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宙の花標  作者: ながる
第一部 宙の花標
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05.解答

 そうそう。あの後、本家でちょっとした騒ぎになってて、私も伯母様にどこに行ってたのかずいぶん訊かれたけど、結局上手く答えられなかったんだよね。それを見越して、お婆ちゃんは私を眠らせていたんだろうけど。

 素知らぬ顔を通すお婆ちゃんはやっぱりすごいなーって、変に尊敬したのよね。

 それからお婆ちゃんとは仲良くなっていって、でも忙しい人だったから、二人きりで話す機会は少なかったな。


 その時も、本家で一人だけ慌てた様子もなく普通に仕事してたのが安藤で。

 あの時、安藤は知ってたのかな?


 気になり始めたら止まらなくなって、起きだしてコックピットへと向かってみた。部屋で眠っていそうだったら、映画でも見ればいい。

 安藤はコーヒーを前にリビングで座っていた。ゴーグル型のモニターは着けたままで。

 声をかけるより先に振り返って「もう大丈夫ですか」と心配してくれる。


「うん。大丈夫。安藤こそ、休んでる?」

「大丈夫ですよ。お気遣いなく。操縦席でうとうとしてることもありますから。あの椅子は意外と寝心地いいんです」


 ちゃんと布団で横になってほしいけど、安藤がいないと不安なのも本当だ。


「何か食べられそうなら夕食にしましょうか?」

「もうそんな時間?」

「そんな時間です」


 おどけてアナログの腕時計を指さすと、安藤は立ち上がって食料保存庫の蓋を開けた。彼の腕時計は一見アナログだが、表面が液晶になっていて、ボタンを押すとデジタル表示が浮かぶ。本当はデジタルとアナログ別々にしたかったらしいのだけれど、腕に二つは見た目が悪いので、渋々それにしているということだった。アナログメインなのは、デジタルが全て使えなくなった時の用心らしい。

 お洒落だけでなく、ちゃんと考えられてるのが安藤らしかった。


 解凍されたワンプレートを「お先にどうぞ」と渡される。二つ目をレンジに突っ込む姿を見ていて、もしかして待っていてくれたのだろうかと気が付いた。だとしたら、申し訳ない。


「私には、お婆ちゃんにするように仕えなくていいのよ? わからないことだらけで、手を貸してもらえるのは助かるんだけど……」

「何か気になりますか? とはいえ、正式な仕事の一環ですので……私はこの方がやりやすいのですが」

「あ……そう、よね。安藤がそうなら、やりやすいようにでいいんだけど……」


 「仕事」と言われて、他の人と同じように扱われるのは、少し淋しい。

 子供扱いされたいという訳でもないのだけれど……

 出来上がりの電子音が鳴るまで思案顔(たぶん。目元が見えないから、表情もよく読めない)をしていた安藤は、湯気の上がるプレートをわざわざ私の前に置いてあるものと交換して、にっこりと笑った。


「わかりました。紫陽(しはる)様に気苦労をかけたくはありませんので、少し気を付けてみます」

「だから、私が勝手に食べなかったんだから、冷めてても構わないんだって」

「いいえ。私が紫陽様に温かいものを召し上がってほしいのです。ですから、これは私のわがままですね」

「もう……じゃあ、せめて『様』はやめて」

「え? えぇ……と……では、紫陽、さん」


 この数日で一番の困惑顔を見て、私は小さく笑ってしまった。それが安藤にとって、最大限の譲歩なのかもしれない。


「うん。ありがとう。安藤は恋人さんも『様』付けで呼んでそうね」

「恋人、ですか? 想像もつきませんね」

「え。若い頃も?」

「記憶にはございませんが」


 真顔に少し呆れる。なるほど。本当に元々が仕事人間(そういう人)なのか。

 お婆ちゃんに重宝がられるくらいなのだから、当然といえば当然、なのかな?


「記憶で思い出した。聞きたいことがあったの。昔、私が小っちゃかったころ、お婆ちゃんと何処かに出かけて騒ぎになったことがあったでしょう? あの時、安藤はお婆ちゃんがどこに行ったのか知ってたの?」

「紫陽さんは憶えているのですか?」

「途中寝ちゃってたし、どこへどうやって行ったのかは、全然。綺麗な紫陽花の庭があるところだったけど」


 安藤は意味ありげに何度か頷いた。


「知ってましたよ。少し、手を貸しましたから」

「そうなの? 意外」

「貸さざるを得なかったのです。ユリ様には本当に多くのことを学ばせていただきました」


 そう言った声が呆れていて、苦労させられたんだろうなと思わせる。その後同じような騒ぎは起きなかったから、安藤はしっかりと対策をしたに違いない。


「あれはどこだったのかなぁ……」

「きっと、すぐに分かりますよ」


 にこにこと笑ってペースト状の芋か何かを掬い上げる安藤に感じた予感は、その後すぐに当たることとなる。目的地に到着後、ほんの、すぐ。

 『カザンΨ(プシー)』は直径が百キロほどの、虫食いのそら豆のような形をした星だ。大小のクレーターが重なり合うようにして星全体を覆っていて、うちの一番大きなクレーターの中に、東京ドー( ※)の半分ほどの大きさのドームが作られていた。表面にはうっすらと霜が張っていて、内部には氷も確認されているらしい。だから、花を植えようなどと思いついたのだ。


 簡素な通路を抜けた先、エアロックを三つ通り抜けると、赤から青へと色を変える紫陽花のグラデーションが、歓迎するように風に揺れていた。

※注 この時代のもの。現代のものとは形が違うけれど、大きさはほぼ同じ。

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