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宙の花標  作者: ながる
第二部 地上の星に舞う蝶は

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03.人柄

『なあに。アレ? 保護者気取り? 笑っちゃう! ねえ。お名前くらいは教えて下さらない? お嬢さん』


 耳の中で安藤の静止の声がかからないのを確かめてから、私は口を開いた。


「……崋山院、紫陽(しはる)です」

『しはるちゃん? んー。んー。あ、次男の娘さんなのね。ますます分からないわー。なんでタカといるのかしら』


 楽しそうに興味深々の声が少し怖い。私が次男の娘だとあっという間に辿り着いている。

 本家にいたこともあって、極力ネット上には自分のことは流さないようにしていたのだけれど、調べようによっては色々出てくるのかもしれない。ツバメの忠告は、聞いておくべきなのかも。


『まあ、楽しみは後に取っておくわ。タカも降りてきてくれるみたいだし。しはるちゃんには感謝ね!』

「はあ……」

『ああ、色々調整しなきゃ。約束通り新作の中から好きなの選んでおいて? タカが着替え終わるまでに決まれば、そのまま持ち帰るといいわ。じゃ、ね。機会があったら、会いましょう!』


 目の前の端末に新作の特設ページが開かれて、スピーカーからはプツリと通信の切れた音がした。

 このまま持ち帰るなら、選んでもいい、のかな。

 私はセーラーカラーの水色のシャツを選択する。すぐに箱が運ばれてきた。


「いい人そうなんだけどな……」


 安藤が黙ったままなので少し不安になる。


「アンドゥ、退屈じゃない? もう少しだから、我慢してね」


 にゃあん、と猫が返事をした。




 試着室から出てきたツバメは、どこからか失敬した紙袋に着ていたものと小さな箱を突っ込むと、私を促して足早に外に出た。

 濃いグレーにあまり目立たない細い縦縞の入ったスーツは、ぴったりとあつらえたようだった。少しだけ覗いているシャツの袖や磨かれた黒い靴にかかる裾。それなのにネクタイはしていなくて、三つ目のボタンまで外している首元はだらしない。


「靴まで用意してくれたのに、ネクタイはなかったの?」

「あったけど、いらねー。そこまでしたら、逆に俺らしくねーだろ」


 そういうもの?


「さすがにぴったりのを選んでくれるのね」

『おそらく、オーダーですよ。ツバメはお気に入りですからね。着てくれなくても、彼用の衣装は一通り揃っているはずです』

「……あんたのもな」

「え!?」

『私はありがたく着させていただいてましたよ? もう着られないのは、少しもったいないですね』


 ツバメが呆れた顔でキャリーバッグを見下ろした。


「よく、アレと普通に接していられるな」

『なぜですか? 特に、不都合はございませんが』

「……そうかよ」


 腕をさすりながら、ツバメは私から一歩離れていった。


「お嬢さんに「会おう」なんて言ってたけど、会うんじゃねーぞ」

「どうして? そんなに悪い人には思えなかったけど……実は怖い人?」


 確かに声だけじゃ人となりは分からないけど。


「ああ。怖いね」

「……アンドゥもそう思う?」

『そうですねぇ……懸念事項を考えると、ツバメの意見に賛成ですね』

「そうなの?」


 二人の態度に私は少し混乱する。

 安藤は彼女を信用しているようだし(でなければそもそも店にも行かないだろう)、ツバメも心の底から警戒している風ではない。その割に、あまり関わり合いたくなさそうなのは、どうしてだろう。


「説明しとけよ。秘書さん」

『どこまで説明していいです? 私はユリ様にツバメ様のことはご自分で説明させるように言われていますので』

「……めんどくせえな。現在の関係性は俺の口からじゃなくてもいいだろ」

『では、基本事項の方を。彼女は、現在は本社のセキュリティ対策室勤務で、彼女の下請けとしてツバメが契約している、という関係です。服飾は彼女の副業で、本業に支障の出ない範囲で、ということになっていました。仕事は優秀なのですが、ユリ様ありきで我が社にいた方ですので、ユリ様が亡くなった今、どう動くのか不安が残ります』

「肝心なとこが抜けてるぞ。アレは重度のヘンタイだ」

『個人的な趣味レベルまで公開するのは、個人情報保護法に抵触しかねません』

「いや。あんたの保護対象だろう? 注意喚起しろよ」

『今のところ、そこまでの心配はないと思います。必要になれば、そうします』

「ね、ねぇ。ということは、ツバメは、崋山院の会社の人なの?」


 横に逸れていく話に、慌てて口を突っ込む。会うかどうかも分からない人のことより、目の前の人物について知りたい。

 星の管理者というだけじゃなかったの?


「所属というなら違うな。個人的に契約してる。星の管理もそうだ。しいて言うなら、婆さん繋がりだから、『Kazan』の名簿には載ってねーよ」

『彼女も元々は別の会社の方で……そうそう、この猫の初期の開発に携わってた人ですよ。ユリ様直々に引き抜きをかけたので……ですから、私のことも気づいていました』

「え?」

『とても興味を持たれましてね。一度隅まで調べたいと口癖のように……多分、今は理由を告げられないまま本社待機のはずです。安藤のブラックボックスを調査する中心人物は彼女になるでしょう。嬉々として取り組むのが目に見えますよ。不安が色々あるので、私が()()()()()と、できれば気づかれたくないのです』

「不安、って……?」

『安藤を再構築して、『Kazan』を脅迫したり、情報を外へ流したり。私の初期システムには人に対する安全性への配慮はありませんので、やろうと思えば兵器利用もできます。そういうことに気付いて実行できる能力を持ってますから、少々厄介かと』

「へ、兵器!?」

『今の私にはユリ様の言葉で制限がかかっていますので、大丈夫ですよ。紫陽さんも「そんなことはさせたくない」と仰ってくれたので、よほどのことがない限り、そんなことにはなりません』

「銃を向けられた時、俺がどんな思いをしたと思ってるんだ」


 ツバメの苦々しい声に、乾いた銃声がもう一度聞こえたような気がした。


『三原則が適用されていると思ってましたか?』

「いいや。人間とは自分勝手なものだ。が、婆さんがみすみす許すはずがない。完全に壊れたか、乗っ取られたと思ったんだよ」

『ツバメがそう思ったのなら、彼女もそう思ってくれるといいのですが』

「ど、どうしてあって然るべき配慮がなかったの?」


 安藤は少し笑って、懐かしいことを思い出すように答えた。


『彼らが少しもそんなことを想定しなかったからですよ。私は、市場に出る製品ではなく、ユリ様のために趣味で作られた、お喋りロボットでしたから。ですから、ユリ様が襲われた時、私は彼女を守る行動もとりませんでした』

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