第16話 ヘレナインの陰謀 前編
人の形をしていた“それ”は、倒れると無数の光のかけらへと姿を変えた。
やがて消えて無くなる。最初からそこにいなかったように……。
また一人、また一人、と消えていった。
俺の心の叫びとは相反して――。
そうして2時間半にも及ぶ遊戯は、
『神、ダールデンの保有兵士が0になりました。勝者、神、ヘレナイン』
という機械じみた声により幕を閉じた。
実力の差は圧倒的だった。
開始とともに、全力でこられたら30分も持たなかったかもしれない。
相手の積み重ねてきた数百年の重みを痛感させられた。
「ヘレナインさん、いい経験ができました。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらも貢献度が入りましたし、お互い様ですよ」
にっこりと笑顔を作るヘレナインさんと握手を交わすと、浮き彫りになった課題をあれこれ考えていた。
やっぱり最初に作った適当なグループじゃダメだな。足並みが揃わないのが戦闘になった時に辛いし。
ある程度はクラスで固めた方がいいか。
戦争序盤の狼たちは、多分索敵要因だったのかな。両左右から攻めてきてたし。
対人戦で、先に武器破壊を狙ってきてたのも、ジリジリ削っていく作戦だったのかな。
「あ、ダールデンさん。蘇生頑張ってくださいね」
こちらに顔だけ振り向き、ヘレナインさんはニヤリとさせた。
俺は反射的に「はい!」と返したが、その表情に、言葉に、違和感を感じていた。
そして、心の奥にしこりのように残った違和感を、気のせいだ、と仕舞い込んでしまった。
そうだよ、反省は後後! 早くみんなを生きかえらせなくっちゃ!
俺は急いで第1層へと向かった。
世界間転移結晶のすぐ側の、黒く見える草を押し潰すように腰を下ろすと、メニュー画面を開いた。
蘇生、蘇生……そせいは……どこだ?
困ったときはヘルプに聞いて、出てきた項目、“蘇生の仕方について”を選ぶ。
「えーっと、蘇生は神のステータス、兵士保有数から行うことができます」
俺はそれの通り操作すると、“一括蘇生”、“個別蘇生”と選択肢が現れる。
個別蘇生ってどんなときに使うんだよ……。もちろん一括蘇生と、指で触れた――瞬間。
<Gが不足しています>
俺は固まった。固まったまま何度も頭の中で読み、理解しようとしていた。真っ白になった、その頭の中で……。
蘇生って無料でできるんじゃ……?
いやいや、これは何かの手違いだ。きっとそうだ! 今度幼女にあったら文句を言ってやらないとな。
ヘルプで“蘇生について”を調べると、
<蘇生について>
・自分が権利を持つ“思念体”が死んでし
まった時のみ、行うことができる。
・蘇生に掛かる費用は、毎月支払う賃金
の100倍である。
ホントにGが……必要なの……?
100倍……1000万がるどが?
さっき仕舞い込んだ違和感がゆっくりと扉を開ける。
俺は……ヘレナインさんに……騙されたのか……?
頬を伝って“何か”が流れ落ちる。俺はスウェットの袖で“それ”を拭うと立ち上がった。
時間はあまりないけど、まだ出来ることはある。
確かめにいこう。
世界間転移結晶に手を添える。
「第5層、ヘレナインの世界へテレポート」
視界はゆっくりと変化する。目に映ったのは街だった。
煉瓦や石で作られた家がびっしりと並び、街灯のように背の高いランプは至る所で光を放っている。
まるでヨーロッパのような街並みだった。
石で加工された地面が、広く円形にスペースをとっている場所に俺は立っている。
夜でも人通りは多い。お店のような建物もまだ空いている。
今のこの感情さえなければ、喜んで見て回っていたかもしれない。
今の俺の目的はただ一つ――ヘレナインなのだから。
どうやって探そうか。いっそのこと大声で叫んでやろうかと考えた時だった。
カツカツとステッキを石に叩きながらヘレナインが姿を現したのは。
「ダールデンさん、いま――」
「――蘇生の件でお話があります」
俺は親の仇を見るような目で睨みつけていたかもしれない。
ヘレナインの行動は俺の予想を裏切った。
シルクハットを取ると、地面を向くように頭を下げた。
「その件で今、ダールデンさんに謝罪に行こうと思ってました」
「謝罪……ですか?」
俺の声は途端に弱々しくなる。
「はい。遊戯のルールが知らず知らずに変更され、蘇生にGが必要になっていました」
「そ、それなら、武器は返しますのでGを返していただけませんか? 少しでいいんです!」
「申し訳……ありません。全部使ってしまいました」
全部……、使った……? 2億もの大金を? 一体何に?
みんなは、みんなを、生き返らせることはもう、できないの?
「ふざ――」
俺はそこまで出かかった言葉を途中で飲み込んだ。
ずっと頭を下げ続けるヘレナインの体が、小刻みに震えていたからだ。“あの日”の俺のように――。
俺はまた、自分のことしか考えてなかったのかもしれない。
「ヘレナインさん、2つお聞きしてもいいですか?」
「はい」
「Gは何に使ったんですか?」
「ダールデンさんにお売りした武器の材料の補充と、5階層は契約でかかる賃金は高く、みんなの蘇生に使いました」
俺が買った武器は結構な額を値引いてもらった。材料代だけでもそれなりにはする、か。
1層でも、蘇生には1人1000G。5層だから単に5倍ってわけではないだろう。
何十倍かもしれないし、合わせたら2億なんかすぐなくなってしまうか。
俺のもう一つの気がかりは――。
「闘技場で言われた、“蘇生頑張ってくださいね”とはどういう意味ですか?」
「ダールデンさんは蘇生の画面はご覧になりましたか?」
「見ました」
「以前の蘇生画面には、“一括蘇生”というものはなく、一人一人選択しなくてはいけなかったので、1万人は大変だろうと思いまして」
確かにそれは思った。使い道がないとさえ感じた。
俺はまた独りよがりな考えで、ヘレナインさんのことを“悪いやつ”たと決めつけてしまったのか。
「ヘレナインさん、話はわかりました。顔を上げてください」
「いえ、私はダールデンさんに向ける顔がありませんので……こうさせててください」
「そうですか。俺にはまだ武器がありますので、他の階層に行ってお金を作ってきます」
「では」と付け加え、見えてないだろうと思いながらも頭を軽く下げ、立ち去ろうとした時
「今の私が言えた義理じゃありませんが、商売人として言わせてください。蘇生は明日の19時過ぎまで時間があります。売買の交渉をするなら日中の方が買ってもらいやすいです」
俺は小さく「ありがとうございます」と返すと1層へと帰った。




