第8話 へたれの神
救援要請は5カ所から。先に残りの3カ所の状況確認を……いや、そんな時間はない。
被害がどのくらい出てるかわからない以上、早急な撤退しかないか。
撤退場所はどうする。この大草原か……いや、後々のことを考えるとルインの見つけた洞窟の方がよさそうか。
すぐに【マップ】を開くと、洞窟のある場所を指で触れる。
「テレポート」
俺は光に包まれる。霧が晴れるように視界が明るくなると、目に映ったのは巨大な洞窟の入り口だった。
巨大な生き物が口を開けて獲物を待ち構えるように、禍々しい気配が漂う。
周りには……誰もいないか。みんなは中に入ってるのかな?
駆け足で入り口に近づくと、奥から無数の叫び声が外まで響いた。中で何かと戦っている……。
唾を飲み込むと、ゆっくりと足を進めた。洞窟の中は暗いが、全く見えないわけではなかった。
叫び声との距離が徐々に近づいてくると、【道具】から石を取り出し、両手に構える。
「うおっ!?」
“何か”につまづき、転んでしまった。両手の石が邪魔して、とっさに肩から落ちる。
足に当たった感触は柔らかかったような……。手探りで”何か”を探してみる。
獣の毛のような物に指が触れた。犬のお腹のように、触り心地がいい。
少し指をずらすと、ぬちゃっと重たい液体の感触がした。
目を凝らして“何か”を見てみると――
「――うあぁぁあぁぁあぁぁっ!?」
俺は、奥から聞こえる叫び声をかき消すほどの悲鳴を上げた。
指先にあったものは――巨大なコウモリのお腹だった。
両翼を広げた大きさは1メートルを優に超えている。
ぴくりとも動かず絶命していた。この液体は……コウモリの血だ……。
「そこのお前! 大丈夫か!?」
奥から誰かが近づいてくる。顔は見えないがシルエットでなんとなくわかる。こいつは獣人だ、仲間なんだ、と。
俺は言葉を失ったように巨大なコウモリを指で差した。
「お前がやったのか。頑張ったな」
俺の様子を察してか、優しい言葉をかけてくれる。
けど、違う、俺じゃない。
「よく見たら神様じゃねぇか! 流石だぜ!」
獣人は俺に気づくと、誇らしげな声で言った。
違う、俺はそんな大層なもんじゃない。大きいコウモリを見ただけで何も出来なくなるような、“弱い人間”だ。
「みんなー! 神様が応援にかけつけてくれたぞー! もうひと踏ん張りだ!」
獣人の言葉に続き、奥にいるであろう他のみんなの勇ましい雄叫びが聞こえる。それに呼応するように洞窟が震えていた。
違う……。震えているのは“俺”だ……。
体が思うように動かない。立ち上がろうにも足に力が入らない。
「神様、こんなとこまできてくれたんですね!」
この声は――。
獣人と入れ替わるように近づいてきたのはルインだった。
「だ、大丈夫ですか? 肩、貸しますよ」
「ああ、すまない」
俺は言葉を絞り出すと、ルインの肩に担ぎ上げられるように、立ち上がった。
そして洞窟の入り口の方に誘導される。
それもそうだろう、こんな足手まといな神など邪魔でしかないのだから。
「あのコウモリやっつけたんですね」
「俺じゃ……ない」
俺の声は弱々しく震えていた。
「知ってますよ。神様がたいして強くない、へたれだって」
何も言い返せなかった。その通りとさえ思った。
いっそのこと、もっと罵倒してくれ……。邪魔だから隅で大人しくしてろ、とでも言ってくれ……。
今の俺なら……喜んでそうするよ。
「俺たちみんな、神様には感謝してるんですよ」
会って数時間の俺に、何を感謝するんだ。俺を罵ってくれたら、それでいいんだ。俺の気がすむんだ。
「俺たちは、本来生まれない存在なんだ。ダールデン様、あなたが神になってこの世界にきてくれたから――俺たちは今生きている」
俺が神だから……並べたくもない言葉を並べているのか。
洞窟から抜け出すと、ルインは俺を近くの木まで連れていく。俺はその木に背中を預けた。
「神様はゆっくり休んででくれ」
「ルイン……お前……ゆびが」
俺はそこから先の言葉を飲み込んだ。
洞窟の中にいる時は気づかなかった。違う、俺が自分のことしか考えてなかったからだ。
ルインの指は――2本なくなっていた。
俺の無茶苦茶な指示のせいで、こんなになっても“神”である俺のご機嫌とりをしていたのか。
違う。バカだ、俺は大バカ者だ。 ルインの言葉は――本心だ。
「ルイン、頼みがあるんだ。聞いてくれないか」