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宙の花標  作者: ながる
第一部 宙の花標

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12.提案

 安藤は私を片腕で抱え上げて半回転し、入り口に向けて銃を連射した。

 弾がなくなると本体を投げつけ、すぐに身をひるがえしてショットガンを手に取る。


「や……ダメっ!!」


 精一杯、彼の腕を掴んで邪魔しようと手を伸ばすけれど、上手く体の位置をずらされ届かない。

 小さな銃ならまだしも、こんなもので撃たれたらひとたまりもないのに。

 にこにこと遊んでいるような表情の安藤が、ふと半眼になって身を引いた。

 銃弾が止んだところに飛び込んできたツバメのこぶしを避けて、ショットガンを横薙ぎにする。息をのんだ私とほぼ同時にふっと笑い、ツバメがガードしようと上げた腕の直前で銃を止めると、その腕を押し付けながら足払いをかけた。


 周囲のものも巻き込んで倒れ込んだツバメの上を飛び越えて、ドアを閉める。カシャンと鍵の閉まる音がした。

 そのまま足取りも軽く玄関を出て、ドアが閉まるとやはり鍵のかかる音がする。オートロックではなかった気がするのだけれど、確証は持てなかった。


「どこに行くの? どうしてツバメを閉じ込めたの?」

「時間を稼ぐためですよ。紫陽(しはる)さんが相続を決めるか否かの答えを出すための、ね」


 優しく地面に下ろされるけれど、言っていることは脅しと同じだ。

 弾の収納されたスリングを肩にかけ直し、優しく変わりない笑顔で安藤は訊く。


「ダメ、と言うからには、相続をせずに彼にこの星を譲るのですか? そうして元の生活に戻るのなら、私もここでこれ以上することはありません」

「そうしたら、この星はどうなるの?」

「彼が好きなようにするのでは?」


 一歩、足を引いた。


「……質問を変える。伯母様は何をするつもりなの?」

「彼女が欲しいのは宇宙蜂(スペース・ビー)のハチミツです。ですから、おそらくしばらくは()()()()()で資金が尽きるのを待つでしょうね。苦しくなってきたところで、支援の手を差し伸べるのでは。管理権限と引き換えに」

「それは! 支援とは……!」

「紫陽さん。自分の手を離れたものは、どうなっても口を出す権利もありません。彼が上手くやって行けばいいだけの話です。肥料、水、酸素。必要なものが手に入りにくくなったとしても、あなたには関係のない話」

「それって……そんな()()を安藤がするの!?」


 安藤の笑顔は変わらない。


「見込みのない事業を縮小するのは、よくある話ですよ? ましてや、この星はユリ様の趣味だ。崋山院の手を離れたならば、手をかける必要もない」

「買い戻そうとするくせに!」

「では、当初の予定通り紫陽さんが継ぎますか? 管理者は変わってもらわなければ。それが、次の私の最初の仕事です。紫陽さんが穏便に彼に言い聞かせてくれてもよろしいですよ? 私は、結果を持ち帰れればいいですから」


 じりじりと後ずさる。同じ距離を保って、安藤は歩を進めた。ショットガンは彼の背にある。銃口は向けられていない。それでも、突きつけられた銃口で、ぐりぐりと胸を抉られるようだった。

 ツバメは仕事だからじゃなく、自分で作り上げたこの庭を誇りに思ってる。私が第一印象を語った時の、あの顔はきっとそう。お金のためだけにこんな場所に好んで滞在するわけがない。きっと、私以上にこの庭を好きに違いないのに……


「伯母様はどうしてツバメだと嫌なの……?」

「さあ……頑固でガサツな低層の人間が、崋山院の機密の一端を握って儲けていたのが我慢ならないんじゃないですか」

「機密? 確かにお婆ちゃんはここを秘密にしてって言ってたけど……」


 ツバメは「いいぜ」って言うかもしれない。未練もなさそうに。初めに「お払い箱か?」なんて聞いたのは、そういう覚悟をしていたからだ。だけど、それならお婆ちゃんがわざわざあの条件を入れた理由が損なわれる。遺言は効力を無くして、おそらく私も星を継げない。伯母様は絶対に不履行を主張する。

 意識したわけではなく、私は家を回り込んで裏手に回っていた。生垣と家の壁に挟まれた通路に沿って後ずさりし続けていた。逃げ出しても解決にならない。逃げる場所もない。解っていても身体は逃げたがった。心は安藤を信じたいのに。


「他にはないの? ねえ、安藤。私のサポートをしてくれると言ったじゃない」

「ツバメが管理人でないと、紫陽さんに不利益ですか?」

「ここに来ていたお婆ちゃんのことを語ってくれる人がいなくなる。ツバメを撃ってしまえば、安藤にも会えなくなる」


 少しだけ、安藤は目を見張った。


「まだ、私に会うことが利益だと……そう言いますか」


 心臓が三つ打つ間、安藤は黙りこんだ。私は祈る。思い直してくれればいいと。

 背負っていたショットガンを下ろしながら距離を詰める安藤に、足がたたらを踏んで家の壁にぶつかった。背を壁につけた状態で追いつめられる。


「紫陽さんは覚悟がありますか?」

「覚悟?」

「はい。私を紫陽さんのものにする覚悟です」

「え? どういう……」

「このまま順当にいけば、カスミ様が私の所有者になります。そういうつもりで動いています。けれど、紫陽さんがご姉弟(きょうだい)のどなたをも押しのけて所有権を主張するなら、私はそう動きます。たとえ、崋山院が絶えようとも」


 どういう意味だか分からない。プロポーズに聞こえなくもないけれど、それなら伯母様は既婚者だし、崋山院が絶える意味が解らない。笑みを消した安藤の顔が、冗談ではないことだけを物語っていた。

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