから拡散しないというものでもありません。今回の広告に関しても、実物を目にした人よりもSNS上で見た人の方が多いのではないでしょうか。


【広告の伝えるメッセージとしての役割】


 広告は、その商品に関する情報を伝えるのはもちろんですが、本人が無意識なままに心の奥底に深く作用し、強烈なメッセージを残すことがあります。なんらかの価値観を伝えてしまうのです。

 ここで伝えられているメッセージには、女性をあくまで性的対象としてしか評価しないという価値観が隠れていると思います。

 カメラで現実を写し取る実写と異なり、イラストやアニメは、何もない真っ白な画面に作者が色を塗って絵を描きます。作者が100パーセント自由に画面を作るのです。作者の自由度は、むしろ実写よりも大きく、デフォルメすることもできます。だからこそ、過去の歴史においても、世の中の人々の意識に働きかけるようなプロパガンダ広告に、イラストやアニメ、絵画は多用されてきました。

 今回の広告のイラストは、とてもきれいだし、人目を引くような魅力に溢れています。そういう力を持った絵だからこそ、その使い方には、十分な配慮が必要だったのではないでしょうか。




◇法律的な課題


 写真や実写映画では性的表現が規制されても、イラストやアニメになると途端に規制が緩くなり、ほとんど視聴年齢制限が機能していないのが実情です。


 実は、「宇崎ちゃん」のときに話題になった「環境型セクハラしているようなもの」というツイートですが、「環境型セクハラである」と断言されていないことにこの問題の難しさが表れています。あくまでも「~ようなもの」という比喩表現なのです。なぜなら、この「環境型セクハラ」という言葉は通常、労働の場において適用される概念なので、そのまま公共空間に適用することには、難しい一面があるようです。


 厚生労働省による資料によると、環境型セクシャルハラスメントとは、「労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなどその労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」とされています。


 また、典型的な例として、次のような事例が掲載されていました。


◇◇◇◇◇◇


 事務所内において上司が労働者の腰、胸などに度々触ったため、その労働者が苦痛に感じてその就業意欲が低下していること。

 同僚が取引先において労働者に係る性的な内容の情報を意図的かつ継続的に流布したため、その労働者が苦痛に感じて仕事が手につかないこと。

 事務所内にヌードポスターを掲示しているため、その労働者が苦痛に感じて業務に専念できないこと。


◇◇◇◇◇◇


 現在のところ、職場におけるセクシャルハラスメントとして、「対価型セクシャルハラスメント」と「環境型セクシャルハラスメント」の2つを挙げたうちの1つという位置づけです。

 環境型セクシャルハラスメントという概念については、労働の場からもっと広く公共空間への適用も含めて、議論を深めていきたい課題だと思います。


 日本における女性への差別を規制する法的根拠を探しているうちに気が付いたのですが、ここで指摘されているように、現時点では直接に取り締まるような国内法を見つけることは難しいようです。炎上騒ぎが繰り返されてしまう背景には、法律問題があると思います。




◇CEDAW(女子差別撤廃条約)


【女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約】

(Convention on the Elimination of All Forms of Discrimination against Women)


 日本における女性への差別には、何も法的規制がないのかというと、そんなことはありません。国連による女性差別撤廃条約(1979年)があります。日本は1985年に批准しています。


 内閣府男女共同参画局ホームページによると、締約国は、2021年2月現在で189か国です。


 女子差別撤廃条約は、女性・女児に対するあらゆる形態の差別を撤廃することを基本理念とした条約のことです。

 1979年12月18日、第34回国連総会において採択され、1981年9月3日に発効となりました。日本は、1980年7月17日にデンマークで署名、1985年 6月24日 第102回通常国会において本件条約締結を承認、1985年 6月25日に 批准されました。全文は、男女共同参画白書令和四年版のPDFファイルで確認することができます。


 条約の締約国は、同条約の実施のためにとった立法、司法、行政その他の措置等について定期的に国連に報告を行い、女子差別撤廃委員会の審査を受け、同委員会は当該審査を踏まえ、締約国に対し「勧告」を含む最終見解を発出することになっています。


 第4回日本レポート審議「総括所見」(2009年)における「主要な問題領域および勧告」の中に「ステレオタイプ」という項目があります。一部を引用します。


「メディアでのポルノ増加にも懸念する。女性の過度な性的描写は、女性を性的対象としてみるステレオタイプな認識を強化し、自尊心の低下をもたらす」


 さらに「女性に対する暴力」という項目には、次のような記述があります。


◇◇◇◇◇◇


 少女・女性への性的いたずらを売り物にするポルノビデオゲームや漫画に反映されている女性・少女に対する性的暴力の常態化を懸念する。これらのビデオゲーム・漫画が児童買春・児童ポルノ禁止法の法的定義外であることが問題である。政府代表が審議中に口頭で保障したように、児童買春、児童ポルノ禁止法の改正にこの問題を含ませることを勧告する。


◇◇◇◇◇◇


 この勧告は2009年になされましたが、未だにこの法改正は実現していません。日本は、条約締結国でありながら、実施の義務を怠っているのです。どこか遠くの途上国に向けて発せられたものではありません。日本へと発せられた勧告です。


【児童買春・児童ポルノ禁止法】

 日本では、メディアによる性的虐待を受けて育った子どもが大人になって、また性的虐待に加担するようなメディアを生産しているというループが出来上がってしまっています。この負のループを断ち切らないと、今後もこのような炎上広告が作られてしまうことでしょう。

 そのためには、児童買春・児童ポルノ禁止法のさらに厳格な法改正が必要です。児童ポルノに類する漫画等(漫画、アニメ、CG、擬似児童ポルノ等)に関する法整備の議論を再開する必要があると思います。


【女性差別撤廃条約と日本】

 日本における女性差別の法整備について、国連とのやりとりを知ることができる資料があります。山下泰子文京学院大学名誉教授の「女性差別撤廃条約と日本」という論文ですが、ネットで読むことができます。ここに一部を引用します。


◇◇◇◇◇◇


 赤松良子元 CEDAW 委員の「総括所見」の感想は、「CEDAW は苛立っている」というものであった。CEDAW は、いったい日本は条約締約国の義務をどう考えているのか、日本は条約実施の義務を負っていることを想起せよ、「総括所見」の実施のために国会が必要な措置をとるよう奨励せよ、前回の「最終コメント」の勧告事項の実施されなかった点と今回の「総括所見」の実施のためにあらゆる努力をせよ、といっている。 

 これらは、まさに CEDAW 審議を直接傍聴した筆者が指摘したかったところである。民法改正が進まない理由を問われた法務省は、2度も繰り返して、世論調査の動向を注視していきたいと回答し、間接差別の定義が限定的な点を質問された厚生労働省の回答は、何を遵守すべきか社会的合意がなかったことを理由にあげた。CEDAW 委員からは、日本は、条約を批准したのだから、女性差別撤廃条約によって法的に拘束されているのであって、世論の問題ではない、と明確に指摘された。


◇◇◇◇◇◇



【法律だって完璧ではない】

 ネットの書き込みに、「法律に違反していないのだから、それでいい」という反応が多く見られました。法律こそが最終的な正解であり、それを絶対的な正義であるとする考え方です。もちろん法律順守は大切なのですが、法律さえ守っていればそれでいいという受け身の態度は、もったいないと思います。よりよく生活していくためには、どのような法律が必要なのか考え続けることが大切なのではないでしょうか。

 法律だって、完璧ではありません。だから、整備していく必要があるのです。




次回は、日本経済新聞社と日本女性機関の取り組みについて取り上げます。

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