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宙の花標  作者: ながる
第一部 宙の花標
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06.対面

 白い、小さな洋館。間違いない。あの時お婆ちゃんと来た庭だ!


「安藤……! ここ……ここ、お婆ちゃんと来た……!」


 ふふ、と笑った安藤のポケットから、ピピピピと電子音が響く。端末を確認した彼は小さく息をついて洋館を指さした。


「すぐ行きます。先に行っててください。多分、家に彼がいるはずです――安藤です。はい。今、到着したところで――」


 仕事の連絡なのだろう、ピリッと表情が引き締まった。

 宇宙船では個人的な通信は通じにくい。着いたとたんに鳴るなんて、何度もかけていたんだろうな。

 私は自分の荷物を引いて、言われた通り洋館に向かった。二十メートルくらいだろうか。道の両脇に並ぶのはよくあるガクアジサイだけど、よく見ると八重咲や紡錘形の変わったものも混じっている。ひと塊の中で色を変えているものもあって、見ていて飽きなかった。


 あのときは誰もいなかった気がしたけれど、と少し緊張しながら呼び鈴を押す。なんだかレトロなボタンで、ブーっと安っぽいブザーの音がした。


「はいはいはい。開いてますよっ……と……? ……誰?」


 誰、とは、こちらのセリフだ。ドアを開いた男性は、ぼさぼさの頭に無精髭、色褪せたグレーの作務衣はヨレヨレでその口には灰が落ちそうな煙草を咥えている。何より右頬から左頬まで一文字についた傷が目を引いた。

 一瞬言葉を失って、視線をさまよわせた私の目に、壁にひっかけた黒い網のついた麦わら帽子が飛び込んでくる。


「……!! 宇宙人!!」

「はぁ?」


 指を突き付けて思わず出た言葉に、彼は眉間に皺を寄せた。

 すでに、お互いの第一印象はかなり悪い。

 さらに、つっかけサンダルでドアに寄り掛かるようにしながら腕を組み、じろじろと値踏みされてカチンときた。


「デリは頼んでないぜ。作業ドームのやつらにも聞いてねぇ。ついでにいうなら、もっと胸のあるやつとチェンジで」

「私は! 崋山院(かざんいん)紫陽(しはる)。ここの管理人さんにお会いしに来ました。彼がどちらにおられるか、ご存じでしょうかっ」

「崋山院?」


 名乗りを聞いて、彼の目の険が少し取れる。けれど、すぐに疑わしそうに目を細めた。


「あの婆さんが他の人間をよこすとは思えない。どうやってここを知った? 誰の差し金だ?」

「だから、お婆ちゃんの……」


 鋭く睨みつける目に負けじと睨み返す。昔は伯母様に睨まれても怖かったけど、いくらかは慣れるものだ。


「すみません。遅れました。顔合わせは……上手くないようですね」

「安藤!」

「……あんた」


 追いついた安藤の声で、剣呑な雰囲気は一時休戦とあいなった。




 リビングに通され、一応紅茶など出される。一緒に出されたのは砂糖ではなく、琥珀色の液体だった。


「これは……?」

「ハチミツ」


 ぶっきらぼうな言い方に、こちらもまたムッとしそうになる。


「ここで採れたものなんですよ。貴重なので高値で取引されるものです」

「……へぇ」


 安藤の解説に、いつもは何も入れない紅茶に少し混ぜてみた。ほんのりと甘い香りが立ち上る。


「レモンも合いそう」

「何でもあると思うなよ」

「欲しいっていう意味じゃありません」

「そうかい。……で? 婆さんはどうした? 先日も誕生日でもないのに誕生日プレゼントだって、妙なもの送ってきやがって……」


 長めの髪を一括りにすると、少しは人間らしくなる。態度が悪いのは、変わらないけれど。


「ユリ様はお亡くなりになりました。ついては、彼女の遺言についてお話したいと」


 せわしなく髪をいじっていた動きをぴたりと止めて、彼は一瞬だけ目を閉じた。


「――そうかい。じゃあ、俺はお払い箱って訳か?」

「いいえ。こちらを」


 安藤は私にくれた封筒と同じものを彼に渡した。封にはレトロに封蝋が押してある。

 雑に上部を破って開けるのを見届けて、安藤は私の方を向いた。


「紫陽さん、こちらが津波黒(つばくろ)鷹斗(たかと)様。『カザンΨ(プシー)』の維持管理をしてくれています」


 続けて、手紙に目を落としている彼に向けて私を紹介する。


「ツバメ様、こちらがユリ様の孫の紫陽様。ユリ様からこの星を譲り受けられる予定です」

「ちゃんと本名も覚えてるんだな。つーか、予定?」

「はい。紫陽様はまだ成人前ですので、一応、二年間はお父様の紫苑様が名目上の所持者となります。その二年の間に紫陽様が権利を放棄すれば、この星はあなたのものになります」


 くくっと笑って、ツバメと呼ばれた男は手紙をテーブルの上に放り投げた。


「そうなった時、怒り狂いそうな人間に一人、二人、心当たりがあるな。いいのかよ」

「それが、ユリ様のご遺志ですので」

「ご苦労なこった。ふーーーん。どうすっかな」


 ツバメはにやにやしながら私を見て、ふと真顔になるともう一度安藤に視線を戻した。


「気づかれましたか? 次男の紫苑様の娘、です。それに、紫陽様が権利を放棄なさるのなら、カスミ様はこちらを手に入れたいようですよ。先ほど連絡がありまして、私の行く先も決まったようですので」

「え。そうなの? 伯母様のところに?」

「つまり、あんたはあちらに付くということだな?」

「この件が片付くまでは、紫陽様のサポートを言いつかってますので。まあ、その後は。思ったよりも早かったですね。お金の使いどころは間違えない方ですよね」

「……クソババア。面倒なもの押し付けやがって」

「別に、紫陽様にいらないと言わせて、崋山院に遊んで暮らせるだけの値段を吹っかけて、南の島にしけこむという道もありますよ?」

「お嬢さんの前でそれを言うのかよ」

「ええ。言いましても、紫陽様にはまだ私が付いておりますので」


 にっこりと笑う安藤にきょとんとして、それからツバメは盛大に顔をしかめた。


「思い出した。お前はそういう奴だった」

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