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宙の花標  作者: ながる
第一部 宙の花標
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07.暗闇

「部屋を整えてきますので、しばらく当事者お二人で情報交換などしていてください」


 なんて言葉を残して、安藤は荷物を持って二階へと上がっていった。

 ぐしゃっと丸めたお婆ちゃんからの手紙を、ツバメがその後ろ姿に投げつけたけど、ひょいと傾げた頭にかすりもせずに肩の向こうへと通り過ぎていく。


「くっそ可愛くねぇ! お嬢さんも、あんなの根っから信用するんじゃねーぞ。主人には従順だが、それが変われば手のひら返しやがるからな!」

「そんな……」


 反論しようとして、頭のどこかでそうかもしれないと呟く声がする。

 安藤が優しいのは、お婆ちゃんの遺言があるからだ。

 少し肩を落とすと、ツバメが眉をひそめた。


「なんだぁ? まさか、アレに惚れてるとかいうのか?」

「え? ほ……? やっ、ち、違います! お婆ちゃんと安藤は、小さい頃から一緒に暮らしてたから……!」


 傍にいたけど、確かによく知らない。

 ツバメは下卑た笑いを張りつかせて、手のひらをぱたぱたと動かした。


「そんなに長く一緒にいて気づいてないのか。やめとけよ? あいつは――」

「ツバメ! シーツはどこにしまい込んだんですか! 洗ってないとか、いいませんよね?」


 二階から降ってきた安藤の声に、ツバメは渋面を作って、渋々と立ち上がった。


「無くても死なねーっつの……で、結局、お嬢さんはどうするつもりなんだ?」

「……正直、よくわからなくて。ここに来たのも、お婆ちゃんが骨の一部を埋めてほしいって言ったからで……あの、どこかいい場所ってありますか?」

「……なるほど? あいつも滞在する気みたいだし、後で庭を見せてやる。元は婆さんの星で、今度はあんたの星になるんだし、好きなところに埋めりゃいいさ」


 少し奥に引っ込んで、どこからかシーツを持って戻ってくる。


「あなたは……津波黒さんは、私がオーナーでも問題ないと思いますか?」


 背中にかけた問いに、彼は半身で振り返って、ひらりと手を振った。


「崋山院次男の娘。金回りはどうかしらねーが、あの中では一番話ができそうだ。どのみち、俺みたいなのには選ぶ自由はねーよ」

「ツバメ!!」

「うるせー! 今行く! 情報交換してろって言ったのはそっちだろ!!」


 ドスドスと階段を踏み抜きそうな音を立てて、ツバメは登っていく。ひとり残されて、なんだか落ち着かなくなった。私も上に行って手伝うべきだろうか。

 腰を浮かせかけて、安藤には断られそうだと結局座り直す。自然、部屋の中を見渡すことになった。

 ツバメの様子からはもっと荒んでいても良さそうだが、意外と小綺麗にしている。大きな窓から入り込む明るい陽射し(人口太陽だろうけれど)にちらちら舞う埃は見えても、積もっているところは見当たらない。紅茶のカップだって白磁に薔薇模様が描かれていて、お婆ちゃん好みっぽい。

 単に自分に無頓着なタイプなのかも?


 長いこと滞在してる、なんていうから、もっと歳のいった人を想像してたけど、髭を剃れば見た目は安藤と同じくらい? お婆ちゃんがずっと信頼してここを任せていたのだから、そう悪い人ではないのだろう……たぶん。

 安藤も、ずいぶん気安く接しているみたい。付き合いも長そうだったな……


 揃って二階から下りてきた二人だったけど、表情は対照的だった。苦虫を噛み潰したような顔のツバメと、上着とネクタイを外して爽やかに微笑んでいる安藤。全然気は合いそうにないのに、妙にしっくりなじむ雰囲気が不思議だった。





 一休みしてから午後に庭を案内してもらい、家の裏側には養蜂場があること、隣にもう一つドームを造るために工事が行われていることがわかった。交代で来る作業員の人たちとはよく交流しているらしい。(とはいえ、その工事も中断せざるを得ないかもしれない)

 ハチミツを取るために、紫陽花だけでなくレンゲやシロツメクサ、ニセアカシアの木なんかも植えてあり、もう少し早い時期でも目を楽しませてくれるという。ドーム内はひどく暑くもならず、寒くもならず、それでも一応四季になるよう調節されているということだった。


 お婆ちゃんをどの辺りに埋めようか考えながら眠って、なにか嫌な夢を見て夜中に目が覚めた。

 しっとりと寝汗をかいていて喉が渇いている。キッチンのあたりにウォーターサーバーがあったはずだと、そっと起き出した。

 センサーが付いているのか、階段も小さなフットライトが点いてくれる。

 キッチンで淡い青い光に揺れているお水をもらって帰ろうとしたとき、細く明かりが漏れている部屋に気が付いた。シャワー室か何かだと思っていた場所は、奥まった部屋だったらしい。


 好奇心もあって覗いてみると、暗がりの中、パソコン画面の白いバックライトに浮かび上がる安藤の顔が見えた。

 眼鏡をかけていて表情がなく、ただじっと画面を見つめている。

 かと思うと、すぅっとこちらを振り返った。レンズに反射する無機質な明かりのせいか、少し怖い。


「安、藤……?」


 ゆっくりと瞬きをすると、安藤はいつものように微笑んだ。


紫陽(しはる)さん。どうされました?」

「お水を……安藤は? どうして、ここに? ここは?」

「システム管理室みたいなところですよ。モバイルパソコンよりこちらの方が性能がいいので、少しお借りして仕事を片付けてました。紫陽さんの講義もこちらで受けられるようにしておきましたから」

「え? いつまでいるつもりなの?」

「二、三日の予定ですが、何があるかわかりませんからね。念のためです」


 もう夜中なのに。安藤は働きすぎじゃないかな。


「いつもこんな時間まで働いてるの?」

「いつもというわけでは……必要があれば、ですね。ああ。わかりました。ちょうどキリがいいので、もう休みます」


 苦笑すると、安藤は画面に向き直ってキーボードをたたき始めた。

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