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神々の遊戯 〜最下層からの下克上〜  作者: スガシラ
第一章 俺が1000年も、こもった訳
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第17話 ヘレナインの陰謀 後編

「それで、わしに話ってなんだね?」



 翌日の早朝、俺は第2階層を訪れた。

 ロダンの世界の街並みは、下町、と言った感じで、どこか懐かしい。

 町外れにポツンと置かれた長椅子に、俺とロダンさんは座っていた。



「ロダンさんにお願いがあります。俺に……G(ガルド)を貸していただけませんか?」

「また唐突な話だね。いくら必要なんだい?」

「1000万……です」



 焦っちゃダメだ。みんなの命がかかってるんだから、この交渉は――絶対成功させる。

 ロダンさんは何かを考え込むように空を眺めながら、カイゼル髭を何度か指で撫で付けた。



「理由を聞いても?」

「昨日、戦争で仲間を失ってしまって……。俺、蘇生にG(ガルド)が必要だって知らなかったんです」



 まぶたの裏に焼き付いた、みんなが光のかけらになる瞬間。俺は無意識に俯いて、目を閉じて、指を組んでしまった。



「なるほど、ね。でも――貸すことはできんよ」

「そこをなんとかお願いします! 来月には必ず倍にして……いいえ10倍にして、返します」



 立ち上がりロダンさんと向かい合うと、深々と頭を下げた。



「ワシが断る理由は2つあるんだ」

「それは、なんでしょうか?」

「キミはまた兵士を失ったらG(ガルド)を借りにくるのかい?」



 みんなを生き返らせることしか考えてなかった。その後のことなんかは……。

 でもその答えは前から決まっている――。



「みんなを失うなら、俺は戦争をしません。参加が強制ならロダンさんと戦った時のように、契約を解除します」

「またずいぶんと変わった考え方だね。兵なんかいくらでも生まれてくるんだ。1人蘇生させるなら100人と契約した方が得だとは思わんかい?」



 眉一つ動かすことなく吐き出される台詞に、血の気が引いた。

 ロダン(この人)は何を言っているんだろう、と。

 それが、神たちの考え方なのか? と。

 おかしいのは俺の方なのか? と。

 ――狂ってる。



「俺には、そんな考え方……できません」

「キミみたいな神が増えてくれたら、ワシも下層で燻ることもないだろうな」



 上に……登ることしか……考えてないのか。



「もう一つは、神とは階層という名の格差はあっても、対等な存在なのだよ」

「対等……ですか?」

「キミが何倍にして返すと言っても、本当に返ってくるかは定かではないだろう」

「そ、そんな! 俺は約束は絶対守ります!」



 声を荒げる俺を「落ち着きなさい」と宥めると、ゆっくり口を開いた。



「キミがそんなことをするとは言わないし、思ってもいない。ただ――そうなった時は、誰にも、どうすることも、出来ないんだよ。まぁ、いるとしたら“創造神”くらいなものだろうかね」



