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読む自己で。
私たちは近くの空き教室に移動した。
玲奈先輩が席に座ったので私はその横の席に座る。
わざわざふたりきりを望む理由はなんだろうか。
「片桐さん」
「はい」
「渋谷先生と一緒に住み始めたって本当なの?」
今回もまたそこかと納得する。
単純に柚希さんと仲直りしたいというのがあったんだろうけど、藤子先生に近づく理由はそれだけではないんだろう。
簡単に言ってしまえば気になっている、もしくは好きだということだ。
だというのにその対象が他の人間と仲良くしていたら気になるというところ。
「はい、私が無理やり頼みました」
「そう……」
いつだってこういう形にしておけば先生に迷惑がかかることはない。
私が無理やり連れ込んだ形にしておけば外野からとやかく言われることはないだろうと判断した。
「あと脅しました。来てくれなければ寂しがり屋なことをばらすと。ぐふふ、格好いい、綺麗だと褒められているあなたの秘密が知られたらどうするんですかと」
「それって好感度が上がるだけじゃないかしら……」
「へ!?」
って、別に脅してもないし、どちらかと言えばこっちが無理やり住まれたようなものだから意味のない話だ。ん、確かにギャップでグッとくるよね、これならさ。
「なるほど、教えてくれてありがと」
「は、はい」
「これはあれね」
ど、どれだ? 良くないこととか言い出すのかな?
「柚希、隠れているの分かっているわよ」
彼女の指摘どおり現れた柚希さんと……先生。
「全く、渋谷先生が盗み聞きしてどうするんですか」
「い、いや、私はただ八木妹が変なことをしないように見張っていただけ――」
「それでも一緒にいたということはそういうことじゃないですか」
「す、すまない……」
「別にいいですけどね」
それだけ興味を持ってくれているということだから可愛い。
ただ、単純に玲奈先輩のことが気になっているのなら悲しいけれども。
「柚希、途中まで一緒に帰りましょう」
「うん、まあいいけど」
「というわけでありがとうございました、片桐さん」
「へ?」
今度は別の意味で驚く。
私、玲奈先輩になにかしてあげられただろうか。
いるだけで癒やしを感じられる存在だったとか?
「この子を連れてきてくれてありがとうございました。惜しむらくはこの子と別々の家に住んでいることですけど、こうして学校では楽しく話せそうですからね。今度必ずなにかお返ししますね」
「は、はい」
「ふふ、それでは失礼します」
ふたりを見送って椅子に深く腰掛ける。
うーん、どうして私にも敬語なんだろう。
こんなちんちくりん相手に敬語じゃなくてもいいと思うけどなあ。
「藤子ちゃん、どうして盗み聞きしてたの?」
「玲奈は少し怖いところがあるからな。文葉ひとりだと泣いてしまう――」
「そ、そこまで弱くないよっ!」
確かにびくびくすることはあるけど、そこまでメンタルが子どもじゃない。
もしメンタルが子ども並だったらいまこうして学校にすら来ていないだろう。
「ふっ、冗談だ。なんでだろうな、気になって仕方がなかったんだ。だが、玲奈がふたりきりでと言った以上、堂々と入っていくこともできなくてな。ま、あのことだったら私に直接聞いてくれれば良かったのにな」
「え? 藤子ちゃんが教えたわけじゃないの?」
「こんなことほいほいと言えるわけないだろう。生徒の家に無理やり住むこむ教師なんて犯罪臭さしかないからな」
そうだよね……常識的に考えれば良くないことなのかも。
でも、私は藤子ちゃんが来てくれて嬉しいし、それで実際助かったんだ。
別に私が嫌がっているわけじゃないんだから外野の人は黙っていてほしかった。
もしどこかからばれて立場が危うくなりそうだったらやってやると決めている。
具体的に言えばみんなの前で愛の告白を――って……。
「え、えぇ……え!?」
「ど、どうした?」
待ってっ、私って藤子ちゃんのことどう思ってるの?
藤子ちゃんのことは普通に好きだ。
だって優しくしてくれるし、いつも気にかけてくれるし、甘えてくれて可愛いところ見せてくれる。
が、だからって特別な意味で好きというわけじゃ決して! 多分……。
「と、藤子ちゃんや、ちょっといいかね?」
「なんだその口調……」
同性と恋バナなんて普通のことなのにえらく緊張する。おまけに喉が渇くし、
「……藤子ちゃんには気になっている人とかいますか!?」
言った、聞いてやったぞおい!
