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宙の花標  作者: ながる
第一部 宙の花標

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11.暴走

 90分の授業を終え、まとめた資料をデータチップに移していると、二階からガタガタと不穏な音がした。

 取っ組み合いはしないって言ったのに!

 体格差から見ると安藤が不利な気がして、止めに行こうと立ち上がった。

 部屋を出ないうちに誰かの叫ぶ声がして、家の裏に何かが落下する。ひゅっと一瞬息が詰まった。

 慌ててリビングまで戻ったものの、二階へ行くべきか、落ちた物を確認するべきか迷う。裏に面したキッチンの小さな窓は高い位置にあって、覗いてもよく見えないのだ。

 その逡巡の間に誰かが階段を降りてきた。ゆっくり、一段一段踏みしめるように。


「……安藤? 何があったの? ツバメは?」

「少しうるさかったので、外に放り出しました」

「ほ……」


 昨夜のように眼鏡をかけていて、服が乱れている。よく見るとワイシャツのボタンがいくつか無くなっていた。いつものように微笑んでいるけど、妙な違和感が拭えない。


「二階から放り出すなんて……怪我でもしたらっ」

紫陽(しはる)さんは彼の味方ですか?」

「味方とか……そういう問題じゃなくて!」


 外に向かおうとした私の腕を安藤は掴んだ。


「彼は紫陽さんを丸め込んで、崋山院の財産を食い潰すつもりかもしれませんよ? こんな場所で自由に暮らすには、それなりのお金が必要ですからね」

「……何を言ってるの? 安藤、離して。私には崋山院のお金を自由にすることはできないし、それがお婆ちゃんの遺言でしょう?」

「そうです。ですが、紫陽さんが成人するまでの二年、私がサポートすることになります。それがどういう意味か、彼の方がよく解っているということを頭に置いてくださいね」


 ツバメが、安藤は管理者のひとりだと言っていたことを思い出す。


「……安藤は彼をここの管理人から外したいの?」


 私の問いには答えないで、彼は笑みを深めた。

 外からバタバタと駆けてくる足音が近づいて、壊れるんじゃないかと思う勢いでドアが開く。


「まったく、頑丈ですね」


 肩をすくめた安藤は私を抱き込むようにして立ち位置を移動した。玄関の真正面、後ろに物置か何かのドアがある位置に。

 飛び込んできたツバメはあちこち土汚れがついていたけど、大きなケガをしている様子はなくてほっとする。


「てんめっ……お嬢さんに何してるんだ? 信用失うぞ?」

「私は紫陽様をお護りしているだけですよ」


 へっ、とツバメは獰猛に笑った。


「お嬢さんを守るフリして、次のご主人さまに尻尾振っときたいだけじゃないのか?」

「その言い方には語弊があります。私は雇い主の意向にできるだけ応えたいとは思っていますが、相手におもねるためにそれを成すことはありません」

「そうかい。じゃあ、お嬢さんを離せよ」

「猛獣の前には放せません」

「誰、が! 猛獣だ!」


 髪を振り乱して歯をむく姿は猛獣っぽいとも思うけれども、笑える雰囲気ではなかった。


「あ、安藤も、ツバメも、ちょっと落ち着こう? ……原因は何?」

「俺にこの星の維持管理を降りないかと言うから、お断りした」

「相応の対価は用意すると言いましたのに」

「ちょ……ちょっと、待って。お婆ちゃんの遺言では、彼が管理人をすることも条件だったよね? 安藤も知ってるじゃない」


 背後の安藤の深いため息が、私の髪を揺らした。


「そうなんですよ。困ったものです」


 私を抱えていた腕を離して、ツバメの方へと背中を押し出される。

 ほっとしたのも束の間、ツバメの顔がこわばり、真後ろでパン、と破裂音がした。踏み出していた足を止め、振り返る。花火をした時のような臭いが鼻をくすぐり、安藤の手に握りこまれた鉄の塊にぞっとした。


「安藤!!」

「はい」


 悲鳴のような私の声に、安藤はいつものように返事をした。まるで、サプライズでクラッカーを鳴らしただけ、というように。

 そのくせ構えは解いていない。私の後ろ、ツバメを狙い続けている。


「やめて。何をするの? そんなもの、どこから……!」

「お嬢さん!!」


 自ら安藤の元へ戻った私を咎めるようにツバメが呼ぶ。銃を取り上げようとした私の手を避け、安藤の腕がもう一度腰に回った。


「色々考えた結果、彼がいなくなれば、あの遺言は無効になるんじゃないかと」

「だ、だから……だからって!」

「武器なら、ほら、色々あるんですよ?」


 後ろ手に開けたドアを安藤は背中で押し開けていく。なだれ込むように入った部屋の中には、タンクやドラム缶、肥料やスコップなんかの庭仕事の道具と共に、ボウガンや各種の銃が当たり前の顔をして並んでいた。

 早くなるばかりの私の鼓動とは対照的に、安藤の胸はひどく静かで――


「お願いですから、おとなしくしていてくださいね。腕に自信はありますが、紫陽さんに怪我をさせるわけにはいきませんから」

「安藤……安藤、やめて? おかしいよ。安藤は、こんな……」


 いやいやと頭を振って抵抗する私に、彼は見慣れた笑顔を向けた。


「おかしい、と言えるほど紫陽さんは私を知らないでしょう? 私は知っています。崋山院の名に恥じぬよう、というカスミ様の言葉に努力してきたあなたを。自分の意見は通らぬものと口をつぐんできたあなたを。そして、ユリ様に似て意外とお転婆なあなたを。ずっと、ずっと見てきました」


 告白にも似たセリフに一瞬顔に血が上って、すぐに悲しくなった。


「じゃあ、私がこんなこと望まないのもわかるでしょう?」

「ええ」


 じゃあ、と開きかけた口から言葉が出る前に、安藤は私の耳元で囁く。


「でも、必要なことなんです」

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