第18話 俺が1000年も、こもった訳
そこは不思議な場所だった。
周りは霧がかかったように霞んでいるが、視界は広く、遠くは見えるような見えないような、そんな場所。
地面は水のようにゆらゆらと揺れている。
周囲には、輝く欠片が無数に浮いていた。
欠片が落ちると、地面は波紋を描いて広がっていく。
そして声が響いた。
「神……元気……ね」
声を出そうにも出せない。足を動かそうにも動かせない。
まるでそこに視界と耳だけ置いてきた、そんな感じがする。
また1つ、落ちていく。
「…………せい……ないよ」
何を言っているかよく聞こえない。けれど、誰の声かはわかった。
悲しいはずなのに、胸にぽっかり穴が開いたように、何も感じられない。
それでも欠片は落ちていく。
「自……責め……で」
「私た……分……生き……」
悠久にも感じられる時間、それを見ていた。聞いていた。
やがて終わりを迎えようとしていた。
最後の欠片がゆっくり落ちていく。
「神様、ありがとう」
それだけは、はっきり聞こえた。
視界はそのまま雲に覆われたように真っ白になると、俺の夢は終わった。
○
「みんな!」
俺は叫び声を上げながら、悪夢から覚めるように、目が覚めた。
朝だった。なんども見慣れた光景、始まりの草原にいた。
周囲に人の気配を感じ、慌てて見渡すと、みんながいた。
「みっ――」
口に出かかった声を飲み込んだ。俺が会いたい人達とは違ったから。
同じ種族、集まってる数も一緒、だけど違う。彼らの瞳は俺を哀れむように、心配するように、暗い目を浮かべていたからだ。
「あなたは神ですか?」
彼ら1人が言った。その言葉は聞きたくなかった。新しい生命の誕生、それが意味するのは1つしかないのだから。
俺は彼らに背を向けた。そして声を震わせて告げる。
「俺に……関わらないでくれ……。俺を……1人にさせてくれ……」
声を殺して泣いた。
彼らは1人、また1人と去っていく。頼りない神を見限るように……、自分の命を守るために。
草原に誰もいなくなる頃には、俺も足を進めた。ただひたすらに、自分の世界を歩き続けた。
山を、森を、平地を、沼地を。昼も夜も関係なく。
魔物に襲われても、逃げることも、戦うこともせずに。どうせ死ねないのだから。
いっそのこと殺してくれとさえ思った。
眠くなったらどこにいても、その場で眠る。
腹が減っても、喉が乾いても、時間経てばその欲求は、不思議と消える。
何日も何日も歩き続けた。虚な目をして、死に場所を探すように……。
そして俺が辿り着いたのは洞窟の前だった。寝ぐらにしていた洞窟によく似た入り口。
奥から空気を伝って怒声が聞こえた。誰か、戦っている。
俺は立ち去ろうと踵を返すと、風が吹いた。洞窟の奥からやってきた生温い風だった。
風に乗って、人の声が俺の鼓膜に響く。数週間ぶりの人の声は鮮明に聞こえた。
「ルイン! あなただけでも逃げて!」
気づいた時には俺は走り出していた。暗い洞窟の中を、転びながら、壁にぶち当たりながら、走った。
知っている、俺が会いたいルインはもういないんだ。それでも走った、走らないといけないんだって思った。
ようやく見つけた、2人の影を。戦っているのはケイブバットだ。
「ルイン! 下がってろ!」
俺は大声で叫んだ。
【道具】から忌々しい土の塊を取り出すと、ケイブバットに向かって走り出す。
抵抗されても、噛み付かれても、立ち向かった。
脆い土剣の鋒を叩きつける。腹が弱いのは知ってるんだよ!
生温かいものが飛んでくる。それでも構わず叩きつけた。壊れたら新しい土剣を取り出して、何度も、何度も。
「あ……あの、そいつ、死んで……ます」
怯えた声に、俺を我に返った。声の主はまだ幼いエルフの少年だった。
「お前が、ルインか?」
「は……はい……」
少年は震えていた。あの時の俺のように――。
何でお前が震えてるんだよ。震えるのは、俺の役目だろ。自分の知ってる“ルイン”と重ねて、目頭が熱くなる。
『こんな小さい俺の前でもへたれるんですか?』
頭に懐かしい声が響いた。目尻に溜まった涙を拭くと、
「いい名前だな。そっちの子は?」
岩に隠れて、頭だけ覗かせる少女に尋ねた。
ちょこんと飛び出る三角の耳は獣人の証だ。
「しぇ、シェーラっていいます」
自然と笑いが込み上げてくる。俺のあまりのへたれっぷりに、2人がたまらず出てきてくれたのかなって思えたから。
「ルイン、シェーラ、俺を助けてくれてありがとう」
暗くてよく見えなかったけれど、2人は訳もわからず首を傾げていただろう。
洞窟から出ると、俺は数週間ぶりにスキル画面を開いた。
取ったのは、〈全体化〉〈広域化〉〈謝罪の心得〉〈剣術指導〉、この4つ。
そして、ルインとシェーラの傍で、スキルを使って独り言のように呟いたんだ。聞こえるかわからないけど、世界中に向けて。
「俺は、神ダールデンだ。みんな、この前はごめん。俺には大事な、大切な仲間がいたんだ。救えなかった」
みんなのことは忘れないよ。
「俺には、殺したいほど憎い奴がいる。だけど、俺には、俺たちには力が足りないんだ」
みんなの仇は絶対取るよ。
「誰にも負けない国を作りたい。そのために、みんなの力を借りたいんだ」
何年かかっても。
「明日の夕方、俺はあの草原にいる。自分勝手なのは分かってる。俺にはみんなしかいないんだ。頼む、この通りだ」
スキルを切ると、ルインとシェーラに向かって言った。
「俺に、力を貸してくれないか?」
2人は「うん!」と笑顔で返してくれた。
頭を撫でると、俺たちは草原へ向かってゆっくりと歩き始める。
「なぁ、ルイン」
「なんですか?」
「神様は、剣が大得意なんだ」
「本当ですか⁉︎」
「ああ、後で見せてやるからへたれって言うなよ」
「シェーラも見たい見たい!」
「もちろんシェーラにも見せてやるぞ」
大勢の前に出たら俺はへたれてしまうから、道中みっちりかっこいいところを見せなくっちゃな。
人型の……魔物はどこかにいないかな……。
こうして俺の、1000年に及ぶ国づくりが始まった。