そうだよ、だってこっちだけが気になっていても意味がない。
先程藤子ちゃんも言っていたけど双方の合意が大切なんだ。
「いる」
「おぉ、断言スタイル」
「こんなのは初めての体験でよく分からないが」
「そっか。でも、いいことだね」
初だな、藤子ちゃんって。
だけど即答できるくらいには惹かれているということか。
多分だけど、私にはない良さを持っている人なんだろう。
「頑張ってね」
「ん? が、頑張る必要があるのか?」
「え、その人のことが気になっているならそうじゃない?」
「恋とはそういうものなのか……どうすればいいんだ?」
「私に聞いちゃ駄目でしょ。その人だって藤子ちゃんが考えて行動してくれるからこそ嬉しいだろうしさ」
「なるほど、それもそうだな……」
ごめんよ、力になってやれんで……。
私も過去に誰かとお付き合いをしたことがあった、とかならいいんだけど未体験だからアドバイスできないのよ。
「ちなみに文葉どうだ? 気になる人とかいないのか?」
「うーん、気になる人には気になる人がいるみたいだからね」
あなたなんだけどね。
でもいま目の前でその可能性を粉砕してくれたけどもね。
しかも即答で、一切迷うことなく躊躇なくだからね。
「その人は付き合っているのか?」
「ううん、まだ」
「だったら頑張ってみればいいだろう」
「いや、迷惑をかけたくないからね。私のなんてどうでもいいよ」
それも初めてらしいし真剣な顔だったわけだから邪魔できないよ。
告白して玉砕とかっていう悲しい結末ではないんだし、普通にしていればそういう機会もあるでしょうよと楽観していた。
……まあそうやって未来に託した結果がいまなんだけど、別に恋をすることが全てというわけではないから!
「そうか、なら安心だな」
「なんで?」
「だって文葉がひとりで無茶すると危ない結果しか待っていないだろう?」
「い、いいんだよ……私のことなんて……」
「ふっ、そうか」
そうかって……もう少しくらい気にしてくれてもいいと思う。
だって私は同居人だよ? 同居人が誰を好きなのかとかもっと気にした方が――いや気にしなくてもいいんだけどさ……。
「頑張ってくださいね。それではさようなら」
「さようならって私も同じ家に帰るだろう?」
「へ?」
「へ? じゃない。なんでだ、いつの間にか解消になっていたのか?」
「い、いや、別にいいけど……」
保険をかけておきたいということだろうか。
ひとりだと寂しがるタイプなので失恋した際、お酒を飲むときにいてほしいのかもしれない。
藤子ちゃんの気になる人ってどんな人なんだろう。
案外でもなんでもなく玲奈先輩かな?
「帰らないのか?」
「帰りますよ別に、さようなら」
「なんだお前……」
別になんでもない。
そっちはそっちで頑張ってほしい。
「ふんふんふふーん」
うん、だけど傷つかなかったってことは特別な意味で好きではなかったということだろう。
「ねえ」
「ん? あ゛ぅ゛ぇ゛……」
玲奈先輩と一緒に帰ったはずじゃ……。
夕闇の中で声をかけられるとびっくりするなぁ……。
「す、凄い声ね……」
「……はっ!? ど、どうしたの?」
「……あんたにお礼を言っていなかったなって思い出してここで待ってたの」
「そ、それはごめん……」
藤子ちゃんが気になっているのは誰なのか細かくは聞けなかったけど、これから変な勘違いをしなくて済むんだ。だから無駄ではないことだ。
ただ、約束していないとはいえ待たせたことは確かなので謝っておいた。
「あ、ありがとね、特になにかをしてくれたわけじゃないけどさ」
「うっ……」
「……じょ、冗談に決まっているでしょ。うーん、あんたどうやっておね――ちゃんと関係を持ったの?」
「あはは……もう認めたんだ」
「だってあたしおねえちゃん大好き症候群だからね」
別々の家に住めてるって私の家みたいな面倒くさいことがあったのだろうか。
重たいことなら聞かないでおくけど、果たしてどうだろう。
「ならなんで喧嘩なんかしてたの?」
「ファミレスに行ってはなそーよ」
「いいけど……」
まあいいか、ちょっとゆっくりしていこう。