 ロダン(この人)は神としては普通の考え方なのかもしれない。けど人としては最低だ。

 俺が、日本で育ったからそう感じるんだろう。

 金が盗まれれば警察がいるし、人を裁くところもある。

 この世界には、それがないんだ。



「それなら“創造神”に間に入ってもらったら――」

「――ふっ、ふははは」



 俺の言葉を遮るように笑い出すと、



「格差はあるんだよ。上層の神たちのいざこざなら或いは、かもしれんが、ワシとキミは1層と2層の神だ。キミが今、あのやる気のない神を連れてこれるなら喜んで貸そう」



 無理だ、天上界には行く道がない。どこにいるかもわからない幼女(ユリア)を連れてくるなんて。

 “交渉”を切り出すなら……今しかない。



「俺には“創造神”は連れて来れません。代わりに武器で手を打って貰えませんか?」

「武器、だと?」



 【道具】から剣を1本とりだりロダンさんに渡すと、頭を下げた。



「合計4000本あります。足りないなら斧と槍もまだあります。それで、1000万でいいんで貸して貰えませんか?」

「こんな武器(ゴミ)を、よく集めたね」



 冷たい声に、返事の内容に、耳を疑った。

 そして顔を上げた瞬間、



「――ッ⁉︎」



 頭を硬いもので殴られる衝撃が走り、俺は吹き飛んだ。



「な、何をするんですか!」

「何って、武器(ゴミ)の処分に決まってるんじゃないかね」



 悪寒が走った。

 ロダンさんの向ける視線から感じるものは、紛れもない殺意だ。



「ワシが2階層の神だから騙せると思ったか?」

「一体何を言って……」

「あくまでシラを切るのか」



 ロダンさんは、剣を俺に投げつける。


 俺は目を疑った。剣は刀身は折れ、砂のようなものが剥き出しになっていたからだ。


 【道具】から斧と槍を取り出し鑑定してみると、そこには――土の塊と書かれていた。

 そして【道具】欄にあったはずの剣と槍と斧は全て消え……代わりに土の塊が19997個増えていた……。



「いったいどうして……」

「昨日の夜も客人が来てな、粗悪品を掴まれそうになった、と言っておったよ。あなたも見知った顔だから、来た時は気をつけてくださいねと」

「な、なんの話を……?」

「土魔法と偽造で作った紛い物。こんなものを用意できるとは。ダールデンさん、本当は兵士たち生きてるんじゃないのかい?」

「ふ、ふざけないでください!」

「ふざけているのはどっちかね? このダールデン(クズ)が」



 自分の置かれた状況を受け入れたくなかった。信じたくなかった。

 俺はその場に、涙を流しながら崩れ落ちた。



「一つだけ……教えてください」

「なにかね?」

「蘇生に……G(ガルド)が……必要になったのは……いつからですか?」

「そんなの大昔からじゃないかね。神の常識だよ」



 ロダンさんはゴミを見るような目を向け、「目障りだ、消えてくれ」そう言うと、俺は1階層に飛ばされた。



 草原に放り投げられるように落ちると、空を仰いだ。

 体の奥から、怒り、後悔、殺意、憎しみ、恨み、様々な負の感情が湧き上がる。


 元凶はやっぱりお前だったのか――。



「――ヘレナ……イン……」



 お前だけは……お前だけは、絶対許さない……。

 俺は涙を拭うと5階層へ飛んだ。

 そして広場に着くと、



「でてこぉぉぉい! ヘェレナッイン‼︎」



 人目を気にせず大声で叫んだ。



「殺す、絶対、殺す、ぶん殴って、G(ガルド)を、奪い取る、お前だけは、許さない」



 低い声で、独り言のように、呪詛を撒き散らしながら、ヘレナイン(あいつ)を探した。

 近づく奴には片っ端から、「ヘレナインを呼んでこい!」と喚き散らし、探した。


 カツカツと響いてきた耳障りな音に、俺の怒りはさらに増幅する。

 ニタニタと気味の悪い笑顔を浮かべて、ヘレナイン(あいつ)は近づいてくる。

 昨日も、その前も、俺のことを、みんなのことを嘲笑っていたんだろ。



「……ヘレナッイン!」



 怒声を上げながら走り出すと、ヘレナイン(あいつ)目掛けて拳を振り上げる。

 だが、俺の拳は届かなかった。


 周りにいた5層のやつらに、地面に這いつくばるように取り押さえられたからだ。

 俺はもがきながら、忌々しい顔を睨みつける。



「ダールデンさん、武器は売れましたかー?」

「殺す、お前だけは、殺してやる!」



 ヘレナイン(あいつ)はステッキで俺の顔を殴ると、



「あなたがバカで、ほんとーに良かった」



 顔を近づけさらに言葉を続ける。



「お仲間さん、もう半日もないんじゃないですか? 命乞いしてみます?」



 憎い……。誰かをこれほど憎いと思ったのは生まれて初めてだ。



「ほらほらー、早くしないと時間、なくなっちゃいますよ」



 お前……なんかに……誰が……。殺して……やる……。

 感情とは裏腹に、心は正直だった。

 俺じゃ、俺の力じゃ、みんなは助けられない。俺にはみんながいないと、ダメなんだ。

 涙は自然と溢れ、そしてひれ伏すように、



「お願い……します……。G(ガルド)を……返して……ください」



 ヘレナイン(あいつ)は満足そうに甲高い声で笑い声をあげる。



「なんて愚か! なんて滑稽! なんて無様! あなたのG(ガルド)で実は……上層から“ドラゴン”買っちゃったんですよね」



 指を弾いて音を響かせると、上空にドラゴンが現れた。

 全身を紅い鱗で纏い、両翼を力強く羽ばたかせて、ゆっくりゆっくり下降してくる。

 ヘレナイン(あいつ)の横に大気を震わせながら降り立った。



「お仲間さんより、強そうでしょ?」


「……まれ」


「やれやれ、いま楽にしてあげますよ」


「黙れって言ってんだよ!」



 俺は拘束を無理矢理もがいて振りはずすと、ヘレナイン(あいつ)に向かって再び走り出した。

 目の前のドラゴンは大きく口を開いて炎のブレスを吐き出してきた。

 そして俺は、なす術なく焼かれた。



「くっ……そ……みん……な……ごめ……ん」



『“神”の体に損傷を確認。損傷レベル14。720分ほどで修復が完了します』


 俺の意識はそこで途絶えた。

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