第14話 神、ヘレナイン
「積年の耳のうらみ! くらえ、フレイムパーンチっ!」
「ちょ、シエラ様!? ここは穏便に、ひっ」
シエラは拳に炎を纏い、シバザキに向かって殴りかかっている。それは空を切った。なんども……なんども……。
そろそろ誰か止めに入っても良さそうなんだけどな……。
いつもより少し過激な痴話喧嘩を誰も止めない理由は明白だった。
みんな、自分の“能力”に夢中だからだ。
モコモコは立ったまま目を閉じでいる。ふわふわとした長い尻尾はしゅんと垂れ下がっていた。
ぴくりと犬耳が動いた。
あれは何をしているんだろう?
「鑑定」
【名 前】 モコモコ
【種 族】 獣 人
【性 別】 女
【クラス】 歩 兵
【職 業】 狩 人
【世 界】 ダールデン
【階 層】 1
【能 力】 聴覚強化(小)
<体 力> 9
< 力 > 13
<魔法力> 2
<耐 性> 3
<素早さ> 10
<戦闘力> F
なるほど。どれくらい聴こえるか試していたのか。
“契約”で新しく追加された“戦闘力”。これはステータスの総合評価みたいなものらしい。
Fは紛れもなく最低評価だ……。1階層だから仕方ないけどね。
けどまぁ、これで生活も少しは楽になるかな。
残る気がかりは――。
お知らせに残っている未返信の“戦争の申請”だ。
猶予は24時間を切ってしまっている。
シルベルの世界は7階層、タナカの世界に至っては9階層だ。
どちらも格上なのはわかりきっているので、なかなか指が進まない。
いっそのこと玉砕覚悟で挑んでみるのも……ありかな。
頭の片隅ではそんなことを考えながら、みんなで能力の談笑をしている時だった。
“この男”が現れたのは。
「こんにちは。ダールデンさん」
俺の第一印象は“手品師だった。
今から手品を始めますよ。とでも言うように、シルクハットに手を添えて頭を下げている。
「あ、あの、どちらさまですか?」
「申し遅れました。私、5階層の神、ヘレナインと申します」
丁寧で優しい声だった。
5層の神? あ、そうか。世界間転移結晶を作ったから、他の階層に行けるのか。
「はぁ、それで今日はどういったご用件で?」
ヘレナインは、顔を近づけてくる。
「聞きましたよー。昨日の、は・な・し」
みんなには聞こえないように小声で言った。
うわぁ、こいつ絶対悪いやつだ。今から俺のことを、けちょんけちょんにバカにするつもりなんだ。
よく見たら手品師じゃなくて、詐欺師みたいに見えなくもないし。
そうと分かれば、くるならこい!
俺は拳を握り込み身構えた。
「それで……ご相談なんですけど」
「はぁ?」
俺の間の抜けた声が響いた。
○
「それで俺なんかにご相談とは?」
俺とヘレナインさんは、場所を変えて草原へと移動した。
「2人っきりで話しませんか?」と言われてしまっては、俺には断る術を持ち合わせていない。
見た目30歳ほどのおっさん2人が向かい合ってる光景は、なんとも華がないことだろう。
「ダールデンさんさえ良ければ……私と戦争の練習でも、いかがかなと思いまして」
「練習……ですか?」
「はい!」
「具体的にはどのようにやるんでしょうか」
練習と言われても、正直ピンとこない。俺が知らないだけで、闘技場にはそういう機能があるんだろうか?
「普通の戦争ですよ。ダールデンさんは、全力で向かってきていただければそれで」
「それで練習になるんですか?」
「私はほどほどに手を抜きますので、全体的な流れを確認していく感じにはなりますね」
ちょっとムカついた。確かに力の差は歴然なんだろうけども。
「ヘレナインさん、この話はなか――」
「――ダールデンさん! いくら兵士が“無料で”、“なんども”、蘇生することができるからといって、それでいいんですか?」
俺の言葉を遮り、真剣な眼差しを向けてくるヘレナインさんに圧倒された。
「そ、それは一体どういうことですか?」
「失礼な言い方にはなりますが……2層から10層、どの世界と戦争をしても、ダールデンさんの世界は負けます。なにも出来ずに、何度も! です」
「で、でも、みんな能力だって使えるし」
言いたいことはわかると言いたげに、ヘレナインさんは掌を前に突き出した。
「他の世界には数百年、中には数千年の歴史があるんです。昨日今日覚えた能力であなたはどうやって対抗するんですか?」
俺は……なにも言い返せなかった。
「なので、私は手を抜いて、戦争の形を覚えていただけたらと思いまして」
さっきはムカついた言葉なのに、今は自然と受け入れている自分がいる。
ただ、なんでヘレナインは俺に手助けをしてくれるんだろう。
「ヘレナインさんは、どうして俺にそんなことをしてくれるんですか?」
ヘレナインさんは俯くと、「はは」と乾いた笑い声を漏らした。すぐに顔をあげる。
「お恥ずかしい話なんですけど……私が神になった時は、1回勝つまでに20年かかりました」
「に、20年!?」
「ええ。新しい神の方には、私のような辛い経験はして欲しくないですからね。それにもう一つご相談が」
言葉を途中で止めると、何やら空中を指で叩いている。
目の前に、剣と斧と槍が現れた。
「商売のお話です」
「しょう……ばい?」
「はい!」と満面の笑みを浮かべた。
つまりは戦争の練習に協力するから、この武器を買ってくれ、と。
俺は思わず笑い声を上げた。
「だ……ダールデンさん、どうかしましたか!?」
「いや、ちゃんと裏があって良かったなと思って。うまい話はなんとやらって言うじゃないですか」
「こちらも生活がかかってますからね」
俺たちは顔を見合わせると、ニヤリとさせた。
「戦争に武器は付き物ですからね。この3種類を1万本ずつで」
言葉をまた途中で止めると、しばし何かを考えると、
「合計1億9990万Gでいかがでしょうか?」
「い、いちおくきゅうせんまん!?」
俺はメニューを開いて確認してみると――有り金全部だった……。
1階層は契約1人あたり、賃金として毎月10Gかかる。
ついさっき1万人と契約したので俺は10万G使っていた。
「こっちの財布の中身、知ってます?」
「はい、計算しましたので」
なかなか食えない人なのかもしれないな。
「武器1本安くても1万 Gはしますからね。これでも1億 G以上お安くしてるので、びた一文まけませんよ。世界のみんなに怒られてしまいます」
世界のみんなに……か。立場が逆なら俺もそうするだろう。
「わかりました。ヘレナインさん、戦争の件も武器の件もよろしくお願いします」
「ダールデンさん、ありがとうございます」
俺とヘレナインさんは握手を交わした。
「あ、ダールデンさん、練習は途中で辞めちゃうのは勿体無いので、“デスマッチ”でやりましょうか」
「わかりました!」
ヘレナインさんは、その場に武器を3万本取り出すと、俺は Gを渡した。
「今度私の世界にも遊びに来てくださいね」
そう言葉を残して去っていった。
シルベルの世界とタナカの世界に“拒否”の返事をすると、新しく届いたヘレナインの世界に“承諾”と返した。
戦争時間は明日の17:00からだ。




