第12話 赤っ恥の初陣
メニューの時刻は08:45を記していた。
宙に浮かぶ、透き通る黒い菱形の鉱石――世界間転移結晶――を俺は睨めつけていた。
これから赴く先は紛れもない戦場。まずは見た目からと、黒い鉱石を鏡がわりに“怖い顔”の練習をしていたのだ。
しかしながら、うっすら映る俺の顔は、元の世界同様冴えない顔だ。いくら眉間にしわを寄せても怖さは微塵も感じられない。勝負服も黒のスウェットとくれば、相手が勢いづくのは目に見える。
仕方なく、心臓をばくばくとさせながら転移を始めた。
「闘技場へテレポート」
光に包まれ視界が変わると、“その光景”に目を奪われた。
屋根のないドーム状の形をしたそこは、中央部は円形に広がり、この場所で一番低くなっている。中央部を囲うように、石で作られた階段が何段にも積み上がっていた。
ローマ帝国の闘技場をそのまま持ってきた、と言われたら納得してしまうかもしれない。
俺は黒い鉱石に手を添えて、階段の一番上の段に立っていた。
空は暗いが夜とはちょっと違う。星の位置がいつもより近い気がする。
まるで、この空間は宇宙の中に作られた。そんな感じがする。
俺はどこにいけばいいんだ。
周りを見ると、階段を椅子がわりに、ちらほらと人が座っている。いや、この階段は椅子用に作られたものなんだろう。
対戦相手の兵士の人かな? もしかしてテレポートで飛ばすんじゃなくて、連れてきた方がよかったのかな?
【ヘルプ】の記載には、テレポートを用いてと書いてあった。はず……。
不安に思いながら階段を1段、2段と落ちると、真似して階段に腰かけた。
メニューを開くと時間は8:49になっていた。後10分ちょっとで戦争の開始だ。ここで待ってたらいいのか……?
「あっはっはっはっは」
聞き覚えのある笑い方に、俺は顔ごと視線を向ける。
桃色の髪に、あのふざけた服は間違いない、幼女だ。
こっちに向かって、ゆっくり歩いてくる。
「キミはほんと〜におもしろいね、なんでここに座ってるのさ」
相変わらず間の伸びた口調だ。
「いや、だって対戦相手の人たちも――」
「――あれは他の神たちだよ〜」
幼女は俺の言葉を遮るように言った。
他の神? もしかして俺の戦争は見られるのか!?
「あたらし〜神の第1戦だからね〜、僕みたいに物好きな神は観にくるよ〜」
だらり垂れ下がった袖のせいで、どこにあるかわからない手で俺は無理やり立たされると、背中を押された。
「きょ〜の主役はキミたちなんだから、主役は真ん中の、あの遊戯盤だよ」
「――うぉっとっ、と」
俺はこけそうになりながら階段を降りていった。
中央部はそれなりに広さはあるけど、この場所でどうするんだろう。お互い1万人ずつ兵を出したら大変なことになりそうだな。
幼女の言う通り、真ん中にはテーブルがあった。半透明のテーブルだ。ただ、ものすごく縦長い。
横幅は2メートルほど、縦幅は10メートルはあるんじゃないだろうか。
テーブルの向こう端には、すでに誰が待っていた。
遠巻きに見ると、真っ白のロングコートをきたおじさんだ。
きっとこの人が2層の神、ロダンだ。特徴的なカイゼル髭がなんとなく、“ロダン”って感じだったから、そう思った。
「ダールデンくん、今日はよろしく頼むよ」
かすれた渋い声だった。何より温厚そう! 眉間にしわとか寄せてこないで良かった。
「こちらこそよろしくお願いします」
俺が挨拶を返した時
『それでは両者揃いましたので、“神々の遊戯”を始めたいと思います』
いつもは頭の中に響く、機械じみた声。今はこの空間全体に響いている。
心臓の鼓動がきこえる。今から始まるんだ。
『両者ペナルティは確認されませんでしたので、地形は“ランダムダイス”で決定します』
テーブルの真ん中らへんに、多面体のダイスが宙に浮いて現れる。大きさは野球ボールくらいかな。
『はじめに神、ロダン。どうぞ』
ロダンは下を向いて、テーブルを指で押している。
下? 俺も下を向いてみた。
「うぉっ!? なんだこれ!?」
思わず声に出てしまった。そこそこ大きい声で……。恥ずかしい……。
テーブルにはメニュー画面みたいなものが貼り付けられていた。
カランカランと乾いた音を響かせて、ダイスが転がる。そしてやがて止まった。
『平地30%、森林50%、沼地20%、遊戯盤に形成されます』
半透明だったテーブルの向こう側は、【マップ】のように立体映像が作られた。
『次に神、ダールデン。どうぞ』
俺は下の画面を見る。
あ、なるほど、そういうことか。この画面は、テーブルの尺図だ。
画面の半分がテーブルの立体映像のように変化していた。サイコロのマークが出てるってことはこれを押せばいいんだな。
先程と同じように、カランカランと乾いた音を響かせた。
『平地20%、山岳80%、遊戯盤に形成されます』
テーブルのこちら側半分にも立体映像が作られる。併せて画面にも反映された。
画面には立体映像の上からでもはっきり分かる“四角”があった。
小さい“四角”が前列に3つ、後列に3つ。
最後列には、大きい“四角”が1つ。
それが色違いで対象に映し出されている。こちら側は赤色、向こう側は青色をしていた。
試しに1つに触れてみると『赤拠点1』と表示される。
これはボードゲームに近いものなんだな。だから“遊戯盤”なのか。
『両者には遊戯終了まで、闘技場スキル“神々の目”が付与されます。ご覧になっている神々の皆様は、周りのモニターよりお楽しみください』
神々の目ってなに? それにテレポートはどうしたらいいの? ここでテレポートしたら、みんなは小さくなって出てきてくれるのか……?
『試合形式、フリーバトル。カウントダウン終了より試合開始とさせていただきます』
画面は真っ白になると、“10”と数字が現れる。すぐにそれは“9”へ変わる。
後9秒……どうしようどうしようどうしよう。こうなったら開始とともにテレポートだ! どうせそれ以外できないし。
“1”から“START”へと変化した。いまだ、みんな頼むぜ!
「テレポ――」
『――神、ダールデンの保有兵士が0になりました。勝者、神、ロダン』
「ト」
俺は右拳を天高く突き上げたまま固まった。




